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嫁を恐れて会議に逃げる。あると思います。

ダニア歴237年――神帝歴35年


 日が暮れていく。

 異世界の夕陽も元世界の夕陽も同じような気がする。

 正確にはわからない。もう35年もこっちにいるのだ。前の世界の夕陽がどうであったかということは、正直に言えば覚えていない。

 というのも、感覚としては35歳なのだ。20歳+35歳ではなく、もう俺の感覚は35歳なのだ。

 いや、5年ほど前から肉体の状態はほぼ一定を保っているので、30歳くらいの感覚だろうか。

 肉体が衰えないということは、30歳が毎年続くようなものだ。

 ドラ○もんやサザ○さんやコ○ンくんはだいたいこんな感じなのだろうかと思う。

 歳をとっている感覚はまるでない。

 今日と明日と昨日の違いを状況の変化でしか理解できないということにふと気づくと、いよいよ俺も人外かと思ったりもする。


 そんなことをたまに思う日は、センチメンタルになるときだってある。

 そういうときにわかりやすく日々が終わっていくのだという夕陽はおあつらえ向きだ。


 日が暮れ始めるとぼちぼちと会議の出席者がやってきた。

 ある者は面倒そうで、ある者は億劫そうで、ある者は緊張した面持ちで、ある者は心ここにあらずで、ある者は俺だった。


「おう。どうしたあ? 早くねえか、オーリ」と最初に面倒そうにやってきたシューゼンは俺を見つけると声をかけてきた。

「まあ、ちょっとな」

「どうせシーマに邪険に扱われたんだろ」

「……そのような事実は確認されていない」

「気が立ってる女には近づくな。ただし未亡人は除く。格言だぜ」

「聞いたこともないし、おまえはまず俺の話を聞け」

「さあ、とっとと始めようぜ。なんたって世界を変える重要な会議だなんてトゥーリの野郎が言うからな。とっととさっさと終わらせて、未亡人と飲みに行くことにしようぜ」

「ひとりで行け」

「当たり前だろ。誘ったわけじゃねえ。未亡人は数に限りがあるんだ」とシューゼンは面倒そうに部屋に入った。


 次に、「あれ、どうしたのオーリ」と億劫そうにイルギィスがやって来た。

「どうもこうもない」

「またシーマに追い出されたの?」

「そんなわけないだろ」

「そう言えば、イルギィス、昨日の子とはどうだった?」

「そりゃ、なにもないよ」

「ウソつけよ、朝、おまえの部屋から出てったの見たぞ」

「そんなわけないだろ、俺は清いカラダだ。永遠の清いカラダ。それで売っている」

「ファッション童貞っていうか、もはや詐欺だよな。言いふらしとくわ」

「おい、営業妨害だぞ」と憤慨してイルギィスは部屋に入った。


 そのあとすぐに小走りにトゥーリがやって来た。

「あ、もしかして、避難してるんですか?」

「なにからだよ」

「そりゃ、シーマさんでしょ。たぶん、そろそろ周期的には、月のアレですからね」とさらりとド変態発言をした。

「おい、世界の叡智。そんな情報まで知ってんのか」

「まあ、記憶してしまいますからね。だいたいオーリが避難している時期はわかります。見つけにくくて困るので、なんとかしてくださいね。エルフは繁殖力が弱い代わりに、繁殖期は長いですから。まだまだ続きますよ」とやっぱりド変態発言をした。


 あれだ、クラス女子にしれっとドン引きされるタイプだ。


「それで、会議はどうなんだ?」と俺は訊いてみた。

「……少々、お手洗いに」とトゥーリは顔色悪そうにトイレに行った。


 まあ、いつも大事な場面ではこうなので、心配はいらないだろう。


 最後にやって来たヴォーディは心ここにあらずと言った様子で、詳しいことはなにも言わなかった。

 このオッサンは、ゴツい顔をして、いつもすることはイケメンだ。


「ヴォーディ、なんか用意してるんだろ?」

「話したとおりのことだ。それ以上はないさ。そんなに心配なら、どうせシーマから逃げてたんだろうから、トゥーリと打ち合わせでもしていればよかっただろう」

「いや、逃げてないけど」

「ウソがヘタなやつだ」

「……今日は任せるよ。トゥーリとヴォーディが考えた以上のプランなんて俺から出るわけもない」

「さすが神帝さまは信頼を知っておられるようだな」

「その名前やめない? 恥ずかしいんだけど」

「なにをいまさら。これから正式名称になるんだぞ。多少はシーマも尊敬する……いや、ないか。ハハハ」とヴォーディは腹にイチモツありそうな顔で部屋に入った。


 そして俺も部屋に入った。


 トイレに行ったトゥーリを待って、ロッソア連合中央会議室には5人が揃った。

 絶対無敗の剣豪ヴォーディ。

 開闢魔術師イルギィス。

 殲滅する聖職者シューゼン。

 世界の叡智トゥーリ。

 そして、世界に覇を唱える神帝オーリ。つまり、俺だ。


 このメンバーに体調不良で体育見学中の最恐女帝シーマを加えて6人。これが世界最強のパーティである。疑う余地はない。

 かなり重要な会議ではあったが、体育見学中のシーマの機嫌は悪いとかいうレベルではない。

 そもそもなにもする気がないし、ちょっとしたことでバトルに発展するので、休んでもらったほうが本人を含めたパーティのためだということになった。

 これは毎月のことなのであるが、あれ、この世界の1ヶ月って40日じゃないですか、となるとちょっと俺の知識と違うのではないのかとかなんとかそういうことを極めてあいまいに尋ねると、


「わかんないけど、そういうふうにできてんのよ。元の世界じゃ1ヶ月弱で微妙にズレてくんだけど、こっちだとちゃんと40日周期になってて、しかも半の月にはキレイにないんだから、環境ってすごいわよね」とシーマは言った。


 あまりに生々しすぎて俺にはコメントする気力がなかった。

 体育見学の日はエルフにもあるのか、とか、そんなこともちょっと気になったけど言わないでおいた。


 というようなどうでもいいことをぼんやりと考えるほどには会議は混沌としていた。


「いま、なんて言ったヴォーディ?」とのっけからブチ切れモードのシューゼンだった。


 しょっぱなからブチ切れては会議なんて進むわけがない。


「おい、聖職者。キレすぎだ」とヴォーディがたしなめる。

「そりゃキレもするだろ。なんでここまでいっしょにやってきたのに、俺らだけが国をもらわなきゃならない? 6人いたら6人で分けりゃいいだろ」

「理由はいくつかある。トゥーリ。足りないところは補足してくれ」

「うるせえ、理由もクソもねえぞクソジジイ。いますぐおまえの嫁さん未亡人にしてやるよ!」

「やめろ。ゲスい。とてつもなくゲスいぞ聖職者」

「そうだ、未亡人はやめろと言ってるだろ」とイルギィスが言った。


 さすが童貞で通じる(空気の読めない)男である。


「いいか、根源的に祈りで世界は救えたりしねえんだ。救えたりはしねえけど、それを言ったところで信じた者が絶望するだけだ。だから俺はそれ自体には言及しねえ。だが、救えるふりもしない。たとえ偽悪的だったとしても、なるべく信者が増えないようにする。それが俺の信じる誠実さだ」

「待ってください。発言がなんの関係もありません」とトゥーリ。

「つまり俺は、未亡人が好きだ」


 ただの性癖暴露だった。


「なんの話をしてるんです?」

「よくわからないが、とりあえず反対だってことだ」とシューゼンは言い切った。

「いいから、まずは話を聞け」とヴォーディも言い切った。


 こくりとトゥーリが頷く。

 ちょっと正直、俺もカヤの外っぽくてドキドキしている。


「まず俺のことよりも、この馬鹿野郎のことだ」とヴォーディは俺を指した。


 身に覚えがありすぎてよくわからない。


「え、俺?」

「おまえだ。どうにもおまえは脳筋すぎる」

「ヴォーディにだけは言われたくないんだけど」

「そうだ。俺も脳筋だ。だから、政治は似合わない」

「待ってよ、話が飛んだ。まったく見えない」とイルが泣きそうになって言った。

「あー、頼む、トゥーリ」とヴォーディは説明を投げた。


 最速だった。

 数行しかしゃべってないぞ、おまえ。


「わかりました」とトゥーリは仕方なさそうに頷いた。


「そもそもこの発案はヴォーディからのものでした。体調不良のシーマにはすでに説明してあり、大筋で了承を得ています。あくまで大筋ですが。まあ、大筋でも合意を得られたことはこの上ないことかと思います。


本日の件については主にオーリの神格化が目的であるとお考えください。

いま、世界は混迷を極めていますが、私の計算では遅くとも数十年内に世界統一は完了すると考えています。この世界統一というのは、完全なる統一を指します。掃討戦を含めた計画で、反対勢力がゼロになる状態を世界統一と定義します。

単純に建国だけであればそこまでの時間はかかりません。来年、最初の一歩を踏み出せるでしょう。


そして、そこで世界統一を唱えてしまいます。


こういうのはある程度以上になれば唱えた者勝ちです。

ですが、そこから真の統一に至るまでの道は平坦ではありません。いままで我々は戦闘力にモノ言わせて武力統一を推し進めてきて、それはもう完成しています。まともな組織が我々に刃向かうことはまずないでしょう。

しかし、民はまだついてきていませんし、地下でのレジスタンスの反抗は長くなるでしょう。

それらをすべて解決してこその完全統一です。


この完全統一の過程において、オーリの神格化は必要不可欠です。

なんのメルクマールもない政権を民は支持しません。

そして、圧倒的な戦力を単独で有しているオーリ以外にこの役目は与えられません。事実、我々が束になってもオーリには敵わない。それがすべてでしょう。


あ。いや、オーリは黙っててください。あなたが裏切る裏切らないの話はしてません。というか、あなたはつねに裏切られる側であり、裏切る側ではありえません。

ひとに仕えるにはその力は突出しすぎていますから。


さて。ですから、我々はオーリの神格化に尽力するのが最善策です」


 俺以外は納得したようだった。

 でも俺は、こういうときどういう顔をしていいかわからないの状態だった。


「それはおそらく時間はかかりますが、達成は可能です。そのためにオーリは今後、ひとを捨ててもらいます。死なず、生殖せず、負けない。それが神帝オーリです。みな等しく神の子であり、血縁上の神の子は不要です」とドラスティックなことをトゥーリは言った。


「それ、シーマが(・・・・)納得したの?」とイルが訊いた。

「しました。具体的には隠し子で納得しました」とトゥーリは言った。


「そもそも、シーマとオーリの子は表面上はいないほうがよいのですが、実際には必要です。すでに子供がいるヴォーディを除いた我々5名の中で、残念ながら子供を作ることができるのは、オーリとシーマだけです。オーリはいま世界の神秘を手にしていますから、歳をとりにくくはありますが、やはり生物である以上はいずれ死ぬと私は考えています。

そもそも死なずということは無理難題です。

ですからいずれ、神からひとへ政権を授けるという歴史的儀式は必要になるでしょうね。それは私が生きているうちにシナリオは用意しておくつもりです。

したがって、私たちが作り上げた世界を継続させるためには子供に継がせる必要があるわけです。代替わりをしない限りは未来がないということですね」

「ヴォーディの息子たちじゃマズいのか?」と俺は訊いた。

「無理ではないが、非常に厳しいと言わざるを得ません。簡単に言えばヴォーディには魔法の力がほとんどないので、ロッソアとメカリアの民は従わないであろうということです。ヤポニアは議会中心主義ですから、なんとかなるかもしれませんが、結局のところ民衆の支持は王の戦闘力に比例します。強い王ほど民に好かれやすい。当たり前ですね。だって施政者は自身を守ってくれるためにいるんですから。ヴォーディの子ならば戦闘力にはなんの不満もありませんが、魔力を信奉する民族国家については、難しいでしょう」

「あえてそんなふうにトゥーリは言ってるが、これは簡単に言えば俺のワガママだ。おまえらには申し訳ない話だが、俺には嫁と息子ふたりがいる。老後は正直、すこしはゆっくりしてえんだ」とヴォーディが死亡フラグみたいなことを言った。

「そのことについて後悔したことはいちどもねえよ」とシューゼンは言い切った。


 イケメンだった。


「したがって、オーリには3人以上子供を作ってもらいます」

「ついに側室制度か!?」と俺は思わず言った。

「生き残れる自信があるならどうぞ」


 無論、黙った。


「我々は我々の作った国の跡継ぎを秘密裏に育てざるを得ません。表立って子育てができないことは、シーマには少々つらい決断でしょうから、この点は事前に了承をとってあります」とトゥーリは脇腹を思い出したように抑えた。


 つまり、そこに傷を負っている。

 どう考えても体育見学中のシーマに言って無傷で帰れるような提案じゃないので、致し方ない。


「……すみません。それで、3人の子に分割統治をさせます」

「それにしてもなんで3に割る必要があるんだ?」とシューゼン。

「それは現況が優先されます。ロッソアとメカリアとヤポニアはここまで大きくなってしまった以上、同化することはないでしょう。時間をかけて代替わりを待てば可能ですが、そうなるとオーリとシーマ以外のパーティの寿命が来てしまいますから。我々だって死ぬ前には完全統一したいでしょう? ここまで来るのには3国がそれぞれ大きくなることが必要であったので、そこは悔いてもしかたありません」

「……だが、そうなると難しいのは、シーマはエルフだということだろうな。エルフはその強い魔力と長い寿命からか、種として繁殖力が強くない」とイルギィスが言った。

「まあ、エルフが3人子供を産んだなんて話は聞いたことがねえな。エルフの未亡人はたしかに子持ちは少ねえ」とシューゼンがゲスい同意をした。

「その点ならば、産んでやるわよ! 確率の問題なら、数打ちゃ当たるのよ! と。自信ありげに言ってました」


 なるほど一理あるような気がしたが、それをここで言われるととんでもなく気恥ずかしい気がするのだが、気のせいであろうか。

 だいたいそんな感じで会議は終わり、そのあとはせっかくシーマがいないので、これまでのキワドイ話を朝までした。

 まあ、修学旅行的なノリだった。


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