授業初日でございます 3
昼休みの時間の昼休み、チューティア・リノアルと私は、学園内を散策していた。ブルスプの展開と同じだ。チューティアという少女に、昼休みに主人公が移動できる場所を案内されるのだ。
私達は、噴水前に来ていた。噴水で吹き上がられた水が、春風に乗って来ていた。
「今は少し肌寒く感じるけれど、夏はとても涼しいのよ。夏にはあのベンチの木も生い茂っていて、うまい具合に木陰になるの」とチューティアは笑顔で説明してくれる。
「木陰で昼食を頂けるなんて、この学園は本当に素晴らしい環境ですね」と私はベンチに座りながら噴水を眺める。噴水の前には、芝と四角の石で、碁盤の目のようなモザイクが出来ている。芝もきれいに刈り揃えられているし、維持費も相当かかっていることが分かる。
確かに、噴水前のイベントで攻略キャラとご飯を食べるイベントもあるし、キャラによってはCG回収もあった。しかし…… 主人公が、このベンチで1人でご飯を食べているときに、ライバルキャラとその取り巻きに囲まれて、そのまま噴水に押し込まれてびしょ濡れになるということもあるんだよね……。夏の時も発生するけど、秋の肌寒い季節でもイベントが起こっていたような……。ブルスプのゲーム内なら、風邪とかひかないのだろうけど、現実だとヤバいでしょ……。まじで、恋愛フラグ回避しなきゃ。
「次は、冬の園にまで行ってみましょうか」と、チューティアが冬の園の方向に歩いていき、私も彼女の隣を歩く。
この春の優しい木漏れ日で優しく反射する亜麻色の長い髪の女の子。木漏れ日に当たった髪で時々、天使の輪ができている。どれだけのツヤ髪なのよ。リンスのCMに出れそうだわ、なんて思う。
しかし、このチューティア・リノアルという少女、ブルスプのプレイヤーからは、別の愛称で親しまれている。その名はチュートリアル娘だ。
名前が、チューティア・リノアルとチュートリアルでなんとなく語感が合うというのが由来である。そして、ブルスプのゲーム上でチュートリアルのようなことを実際にしてくれる。昼休みに過ごす場所を案内するというのは、まさしくブルスプの授業初日と同じ流れだ。
私と同じクラスということは、1年生のはずなのに、「夏はとても涼しいのよ」などと、実際に自分が体験したかのように話をするのだ。そもそも、入学するまでは学園は部外者立ち入り禁止で、学園内を探索する機会なんてない。それなのに、主人公、つまり私を案内できるほど、この学園の中を熟知しているのは不可解である。それに、チューティア・リノアルという少女は、授業初日にお昼休みの過ごす場所と放課後のクラブ見学を主人公に付き添ってから、完全に姿を消すのだ……。その後のブルスプのストーリーに一切係らないという不自然さ。
「せっかく同じクラスになれたのだし、私と友達になってほしいな」と主人公と放課後のクラブ見学が終わったあとの別れ際にチューティアが言うのだ。しかし、その後、一切登場しない……。このチュートリアル娘の見解も、ネット上では、主人公がイジメられて距離を取ったのだろうという日和見説と、チュートリアルが終わったからチュートリアル娘が登場する分けがないというお役目御免説の2つが主張されていたが、真実は定かではないのだ……。
「この冬の園は、今の季節は少し寂しいけれど、冬になれば冬薔薇が本当に綺麗なのですよ。あそこ、誰もいないみたいね。あそこで昼食をとるというのはいかが?」と、チューティアに誘われ、私達はガゼボで昼食をとることにした。ガゼボというのは、ヨーロッパ風の東屋といったものだ。柱と屋根と四角形のテーブルと、その四方に椅子が置かれているだけの建物である。
「では、食事と致しましょう」と、私達はガゼボの石造りのテーブルに自分たちのお弁当を広げ、食事をする。私達が食事をしているガゼボは、学園内を流れる川で作られた池の中心にある島に作られている。やはり季節ではないので、花などは疎らにしか咲いていないのだけれど、池に差し込む日差しが光り綺麗で、景色自体は最高だ。
「春らしい天気ですね」「長閑な景色ですねぇ」などと当たり障りのない会話をする。だって、ゲームのキャラと話するって、怖いじゃない。家にはメアリやセバスがいるけど用事がないときしか私に話かけて来ないし、粛々と仕事をしているから私から話しかけずらいし。ゲームのキャラと会話をしなければならないというプレッシャー。
RPGのように「こんにちは」、「ようこそマリジェス学園へ」。「あなたのお名前は?」「ようこそマリジェス学園へ」。「あかさたな、はまやらは」「ようこそマリジェス学園へ」というような、何度話しかけても同じ会話しかしないとか、そういう感じではないのだけど、設定というか何かのプログラミングが仕込まれているかも知れない、人間の皮を被ったロボットと話す気には今更なれない。しかし、目の前にいるのは、現実の人間としか思えない。
私の中に疑問が生まれる。今私が居る場所は、一体何処なのだと。あくまでゲームという虚構の中なのか、それともゲームに酷似した現実なのか。
「冬の園に、人が参られましたわね」と、チューティアは言った。
私が後ろを振り向くと、そこには生徒会長のファーガス・ボルドと王族ブリキット・アレクサンデルがいた。そして、二人の後ろには、追っかけの女の子達が群れている……。世が世ならストーカーだよ……。
しかし、この二人か……と私は思う。2年生であり、主人公と接点のないファーガス・ボルドとは、授業初日に一度接触することはブルスプでも既定路線である。また、今回、攻略対象キャラで別のクラスとなっているキャラ、即ちブリキット・アレクサンデルとサリヴァン・ローデヴェイクと今日中に接触があるというのも規定路線。
まぁ、チュートリアル娘が現れる授業初日というのは、チュートリアルということで、攻略キャラ全員と顔合わせが行われるのだ。この初日の接触を回避すれば、見知らぬ人同士を貫けるし、攻略キャラと距離を取り続けることができるだろう。よし、接触回避だ!
「ブリキット・アレクサンデル様とファーガス・ボルド様ですね。こちらでお食事をとられるのかしら?」と私はチューティアに話を振る。ブルスプでは、このまま席で食事を続け、王子と生徒会長と相席になるという流れなのだ。そして、自己紹介をしてしまうという流れだ。即、逃げるべきだ。
ちなみに、ブリキット・アレクサンデルは王族、ファーガス・ボルドは公爵で、年齢が近いこともあり、幼い頃から交流がある。また、どちらも生徒会のメンバーとなるのだ。
そういえば、ファーガス・ボルドとのルートが進むと、生徒会長で学年が上なのだけど、身分的にブリキット・アレクサンデルより下であるということで、生徒会の中でいろいろと苦悩をしているという話を彼から主人公が聴くというシナリオもある……。まぁ、そんなルートに進む気はないけどね。
「そのようですね。この冬の園で食事をできる場所は、ここだけですから……」とチューティアは言い、私はその言葉に心の中でガッツポーズをとる。
「では、まだ食事の途中だけど、他の場所に移動しましょう。知らなかったとは言え、御二人を差し置いてこの場を私達が使うことは、失礼に当たるわよね? 」と私は早速提案する。ご飯の途中であろうがなんだろうが、攻略キャラから逃げるが勝ちであり、それが最上にして最良の手段であろう。この場にいたら、彼ら二人と相席になるのだ。
幸いなことに、私もチューティアもサンドイッチの昼食だ。バスケットに入っているから、移動なんて大した労苦でもなんでもない。食事途中の移動も、貴族のマナーとしてはどうかとは思うけど、王公爵への不敬ということを持ち出せば、不自然ではないだろうと思う。
「そ、そうね」とチューティアも同意し、バスケットのかぶせ布を結び始める。そんなことしている場合じゃないでしょー早く逃げましょう! と言いたいが、我慢する。淑女らしく?
チューティアがバスケットのかぶせ布を結び終わったのを見届けてから、私は立ち上がる。
「では、参りましょう」と私は言う。後は、うまく攻略キャラ2人をやり過ごすだけだ。私達がいるガゼボは池に作られた島にある。よって、橋を渡らなければならない。そこで2人および取り巻き女子とすれ違うことになるが、それは上手くやり過ごすしかない。
「どうやら君たちには、悪いことをしてしまったようだね」と、ブリキット・アレクサンデルがふと足を止めて、すれ違う寸前の私達に言った。
「なんのことでございましょう? そのようなことなど、決してございませんわ」と私はシラを切る。王子から避けた、と思われたのなら、逆に興味を持たれてしまう。シラを切り通すしかない。
「私どもは、悪いことなどされておりませんのでご安心ください」とチューティアも王子の言葉を否定した。打ち合わせも根回しも無く、口裏を合わせてくれてありがたい。まぁ、王子の言葉を肯定する方が難しいのだろう。
「君たちはそう言うけれど、食事中だったのだろ? それとも、淑女達から憩いの場を奪うような悪者に、僕達をしたいのかい?」と、ブリキット王子は微笑みながら、私の持っているバスケットに視線を移す。バスケットの中には、食べかけのサンドイッチ。しまった……。食事途中であることがばればれだ……。チューティアのようにバスケットにかぶせ布を被せ、バスケット内が見えないようにするべきだった……。どんな観察力してるんだよ、この王子は!! しかも、王子は、私達に分かるように、敢えてバスケットに視線を落としている。言い逃れが出来ない証拠を掴んでいるよ、ということを明確に伝えているのだ。
しかも、用意周到なことに、王子は二つの罠を張っている。
一つ目の罠が、「悪者に、僕達をしたいのかい?」という質問だ。王族と公爵家の人間を悪役にしたいとは、つまり反逆しますかと聞かれているのと同義だ。しかも、私達が食事中だった、という証拠を私のイージーミスにより王子は掴んでいる。
二つ目が、「奪った」という表現と「憩いの場」という表現である。意図的にやった分けじゃないし、私達が気を利かせたという側面が大きい。それなのに、「奪った」というような誇張表現をするあたりに、言葉選びの嫌らしさを感じる。
また、憩いの場とは、意味が曖昧で多義的言語である。人の感性によって、何処でも「憩いの場」となり得るのだ。しかし、私達が奪われた場所というのは、憩いの場ではなく、単なる食事の席である。座席を奪ったということを、憩いの場を奪うと表現するのは、拡大解釈甚だしい。
冬の園という座る場所が限られている場所において、より身分の高い方にその席に譲った、というだけの話なのだ。「淑女達から憩いの場を奪う」というように一般論化されてしまったら、それは王の臣民として、沈黙せざるを得ない。
「本当にお気になさらないでくださいな」とチューティアが言う。私も笑顔を王子に向け、チューティアに同意していることを示す。
「ブリキット、あそこは4人座れるよ」と、ファーガス・ボルドが言った。ぐっ、余計なことを、と思い、私は心の中で舌打ちをした。
「私どもと食事を共にしていただけないでしょうか?」と、ブリキット・アレクサンデルが言う。ブルスプでは、「相席をお願いしてもよろしいでしょうか? 」だった気がするが、まぁ結果は同じだ。
チューティアと私は目が合う。チューティアは、優しく私に微笑む。決定権を私に委ねてくれたのは良いのだけれど、選択肢がもう既にないじゃないか……。
「喜んで、ご一緒させていただきますわ」と、私は淑女の礼を取る。同様に、チューティアも同じ礼を取り、同意を示した。
「それでは、お手を」とブリキット・アレクサンデルはファーガス・ボルドは同時に発声し、私達のエスコートを始める。私のバスケットをファーガス・ボルドが持ち、彼は私の手を引いて、ガゼボへと誘導していく。チューティアは、ブリキット・アレクサンデルが……。後ろの追っかけの女子達から、羨望の黄色い声が聞こえる。いつしかその黄色い声は憎悪の声となるのだ……。攻略キャラと接触してしまったし、これはやばい。このまま気絶してしまいたい……。