ディジー・エスティバンとキアラン・バータル 3
何をやっている? と問われれば、髪を洗っていたと答えるしかない。しかし……何故髪を洗っているのかという、理由を聞かれたら面倒だ。外を歩いていたら、鳥の糞が降ってきたのです、とか、適当な理由をでっち上げようとも思ったが、鋭い観察力を持った王子だ。下手にごまかそうとしても無駄だと諦める。
「授業中に生の卵を投げつけられまして、それをここで洗っていたのです」と私は正直に答える。
「そうか。それで?」とブリキット・アレクサンデルは、私に話の続きを促す。
「いや、それだけなんですけど……。 それでこうして、洗いに来ているのです」と、私は首を傾げながら答える。ブリキットは、私の事を可哀そうとか、イジメに対して憤っているような感じでもないようだ。
「いや、そういうことではなくて、お前は卵を投げつけられてどうしたのだ? ヴァレンティノ家は、まだ歴史が浅いとはいえ、貴族であろう?」と、ブリキットは言った。
ああ、そういうことね、と私は納得する。
断言できる。彼も、それが嫌がらせの類いであることは充分に承知している。しかし、私が卵を投げられたということに関してまったく興味がない。いや、興味がないというよりも、それを心配したり、同情したりするという発想がないのだ。
彼の興味は、私がそれに対してどう対処したかということなのだろう。貴族として、その火の粉を振り払えたか否か、それを彼は問うているだ。愛がないわねぇ、と思う。この国を統べるアレクサンデル家のブリキットとしてなら、正しいのであろう。ブルスプの世界であったら、攻略キャラの良いところしか見えないし、こんな彼の側面に一切気付くことはなかっただろう……。私の一番のお気に入りキャラだったのになぁ。王子様設定って、王道だしね……。でも…… ちょっと幻滅である……。
彼の質問に答えなければならない。
「特に、卵を投げられたことを言及せず、自ら付けたことに致しましたわ」と、私は答えた。
「ではなぜ、自らの頭に卵を付けたのだ? その理由も言ったのであろう? そうでなかったのならば、ただの狂人となってしまうだろうしな」と、彼は私に聞く。あたかも面白いことを見つけたような、そんな好奇心が顔にわずかに浮かび、直ぐに沈んでいった。王族としての感情を隠す技なのだろう。
「王都で流行している髪のお手入なのだと言いました」
「嘘であろう?」と、間をおかずにブリキットは言った。
「その通りでございます」と、私は言って、淑女の礼を取った。あなたとの話はこれで終わりね、という私の意思を込めて。
「大きな嘘にこそ、人は飲まれる、とは良く言ったものだな。なかなか有意義であった」と、ブリキット・アレクサンデルは言って踵を返し、秘密の花園から出て行った。
あなた、何様のつもりよ、と言いそうになったが、あぁ、王子様だったわね、と思い直し、なんとか抑えることができた私であった。




