授業初日、午後の授業でございます
「ではみなさんは、そういうふうに合同だと云いわれたり、二角が等しいのだから相似だだと云われたりしていたこの三つの線で結ばれたものがほんとうは何かご承知ですか。」先生は、黒板に書いた図形をなぞりながら、みんなに問いをかけました。
隣に座っているチューティアが手をあげました。ホリーも手をあげようとして、急いでそのままやめました。たしかにあれが三角形で、内角の和が180度だと、いつか学校で学んだのでしたが、ホリーはまるで頭に靄が掛かったようになり、上手く頭で考えることもできず、なんだかどんなこともよくわからないという気持ちがするのでした。
「では、カンパネルラ君、卿にはこれが何であるかわかるかな?」と、先生は、自慢の美髯を撫でながら生徒を指名しました。ちなみに、先生は、「卿」と敬称を使っているけれど、マリジェス学園の生徒は、卒業後に正式に爵位を得るので、まだ爵位を持っているわけではございません。先生方は、慣習として、卿という敬称を使っているだけでございます。
「三角形です」と、指名されたカンパネルラは、自身満々に答えます。予習の成果が出た、と満足げでございます。
「誠に正しい」と先生は仰い、「では、この図形が三角形であるという幾何学的真理は、一体だれが造ったのか? それは分かるかね?」と再び問いかけます。
「そ、それは…… 」と、先ほど自信満々であったカンパネルラも今度は自信なさげで、少しうろたえた様子です。そして、「この教科書の著者である、ユークリッドでしょうか」と答えました。
そうなのです。今は、幾何学という授業のガイダンスを、初日ということで行っているのです。私が入学式当日、部屋で発見した「幾何学入門」という本は、この授業の教科書でございました。
「確かに、ユークリッドは、この本の編纂という偉大な事業を行った。しかし、この幾何学的真理は、誰が造ったというようなものではないのだ。我々が智慧を得る遥か前から存在している。そして、その真理は永遠に存在し、この場合はそうであるが時としてそうではない、と言った移ろうものではなく、永遠に不変なものである」と先生はおっしゃいました。
「だれが造った?」と問うて、「実は誰が造ったものでもない」とお答えになるのは、少しズルい気も致しましたが、先生がそうおっしゃるので、そうなのでございましょう。
「この授業で卿等が学ぶのは、永遠に存在するものについての知識である。卿等が生まれる前から、そして卿等が死んだあとも、ずっと変わる事のない真理を学ぶのである」と先生は言って、授業を締めくくられました。
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この授業は一体何なんだ、と授業が終わり私は考える。幾何学入門の授業が始まったとたん、私の頭に靄がかかったような状態になり、お酒に酔ったような、うまく物事を感じることができないような状態となった。小学校とか中学校の算数、数学の授業で習ったことようなことだし、ブルスプのキャラの設定とかを明瞭に思い出せるのだから、当然、算数や数学の知識も私は持っているはずなのだ。しかし、この授業を聞いていると、「この図形は何か?」と問われて、「三角形です」と自信を持って答えられなくなる。三角形という図形を生まれて初めてみました、というような思いになってしまう。
もしかして、私、頭がおかしくなってしまったのではないか? と心配になる。まぁ、なぜかブルスプというゲームの世界に突然迷い込んでいる時点で、私の頭がおかしくなったということは否定できないのだけれどね……。
私、数学に関して苦手意識はあったけど、三角形を三角形と答えられないほど、出来ないというほどではない。って、まさか!! と、私は思い当たる。そして、教室の後ろを振り返り、キアラン・バータルを見た。
そうだ! たしか、主人公って、苦手科目があって、攻略キャラ唯一のメガネキャラである、キアラン・バータルとのルートが進むと、キアランから勉強を教えてもらうんだった。たしか、キアランと教室で勉強会をするときに回収できるCGに、コンパスやら定規やらが机の上にあったような気がする。そんな細かくは覚えていないけど、そんな気がする。
じゃあ、さっきの授業中に頭の中に靄がかかった状態になったのって…… 主人公補正ってやつですか? はっきり言って、呪いの類に近いんですけど!
冒頭のあたりで、にやりとされた方は、宮沢賢治ファンであると勝手に認定。