7:異世界特有のサービス回に心躍る俺※儀式です
ダニア歴209年――神帝歴7年
半の月
魔法大学の入学式も当然半の月に行われる。
そして、通常であれば14、5歳で入学する施設であるため、祝福をすませていない魔術師はほぼいない。
稀に○○歳までは祝福を受けさせないというような家庭もあるらしいが、そういう生徒以外はほぼ受けていると言っていい。
今年の入学生も4つの祝福をすべて受けているイルギィスを筆頭にそれぞれが2つか3つの祝福は受けている。
つまり、俺だけが受けていなかった。
なんだよおまえまだ祝福童貞なのかよ、みたいな和気あいあいとしたツッコミを受けられるほどには俺は学校に馴染んでいなかった。
というよりも、俺がダントツに若く、唯一面識のあるイルギィスとも仲良くできる気がしなかったので、俺は思いっきり浮いていた。
あの6歳のやつ、祝福すら受けてないらしいよ。
あれ、「アドレルの鬼」ってあだ名だったらしいぞ。
コスマウル絶滅させかけたのあいつらしいよ。ひとりでやったんだって。
中央政府にすでに仕官してるらしいぞ。
口とか目から魔法出すらしいぜ。
皇帝陛下の隠し子だって話だ。
4歳で公認冒険者とったらしい。
剣術もブレージャ伯領で五指には入るって。
というもはやウワサか陰口かわからない誤報混じりでゴシップまがいのことばが飛び交っていた。剣なんか握ったことすらねえよ。
そんな状況を尻目に、俺はといえば、入学式のあといきなり校長に呼びだされた。
わかりやすいバーコードハゲだった。
30分も拘束されたが内容は2分かからなさそうなもので、
今年の入学生にはストン伯だの、フィリッド伯だの、ポリーチ伯だのという領土持ち(俺には場所もよくわからないが)の貴族の子息が多いらしく、くれぐれも問題を起こさないように、とただそれだけだった。
あとイルギィスくんは国の宝だ、みたいなことを言われた。
国の宝だからなんだと言うのか。
価値がない宝なんて腐るほどある。
俺はほんとうにイルギィスが大嫌いだった。
あいつは俺に対してはロクに挨拶もしないが、学校ではやたらと明るく騒いでいた。
あれだ。
授業参観日になると声がやたらとデカくなるやつみたいな感じだ。
そもそも大学デビューですかおまえは、みたいなそのやたらと明るくスベっているノリが気に入らない。
おまけに10歳だったやつは同級生にとてもよく可愛がられていた。
病弱な弟みたい。
と騒ぎ立てる女子までいる始末。
入学式でまだ半日しかたっていないのにこの評価の差である。
そもそもなんだ病弱な弟って。なんのジャンルだよ。
どうだろうか、健康な6歳児がここにいるんだが。
……まあ、それはさておき、俺の転生した姿というのはべつに悪い容姿ではない。イルギィスが美男子の部類に入るのは間違いないが、俺だって見るひとによっては精悍な顔立ちと言えないこともないだろうと思う。
6歳にしては少々目が鋭い気がしないでもないが、それは好みの問題で――
いや、全然さておけてないな。
俺は釈然としないなにかを感じながら、校長にいちおう頭を下げて部屋を出ようとした。
――ら。
「ああ、いや、オーリくん。まだです。まだ話は終わってません」
「ごめんなさい」と俺は子供らしさを意識して謝る。
「いや、いいんですよ。オーリくんだけちょっと今日は特別なメニューがあるんです」と校長はにこやかに微笑んだ。「となりの部屋で服を脱いでください」
……は?
「となりの部屋で、ですか」
「はい、すぐに私も行きますから」
……イきますか?
「なにをするんですか?」
「ええ、ちょっとした儀式です」
「儀式」
「そうです。初めてだと聞いていますからね。すこし不安かもしれませんが、すこしブランクはありますが何人も担当してきましたから、安心してください」
初めて。
すこし不安。
何人も。
あの、そのことばに安心できる要素がなにひとつないんですけど。
あの、サービス回だって聞いてたんですけど。
おさわり禁止は仕方ないにしても、水着の女子、いや水着はないかもしれないが。それなら、せめて薄着で女の子がきゃーの○太さんのエッチ的なアレがあるはずじゃないですか。それくらいは期待するじゃないですか。
俺かよ。
っていうか、俺かよ。
俺がサービスする回かよ!
「お父様はその点にご満足されたようですから。まだまだ私も鈍ってませんからね」
ミークスゥウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!
なにご満足しちゃってんだよ、ふざけんなよ。
なんで! 満足! する! んだよ!
……ああ、もうしょうがない。
こうなったら魔法大学破壊して、国家転覆でもなんでもしてやるよこの野郎。
おとなは汚い! 校舎の窓割ってバイク(ないだろうけど)盗んで暴走してやるよ。
と俺は意気込んだ。
そして校長室のとなりの部屋で、祝福用の服に着替えた。
膝上丈のとても薄い白い服で、まあ、身も蓋もないことを言ってしまえば原始人が着ていそうな獣の服の薄くて白いバージョンである。
材質は布というよりは紙に近く、濡れたら透ける。
そしてもちろん、校長と不誠実でただれた関係になることもなく、なんだか俺が使ったこともない魔法を使われて、いや、魔力障壁外してください、ってそれ無自覚なんですか。なんとまあ。疲れないですか? はあ。なるほど。底知れないですねえ。などというやり取りをしながら、祝福の準備が整った。
祝福なら祝福だと先に言え、と俺は思った。なんだよ、脱げって。わざとやってるだろ。
「さて。これで準備は完了です。ロッソーナの滝はすぐ近くですから」と窓の外を指した。
指された先の、たしかにそう遠くない場所に滝らしきものがあった。
赤、青、緑、黄、白の5本の滝が流れ落ち、下流で1本の川に合流している。
滝つぼのまわりは魔法的な木々(あきらかにこの一帯のみ鬱蒼としている)で囲まれていて、どうなっているのかは見えない。
「美しいでしょう。5色の滝が均等に流れ落ちて混ざることがない。これだけ見事に水量が均等な祝福の滝はそうはありません。クセのないロッソア帝国自慢の滝ですよ。これがふつうの祝福の滝だと5色が均等ではないですから、どうしても得手不得手ができてくるわけです」と校長は自慢した。
俺はあいづちだけあいまいに打って、滝を眺めた。
たしかに美しくはあった。
とノック。
「はい、どうぞ」
「邪魔するよ」とババアが入ってきた。
ババア以外の形容のしようがないイデア的ババアだった。
白髪で、腰が曲がっていて、杖をついているわかりやすいババアだ。
唯一ババアチックでないことと言えば、杖を持っていないほうの手にクルミが握られていて、かちゃりかちゃりと不快な音を立てていることくらいだった。
「これが『アドレルの鬼』か」かちゃり。
「オーリくんですよ」
「滝守が祝福を受ける者の名前なんかいちいち覚えちゃいられないからね。ほら、さっさと行くよ。他にも待ってるやつがいるのに、わざわざ迎えに来させるんだから」かちゃかちゃり。
「よろしくお願いしますね」
「ああ、わざわざあんたが清めたんだ。しっかりやるさ」かちゃり。
大学から滝まで移動するあいだに俺はババアから説明を受けた。
4回にわけて祝福は行われること。かちゃり。
俺は生まれたときから魔法は使えたので、白の滝で祝福を受ける必要はないということ。かちゃり。
生まれから考えると火の神がもっとも適性が高いだろうから、今日は赤の滝から入るということ。かちゃり。
他にも祝福を受ける子供がたくさんいるから、ただでさえ魔力の強い俺はあまり騒がないように。かちゃり。
とかなんとか、そういうことを雑に説明した。
「あの、そのクルミなんか意味あるんですか?」と俺は石造りの神殿のようなものにたどり着いたあたりで耐え切れずに訊いた。
「ないよ。すべてのことに意味があると思ったら大間違いだ」かちゃり。「さあ、ついた。入りな」
中はいちおうの灯りがあり、暖炉があり、ソファがあったが、生活感はなかった。
ドアがふたつあった。俺が入ってきた街のほうと反対に、森のほうにもうひとつある。
ここは控室というところなのだろう。
「すぐに前の子が戻ってくるから、それまで座って待ってな。滝つぼまで行ったらそれは脱ぐからね」
また脱衣か。
どうしたサービス。
俺を脱がしてもしょうがないだろうが。
「この森の中はほかの祝福を受ける子供もいる。中には魔力を見ただけでわかるようなカンのいい子もいる。あんたは見るやつが見ればそりゃ恐ろしいくらいの魔力を持ってるんだ。あんまりうろつくんじゃないよ」
「あの……今日祝福を受けているやつに女の子はいますか?」と俺は単刀直入に聞いた。
「そんなこと恥ずかしがってどうするんだ。鬼なんてあだ名で意外とナイーヴだね。男も女もいるよ。半の月の初日だからね、人間、獣人、エルフと揃い踏みだ」
……エルフ?
「エルフ?」
エルフ。
「ああ。ちょうどいま祝福受けてるころだろうね。あんたと同じくらいだったか」
……チッ。ガキか。
元世界で児ポ法と都条例に飼いならされた俺は、幼女には興味がない。
なんだサービス。どうしたサービス。もういっさいの信用をしない。
サービス回的な流れは異世界に存在しない。存在しません! 存在しなくしてやる。クソが。
「まあ、あれらはすぐに見た目だけは大きくなるからね。あんたと同じ歳でも15、6に見えるくらいはザラだから、同世代って感じもしないだろうがね」
Oh,perfect.
Excellent.
はらしょー、ぶらーヴぉ、すぱしーば、じゅてーむ、ぼんじょるの、まとりょしか、ぼるしち、ぶりぬい、だんけしぇーん、ぐーてんもるげん、ぐらすのすち!
そうだよ、これこれ、こういうの待ってたんだよ!
「行きましょう。さあ、行きましょう」
「気持ち悪いね、急に」
「さだめです」
「ガキのくせにさだめだのなんだの」とぶつくさババアは言ったが、もはや俺にはエルフ以外を目に入れたくなかった。
「はやくエルフ」
「ガキのくせに助平とは。先が思いやられるよ。戻ってくるまで待てって言ってるんだよ。あとまじまじと見るんじゃないよ」
「刹那あれば、俺の双眸はその佇まいを捉えて永久に離すことはないでしょう」
「今日は帰れ。明日にする」
「じょじょじょじょじょじょじょうだい、冗談です」
「……孫娘のためにあんたをここで封じたほうがいい気がしてきたよ」とババアはかちゃりとクルミを鳴らすのも忘れてつぶやいた。
タイミングよくドアが開いた。
かっちりとローブを着込んでいる少女がそこにいた。
たしかに見た目は15、6。
だが、これが事実上6歳だとするとなかなかエルフも侮れない。一部熱烈な狂信者には残念でしたと言うほかないが、元世界でハタチそこそこまで生きた俺にとってはドストライクである。
が、かっちりとしたローブ。
これは許せない。深夜アニメの鉄壁スカートのつぎに許せない。
「リームス、ご苦労だったね」とババアが言った。「これがあれだよ」
「あら。こんにちは。鬼なんて言われているのに、可愛いんですね。でも、魔力は……すごいわね」とリームスは言った。
金髪というよりは橙に近い神の色。健康的な小麦色の肌。まるでローブに似つかわしくない、どちらかと言えば農村の看板娘的な風貌だった。
しかし、耳がとんがったりはしていない。
「そんなに見てるんじゃないよ、こりゃあたしの孫だ」とババアが言った。
それを先に言え。
と俺がババアにツッコミを入れようとしたその瞬間、まだ開いていたドアから中へ人影が入ってきた。
その髪は赤い絵の具をかけられたように濡れているが、それが元は銀髪であったことが想像できる。
乾いたらどれだけ美しい髪なのだろうか、いや、色水に濡れたようなそれですら神々しさまである。
肌もやはり赤い水によって濡れているが、しかしそれでもその白さには目を奪われる。
唇は小さく可愛らしく、鼻は高すぎもせず低すぎもせずにすっと通っている。
耳はやや控えめに尖っていた。
エルフだった。
そしてなにより、俺が着ているのと同じ薄い衣。すなわち、そのラインはっきりと――
いや、多くは言うまい。
ピンク。
いいか。
透き通るようなキレイなピンクだ。
このさいなにがどうこうなどと野暮で侘び寂び雅のいずれもないクソのような説明を俺はする気にはなれない。実際、透けていたので、みたいな話すらも野暮ったい。
ここ期末に出すからな、と黒板を指される感じだ。本当に出る。教師にも学習指導要領というものがあるので、絶対に外せない箇所が存在するのだ。
そう、すなわち。
ピンク。
それだけ覚えておけばいい。
刹那、俺の顔面にとてつもない衝撃が走り、俺は壁までふっ飛ばされた。
「なに見てんのよ」と見下すようにそのエルフは言った。
しかしそのアングルはやはり俺にとってはサービス以外のなにものでもなかった。
そう。
これがのちに俺の嫁となるエルフ、シーマとの出会いだった。