良い考えの生まれやすい三上とは、馬上、枕上、厠上である
馬車の中とは思えない、ふかふかのソファーに座り、私は茫然とする。開けられた窓からは桜並木。確か、オープニングでは、主人公つまり私は、馬車から身を乗り出して、桜の舞い散る様子を楽しげに眺めるんだっけ……。満面の笑みで、新しく始まる学園生活に期待を膨らませて……。
当然、私はそんな気分になれない。桜の木の下には死体が埋まっているなんて、何処かの詩人が書いたのを思い出す。きっと、私の3年間の地獄の日々を肥やしにして、もっともっと桜は狂い咲き、そして散っていくのだろう。あぁ、なんで、散っていく桜の花びらと自分を重ね合わせなきゃならないのでしょう。そもそも、設定が思いっきり中世ヨーロッパなゲームで、入学式に桜っておかしいじゃない……。制作会社は、何をやっていたのでしょう。
愚痴を言っても始まらないわねと思い直し、今後の身の振り方を考える。絶対に避けるべきは、ライバルキャラ達と敵対するということだろう。まぁ、敵対と言っても、あちら様が勝手に嫉妬という憎悪の炎に身を焦がして、あの手この手で主人公を苛めてくるだけなのだけどね……。つまり、攻略キャラとのフラグ回避に徹すれば良いわけだ。
そもそも、学園での3年間を耐え抜いたから終わりというような可能性は少ないのではないだろうか。攻略キャラとのハッピーエンドといっても、所詮は性描写のない乙女ゲームで、婚約をするという程度のものだった。マリジェス学園は、この国の将来を担う人材を育てるという、いわばエリート育成機関という性質が強いという設定だったから、卒業後も係わり合いが続いていくと考えたほうが自然だ。どうせどの攻略キャラと婚約されることになっても、「どこの馬とも分からない新興貴族の娘が、社交界の華を気取っているのかしら」なんて、陰口を叩かれ続けるのだろう。お茶会に呼ばれはしたものの、全員から無視されるとかそういうことは、当たり前に想定をしていたほうがいいだろう。いや、逆に全員から無視されるだけなら、まだ安心というものだ。お茶に下剤を盛る、お茶菓子に裁縫針を仕込むなんてことは、学園でも日常茶飯事やっていたのだから、当然継続してやってくるだろう。むしろ、卒業後、学園という檻から放たれたあの野獣たちは、何を仕出かすが分からない。婚約したから諦めて2人を祝福しよう、なんていう健全な精神をライバルキャラ達に期待しないほうが良い……。
地獄の日々を耐え抜いてもまだまだ続く地獄。負のスパイラル……・
つまり、私が目指すべきは、主人公が学園内の誰とも結ばれないという、所謂バッドエンドを目指せばよい! たしかネットの情報だと、バッドエンドのエンディングでは、卒業後、自分の領地に帰った主人公が、幸せな家庭を築いたと思われるような描写、夫と子供3人とゴールデンリトリバーに囲まれて、にこやかな笑顔で過ごしているというCGが出てくるということだった。私がブルスプをやって唯一回収できなかった一枚。CG回収率99%で終わってしまった、どうしても手に入れることのできなかった最後の一枚というのが、おそらくその写真だろう……。
バッドエンドで主人公と結婚することになる夫は誰なのかということは、ネットで議論になり、いろいろと検証されたようだったが、どうやらゲームに登場したキャラではないとのことだった。マリジェス学園に通うことのできない人、つまり、上流ではない身分の人ということであろうけれど、ぶっちゃけそんなのどうでもいい。幸せな結婚生活と穏やかな余生を送れるのであれば、それでいいじゃないか。
よし! 私の精神衛生上、一番健全なルートはバッドエンドだ!! でも、ネットでも話題になっていたけど、バッドエンドの方が、攻略キャラ全攻略をする、逆ハーレムルートよりも明らかに難易度が高いという話だった……。ちょっとした主人公の行動が、攻略キャラとのフラグを立ててしまう。単純に攻略キャラと接触しないという単純な方法ではダメなのだ。
たとえば、同じクラスの攻略キャラである二アール・アンドレイは、ある一定時間接触しないと、「ホリー、最近、僕のことを避けてない? 何か君のご機嫌を損ねてしまったかな? 」と、主人公を追っかけてくる。騎士道精神の度を超えた博愛主義に酔いしれている彼は、この時点でルートが確定する。彼とは、くっつき過ぎず、離れすぎずがポイントになる。しかも、その一定時間というのが乱数調整されているらしく、ネット上の攻略組が解析に成功したという話があったくらいしか私は覚えていない……。バッドエンドを目指しても、二アール・アンドレイとの接触のタイミングが難しい。もちろん、接触回数が多くても、恋愛フラグは立つのだ……。現実的には、空気を読みながら二アール・アンドレイとの間合いを測るしかないだろう……。
また、攻略キャラの1人であるブリキット・アレクサンデルは、身分が王子様、容姿端麗、頭脳明晰、文武両道、騎士道精神もばっちりというありえないハイスペックで、当然、学園に通う女子生徒達がお近づきになりたいと虎視眈々と狙っている。そういう中で、イベント毎の度に主人公もチョコやらタオルやらを渡す長い女子生徒の列に加わらないと、「自分に興味を持たない彼女はいったい、誰だい?」と、逆に興味を持たれてしまう。妙な所で目敏い王子様…… というか、自意識過剰な王子様なのだ。彼に目を付けられない、つまりフラグが立たないようにするには、王子様に群がる女子生徒のone of them に徹する必要があるのだ。木を隠すなら森に隠せの発想ということなのだろう。
つまり、バッドエンドは、博愛主義をはき違えた人からターゲットとされず、王子様の前では、他のご令嬢と代わり映えのない少女だと印象付けなければならない。
フラグを立てないということに神経を使う毎日になりそうだ。