やばい、期末テストだ 1
唱歌祭が終わり、祭りの興奮は冷め、長閑な学園生活に戻った。
「ここからの歌い出しまで、全休符置くべきだ」
「いえ、ここは呼吸を置かずに歌い続けるべきだと思いますわ」
お昼休みに私は、オリヴィア・フロストとゴウィン・ニールと食事をしていた。
「だって、この旅人はこの長い坂道を上る前からずっと歩いていたのだろう? それなら、坂を上る前に少し休憩をする、少し休息をするのが自然じゃないか」
「この旅人は急いでいるのです。そんな暢気なことなどしないはずですわ。だって、病気の母親に会うための旅路ですもの」
オリヴィアは不満そうに眉を挙げて自分の主張を通そうとする。
先ほどから、オリヴィアとゴウィンは口論をしていた。普段、柔らかな態度で、どこか遠慮がちなオリヴィアも、唱歌に関してはこだわりが強いというか、物怖じしないではっきりと自分の意見を言うタイプだったようだ。自信がついてきたということなのだろう。
2人が先ほどから議論を交わしているのは、2人が新たに練習をし始めた唱歌についてだ。
雲のように自由に旅をしていた旅人が、風の噂で自分の母親の病気を知り、急いで故郷に帰り、病床の母親と再会するというストーリーの歌だ。この王国でも他国との戦争が絶えない時期があり、遠く故郷を離れて出兵した貴族が、故郷の家族を思って作った歌だと言われおり、あからさまに故郷に帰りたいと言えないので、旅人の話としてオブラートに包んだと伝わっていると、ゴウィンがこの前説明をしてくれた。
「ホリーは、どちらが良いと思う?」とオリヴィアが話を私に振ってくる。
二人の意見が食い違うとき、なぜか私に意見を求め、私に仲裁を求めるのが2人の慣例になっているようなのだ。正直、私はどちらでもいいのだけれど、そんなことは言えないし……。毎度のことながら困ってしまうのだ。それに、遠回しに惚気られているような気分だし……。
作曲者の意向を組んで、楽譜通りに歌えばいいじゃない、と思うのだけど、この世界では楽譜通り歌わなければならないという意識は希薄だ。楽器でも、自分が作ったパートと入れ替えたり、演奏が難しいところは、簡単に演奏できるように変えちゃえ、的なことが当たり前のように行われているのだ。
「3番のところは、険しい山道の前なのでしょ? それならやはり旅人も少し休みたいでしょうし、全休符を置いてもいいのじゃないかしら。そうすればより、坂道を登る旅人の苦労が表現されるのではないかしら。それ以外のところは、オリヴィアが言うように、一呼吸も置かずに歌った方が良いかもしれないわね」と、私は折衷案を捻り出す。
「それで歌ってみようか?」とゴウィンが言い、「そうね」とオリヴィアが笑顔で答えて、二人は見つめ合う。
おいおい、そんなにあっさり承諾するのかい。さっきまでの口論は何だったのよ、と毎度の事ながら思ってしまう。本当は、私に仲の良さを見せつけたいだけなんじゃないの? 独り身の私に!! なんてやはり思ってしまうのだけど、まぁ、この2人と食事をする時間というのは、私にとって楽しい時間でもあるから、まぁいいっか、と思ってしまう。普段二人は、二人っきりで昼食を食べているようだし、私もオリヴィアに誘われない限り、夏の園の秘密の花園で一人でご飯を食べるだけだしね……。
「そうだわ、ゴウィン。幾何入門で、私分からない箇所があったのだけど、教え欲しいのですけど……」とオリヴィアが言う。
「もちろんだよオリヴィア。明日から、クラブ活動は休みだし、もしよかったら僕の屋敷にきて勉強をしないかい? 僕の執事達にも紹介をしておきたいしね。夏は僕のご両親にも挨拶をしてくれるのだろう?」
そうなのだ。ゴウィンの言うとおり、マリジェス学園は、明日より期末テスト期間に突入するのだ。明日より一週間はクラブ活動もお休みで、学生は座学と実技により一層の磨きをかけねばならない。
「助かるわ。私、解析幾何学が苦手で……。夏休みは、お父様にお手紙は書きましたが、まだその返事が来ておりませんわ。けれど、ゴウィンの育った場所、見てみたいわ」とオリヴィアはルビー色の瞳をキラキラさせている。
「屋敷のすぐ近くに、綺麗な湖があるんだ。一緒にそこで鱒釣りをしよう」とゴウィンもノリノリだ。
な、夏休みにご両親に挨拶に行く……? なんか展開が急……。2人の関係の急展開に付いていけない。これが若さというものなのかしら……。
私も、鬼門である幾何学入門、誰かに教えて欲しいのだけど、この2人の間に割って入るほど、馬に蹴られて死にたいわけじゃないし。独学で何とかしなければならないのか……。いくら頑張っても、主人公補正という名の呪いで、幾何学入門の教科書を目の前にすると、頭がぼぉーとしちゃうのよね……。




