ディジー・エスティバンとキアラン・バータル 8
次の日の放課後、図書館にいたキアランに私は話しかける。
「キアラン・バータル様」と私は淑女の礼を取った。
「ああ、ホリー・ヴァレンティノか。君から話しかけてくることはないと思っていたが」と、キアランは机の上に広げた紙に視線を戻す。紙には、数字や数式がびっしりと書き込まれていた。証明に取り組んでいたのだろう。
「お忙しいところ申し訳ありません」と私は前置きして、本題に入る。
「クラスで気になることがあって、学級委員長であるキアラン・バータル様にお話をお伺いしようと思ったのです」と私が言うと、「ああ、そのことか」とキアランは納得したような顔になった。私の言いたいことが分かったようだ。
「暫く学園に来られていない方々がいらっしゃるようですが、御病気でしょうか?」と私は言った。すると、キアランは羽ペンを机に置き、大きなため息を吐く。
「ホリー・ヴァレンティノ。お互い腹を割って話そう。時間の無駄だ」とキアランは言う。
「腹を割って話を? 何についてでございましょうか?」と私は首を傾げる。私の今回の目的は、キアランにディジー・エスティバンの見舞いに行ってもらい、それなりの仲になってもらうということだが、それはまだ言わない。
「生卵を投げつけられた件だ。貴族として、侮辱されたからには、それ相応の報復をしてしかるべきだ。それは正しい。しかし、今回の君の対応は、多くの人を巻き込み過ぎではないか? 学級委員長の立場から言えばかなり困惑をしている」とキアランは言った。
「報復? 申し訳ありません、話がよく呑み込めませんわ」と私は言う。生卵を投げられた、というところまでの話は分かった。だって、私、被害者ですもの。しかし、その先が、私にはよくわからない。
「そのように惚けられると、話が進まないのだが……」とキアランは言う。彼の顔から察するに、本当に私がシラを切っていると思っているらしい。
「分かりました。単刀直入に申し上げます。暫く学園にいらしていないディジー・エスティバン様のお見舞いに行かれてはいかがでしょうか? と私は進言しに参りました」と私は言った。
それを聴いたキアランは目を細める。
そして、少しの沈黙の後「一応、話だけは聞こう。君の見舞いの品はなんだ?」とキアランは口を開いた。
私からの見舞いの品? と私は疑問に思う。見舞いに行くのはキアランだ。キアランが花束なり、宝石なりを持っていくのは当然だとして、私がディジー・エスティバンに見舞いの品を送るのは変だ。ディジー・エスティバンと私は自己紹介をしていないのだから、赤の他人だ。赤の他人が見舞いの品を送るというのは、常識的におかしい。
「必要であるなら、花束でも用意させていただきますが」と私は言う。
「毒花か?」
「はい? そんな無礼なことは致しません」と私はきっぱりと言う。見舞いの品に毒花を持たせるなんて、頭おかしいだろう。
「では、何を用意している?」とキアランは言う。
「いえ、私も見舞いの品を用意するということに思い至っておらず、これから準備を致します」と私は言う。
「君の言っていることが分からないな」とキアランは言う。
「私もキアラン・バータル様のお考えが分かりません。見舞いの品を用意すべきは、私ではなく貴方様だと思いますが」と私も負けじと言った。
「私は中立だ。はっきり言っておくと、君の報復に加担する気はない」とキアランは言う。
「申し訳ありません。言っている意味が分かりません」
「だから、お互い腹を割って話そうと言っているのだ。ホリー・ヴァレンティノ」とキアランは私を鋭い視線で睨む。
「私の腹の内はすべて吐き出させていただきました。あと残っているのは私の臓腑だけでございます」
「君の臓腑を見てみたいものだな。さぞかしどす黒いのだろう」とキアランは言った。
貴族の売り言葉に買い言葉であるけれど、花も恥じらう乙女にそれは酷いと私は思う。
「私は、キアラン・バータル様と喧嘩をしに参ったのではないのですが」と私は言う。
「それは俺も同じだ」
沈黙の後。私は口を開いた。
「私達は話が食い違ているようです。キアラン・バータル様のお考えになっていることを、この無知で愚かな私にも分かるように説明していただけますか?」私は改めて淑女の礼を取った。
「では、事実確認をするとしよう。まず、今回、俺がディジー・エスティバン嬢を見舞いに行くようと俺に勧めるのは、君がディジー・エスティバンに見舞いの品を送るためだろ?」
「いえ。先ほども申し上げましたが、見舞いの品など準備しておりません」
「言葉を変えよう。さらなる報復をディジー・エスティバンにするために俺を見舞いに行かせるということだな?」とキアランは言った。どうやら、見舞いの品というのは、貴族の隠語だったようだ。でも、そもそも報復って? と私は思う。
「どうしてそうなりますの? 私はそもそも報復など考えておりません。生卵の件も、主犯格がディジー・エスティバン様ということは存じ上げておりますが、報復しようなどという気はさらさらございません」
「既に十分過ぎるほど報復をしただろうが」とキアランは言った。どうやら私の言ったことを信じていないようだ。
「既に私が報復をしたような口ぶりでございますが、いつ、どこで、私が報復をしましたか?」と私は言う。濡れ衣もいいところである。
「ディジー・エスティバンやその他の生徒が、学園に来れていないのはお前の仕業だろ。これ以上、惚けても無駄だから、早く腹を割って話せ。俺にも我慢の限界というものがあるのだぞ」
「本当に心当たりがありませんが」
「君が『これは、王都で流行している髪のお手入れなんです。枝毛があったのが気になっていまして』と言ったのを、俺はこの耳で聞いたぞ」とキアランは無礼にも私を指差しながら言う。まるで何処かの名探偵が、真犯人を名指しした時のようだ。
「もしかして、それは、生卵を投げられた際に先生に言ったことですか?」と私は確認を取る。そう言った記憶があるが、いったいそれがなんなのだと言うのか。
「そうだ」とキアランは犯人を追いつめた名探偵のように断言をした。
「それのどこが報復でしょうか? 報復と言うなら、あの場で生卵を投げたことを断罪していたはずでは?」と私は言う。
「それがお前の巧妙かつ……陰険なところだ」とキアランは言う。
「あれは、あの場で卵を投げた方を断罪せずに済ませようとした、口からの出まかせです。何の悪意もありませんでしたわ」と私は言った。
「だが、その口から出まかせを、お前は真実に変えたであろう?」
「何のお話ですか?」と私は尋ねる。同じ生卵事件の話をしているとは思えない。私は被害者なんですが……。
「ブリキット・アレクサンデル様だ。その日の授業の終わりに、ブリキット様が教室にいらっしゃり、お前の髪を美しいと褒め、そして、卵を付けることが王都で流行っていると知っているような口ぶりで話をされていたではないか」
「ええ。しかし、ブリキット・アレクサンデル様も、髪に卵を付ける手入れ方法など、嘘であるとご存じでしたよ。そもそも、ブリキット・アレクサンデル様が、何故教室にいらして、あんなことを言ったのかは、私にも分かりません」と私は言う。
「お前がブリキット・アレクサンデル様を動かしたのだろ?」
「それはあり得ません。私はただの子爵の娘です。それに、ブリキット・アレクサンデル様にそのようにされて、私は逆に迷惑だと思ったほどです」と私は言い切った。かなり不敬な発言だけど……。
「そんなことは考えにくいが……話を進めるためにそれは置いておく。ブリキット・アレクサンデル様も、卵を髪につけることを知っていたということで、お前が口から出まかせで言った『これは、王都で流行している髪のお手入れ』ということの信憑性がかなり高まったのだ。そして、実際にそれをやってみた生徒が多い、ということだ。ディジー・エスティバンも含めてな」とキアランが言った。
「あ、あの」と私は言葉を失う。そんな馬鹿な話があるだろうか。それに、卵を髪に付けるなんてことを長時間やっていたら、サルモネラ菌が繁殖して、食中毒になってしまう危険が大きい。まだ本格的な夏は到来していないが、細菌が繁殖するには十分な気温だ。
「もしかして、学園に来られていない方は?」
「激しい下痢と、それに伴う脱水症状で苦しんでいるとのことらしい。症状が治まって、今は養生中が多いということらしいが」とキアランは言った。
さすがは学級委員長。ちゃんと、クラスの生徒の状況はしっかりと把握していたようである。
「結論を先取りするようで申し訳ないですが、つまり……その……体調を崩されたというのが、私の生卵を投げられたことに対する報復、と理解されていますか?」と私は唖然として言う。
「その通りだ。実際、相違ないだろ?」とキアランは密室トリックを暴き切った名探偵のような笑みを浮かべる。
「いえ、全然違います」と私は図書館の天井を見ながら言った。
「お前が違うと言っても、皆、そう思っている」とキアランは断言する。
「いえ、そんな突飛なことを考えるのは、キアラン様だけでございますわ」と、私は呆れて言った。
「状況的にそうとしか見えないぞ。それに、皆が同じように捉えているという状況証拠なら提示できるぞ」
「それを示していただいてよろしいでしょうか」と私は言う。出来るものならね、と言った感じ。
「ホリー・ヴァレンティノ、君がブリキット・アレクサンデル様と知り合いということが皆に知れ渡ったが、君にブリキット・アレクサンデル様を紹介してくれ、と頼む人が現れたか?」とキアランは言う。
「いえ、そんな方はおりません」と私は言って、はっと気づく。確かにそれは、普通では考えられない状況だ。攻略キャラやライバルキャラと接触を避けることに夢中で、見落としていた。
「ブリキット・アレクサンデル様と知り合うために、君という伝手を利用しようとする貴族がいないのは不思議だな。子爵である君にならば、ずいぶんと頼みやすいものだと思うがな。頼むという形でなくて、強要することができる立場の者も多いというのに」とキアランは答えが分かっているにも関わらず、ワザと惚けているのは明白だった。
「私が周りから警戒された、ということでしょうね」と私は結論を下す。通常であれば、間を取り持ってほしいと、王子様とお近づきになりたい貴族令嬢からの依頼が殺到しそうなものであるが、それが無いと言うのは、そういうことなのだろう。
「ちなみに、クラスで君のことを魔女と陰で呼んでいる者もいる」とキアランは私に最後通牒を突きつける。
あの、私、一応、ブルスプの世界では、主人公なんですが……。これじゃあ、私が、ライバルキャラ、悪役令嬢みたいな扱いじゃあないですか……。どうしてこうなった?




