ゴウィン・ニールとオリビア・フロスト
唱歌祭まで残り2週間を切り、唱歌祭に向けた準備が本格化している。昼休みや放課後、マリジェス学園のあちらこちらで歌の練習をしている学生を見かけるようになった。
青春してるわね、若いって好いわね、なんていう感想しか出てこない私は、やはりブルスプの世界に迷い込んだ人間なのだろう。ホリー・ヴァレンティノであれば、もっと気持ちが盛り上がっていると思うのだけどね。
いつものように夏の園の秘密の花園で1人でお昼ご飯を食べようと迷路の中を進んでいると、後ろから呼び止める声がした。
ゴウィン・ニールだった。ゴウィンの呼吸は少し乱れている。どうやら夏の園に入っていく私を見かけて、どこからか走って追っかけてきたようだ。
「こんにちはゴウィン・ニールさん。どうかなさいましたの?」と私は平然を装い、淑女の礼を取る。内心は焦りまくりだけどね。
「いや、ホリーに聞きたいことがあってさ」とゴウィンは言う。
「私に答えれることであれば何でも聞いて」と私は言う。もしかして、あのイベントか? などと内心ドキドキする。いや、ゴウィンとの接触はできる限り回避してきた。唱歌部の見学と、オリヴィアと昼食を食べていた時の2回しか接触をしていない。イベントに進むにはフラグの蓄積が足りないはずだ。
「今度の唱歌の発表会、ホリーは出場するの?」とゴウィンは聞く。
「いえ。私は、出場はしないわ。ゴウィンやオリヴィアと違って、私はあまり上手じゃないもの」と私は答える。
「オリヴィアは確かに、技巧も高く、申し分のない歌姫だと思う。だけどね、ホリー。君の歌声には不思議と人の心を惹きつける何かがある。君が歌っているときには、つい耳を傾けてしまうんだ。僕も君の歌声に惹かれている一人だよ」とゴウィンが言った。
うぁ、やっぱりか。ゴウィンに恋愛ルートに入る台詞を言われてしまった! 極力回避していたのに! 最悪! ブルスプの設定という名の運命か!! と思う反面、ゴウィンの気持ちが入っていないことに違和感を覚える。ブルスプでは、ゴウィン・ニールはホリー・ヴァレンティノに惹かれて、どうしようもない、止めることのできない恋心からこの台詞を発するのだ。ブルスプのプレイヤーの視点で言えば、ブルスプのプレイヤーは、そのゴウィン・ニールの熱い思いを受け止め、オリヴィア・フロストからホリー・ヴァレンティノに対する過酷なイジメに耐え抜くのだ。ゴウィン・ニールの想いを精神的支柱として、プレイヤーは過酷な恋愛ルートを突き抜けていく。
だが、先ほどのゴウィンのセリフは、やっつけ仕事で言いました、というような感じだ。私の目をまっすぐに見つめて言うわけでもなく、遠くの雲を見つめながら言っているようだし。魂が入っていない。気持ちが入っていない。そんな冷めたような感じで言われても、ブルスプのプレイヤーとしての私の心は動かない。ブルスプでゴウィンの声を担当していた声優さんが、演じ上手だっただけかも知れないが……。
たしかに、ゴウィンは素敵な人だし、歌っている姿なんて、攻略対象だけあって美形キャラでかっこいい。ブルスプの知識がなかったら、私は舞い上がっていたかもしれない。上せていたかもしれない。だけど、私は、ブルスプのホリー・ヴァレンティノではない。オリヴィアだって大事な友達だし、彼女がゴウィンに恋心を抱きつつあることを私は感じている。もし、私もゴウィンを好きになってしまったら、オリヴィアと以前のような関係ではいられなくなるだろう。私が横恋慕をした形になってしまうだろうし、そうしたらオリヴィアから恨まれるだろう。オリヴィアが私に嫌がらせをしたりする気持ちも分からないではない。
しかし、肝心のゴウィンに気持ちが入っていないというのはどういうわけだろう。はっきり言ってしまえば、ゴウィンの気持ちの入っていない、先ほどの台詞を要約してしまうと、「なんとなくホリーが気になるんだよね」程度だ。同じセリフでも、ブルスプでは「僕も君の歌声に惹かれている一人だよ」と曖昧に暈しながらも、「貴女の事が好きです」という事実上の告白だった。ブルスプでは、ゴウィン・ニールの一世一代の大告白であった。しかし、なんだこのゴウィンの態度は? こんな白けた棒読みのような台詞で、私は大事なオリヴィアという友人を失い、そして酷い仕打ちを受け始めなければならないのか?
ん? だんだん腹が立ってきたぞ。
そもそも、オリヴィアがゴウィンに恋をし始めているということは、ゴウィンだって気づいているはずだ。そこまで彼は鈍感キャラじゃなかった。どちらかというと、相手の機微を敏感に感じ取って行動してくれる優しい紳士だった。
もしかして此奴、オリヴィアの気持ちから逃げたいだけなんじゃないの? もしかして私、オリヴィアから逃げるための口実にされてる?
そう考えると、本気で腹が立ってきた。
「ねぇ、ゴウィン。あなたはどういうつもりで、そんなことを言っているの?」と私は冷たく返す。
「あ、いや。君の歌声も素敵だよって、伝えたかっただけなんだ」と目を泳がせながらゴウィンは言う。
何それ? その適当に口説いてみました的な答えとその態度、と私の怒りのボルテージが上がっていく。本当にあの攻略キャラのゴウィン・ニール? ブルスプのゴウィン・ニールとは違って、かなりヘタレのように感じるのだけど……。
「そうなのね。ありがとう。話はそれでおしまい? 私、行かなければならないところがあるので、これで失礼してよろしいかしら?」と、私は淑女の礼を取る。これ以上、ブルスプのシナリオを進めたくはないし、それにお腹も空いてきたし。こんなヘタレた男はほっといて、早くお昼を食べたい。
「待ってくれ、ホリー。できれば、今度の発表会。僕とペアを組んでもらえないだろうか?」と、ゴウィンは言う。
「今度の発表会は、オリヴィアとペアを組んでいると伺っているのだけど?」と私は言った。やっぱりそういうブルスプ通りの展開なのね……。既に決まっているオリヴィアとのペアを解消し、私と組むなんてことが知れたら、オリヴィアは悲しむだろうに……。
「そうなのだけど…… オリヴィアには僕から説明をするから。僕とペアを組んでくれないだろうか?」とゴウィンは言う。
やめて~。そんなことをゴウィンからオリヴィアに説明されたら、被害が大きくなってしまうではないか。
「理由を聞いても良いかしら?」と私は言う。ゲームでは、「申し出を受ける」か「申し出を断る」の選択肢を選ぶだけだったけど、ゲーム通りに行動する気は私にはない。理由も気になるしね。
「釣り合いが取れないんだ」とゴウィンは言った。
「え? どういうこと? 私なんかよりもオリヴィアの方がずっと上手でしょ? そんな説明で納得なんかできないですわ」と私は言う。
「いや、僕が釣り合いが取れていないということなんだ。彼女とペアを組んで歌う資格が僕にはないんだ……。彼女、上手すぎてさ」とゴウィンは肩をすくめた。
あれ? それって私、失礼なことを言われていない? オリヴィアは歌が上手過ぎてペアが組めない。つまり、私は下手だからペアを組めるということなのか……。確かに、オリヴィアは歌がうまい。彼女と唱歌を歌うならば、ペアの方にもそれなりの技巧が求められ、それがなければ粗が目立ってしまう。ゴウィンもオリヴィアと遜色ないほど上手いと思うのだけれど、達人の領域から見たら、その差がはっきりとわかってしまうのだろうか……。ゴウィンも歌の才能を持つ人だ。その差が如実に分かってしまうのかも知れない。
それにしても、そんな理由で私にペアを求めるなんて失礼千万である。しかも、それによる今後の惨事を考えると、割に合わない。ふざけるものいい加減にしてと、私の堪忍袋の尾がついに切れた。私は、ゴウィンの方へとつかつかと歩く。
パシィーン
ゴウィンの頬を叩いてあげた。もちろん、加減はした。目を覚ましなさいという、私の優しさである。ゴウィンは、歌うことに関しては、同年代の中で常に一番だったのだろう。自分よりも歌が上手い存在、つまりオリヴィアのような存在に出会ったのが初めてなのだろう。ずっと自分が一番だと思っていたがそうではなかった……。井の中の蛙、大海を知らず。人生で初めてであった壁が、オリヴィアなのであろう。ゴウィンが自信を喪失し、勝手に挫折するのは私の知ったことではないけれど、それで私が受ける被害が半端じゃない。ちょっと勘弁して欲しい。
私に頬を叩かれたことがショックなのか、ゴウィンは目を丸くして、茫然としている。親父にも叩かれたことがなかったのに、なんて言ったら、もう一度引っ叩いてあげようと思っていたけれど、そんな戯言を言う余裕すらないようだ。
「はぁ」と私は大きくため息を吐き、言葉を続ける。
「オリヴィアはね、あなたと一緒に参加するのをとても楽しみにしているのよ。大好きな薔薇茶を我慢して、蜂蜜を水で薄めたものを飲んでいるのよ? 綺麗な歌声で当日の発表会を迎えれるように。それに、一生懸命練習をしているのよ? 私もオリヴィアの練習をよく聞いているけれど、本当に一生懸命よ。ここの声の伸びがどうかとか、熱心に聞かれたのを、あなたも知っているじゃない。私は対したアドバイスを言えないのだけれどね」と私は言う。それにオリヴィアは、腹筋も日課としてやっていると言っていた。
「お茶を飲んでいないなんて……」とゴウィンは絶句している。そうだろう、そうだろう。この世界の貴族は、みんな何故かお茶が大好きである。朝起きてお茶を飲まないと始まらないし、常にお茶を飲んでいる。しかもそれぞれの好みがあるらしく、薔薇茶であったり、菊花茶であったり、いろいろ種類はあるようなのだけど、三度の飯よりお茶が好きなのだ。オリヴィアのお茶断ちというのは、私の感覚で言えば、ダイエットのためにオヤツを抜いて、三食蒟蒻しか食べないと言ったところだろうか……。もしくは、発表会に向けて、愛煙家が真面目に禁煙に取り組むとか、そんな感じかも知れない。
「それくらいの努力をオリヴィアはしているのよ。彼女とペアを組んで歌う資格がないなんて悲しいことを言わないで。貴方とオリヴィアのペアなら、きっと素晴らしいことになると思う。私だってとても楽しみにしているのよ」と私は言った。壁にぶつかったからって、その壁から逃げんな! と、直接的に言いたいのだけど、まぁ、遠回しに励ます。貴族らしく?
私は、唖然、呆然としているゴウィンに淑女の礼をとり、その場を立ち去った。
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発表会の当日となった。オリヴィアから、是非見に来てね、と言われてしまったので、私は会場へと足を運ぶ。
さすが貴族の人たちだと思う。唱歌は必須のスキルであるし、歌が上手いということは男女共にステータスである。この学園に入る前から英才教育を施されているのだろう。
そして、ゴウィンとオリヴィアの発表の順番が回ってくる。ゴウィンにエスコートされながら、オリヴィアが舞台に登場する。オリヴィア、少し緊張しているかな? と思う。
2人が選んだ歌は、ある乙女に恋をした騎士と花の精の応答の歌だ。騎士にはゴウィンが扮し、薔薇の妖精にオリヴィアが扮している。真っ赤なバラをイメージしているのか、鮮やかな紅色のドレスを纏ったオリヴィアは本当に綺麗だ。燃えるようなドレスの赤色と優しいルビー色の瞳が対象的だ。ドレスの赤は、燃え上がるような赤色で、オリヴィアの瞳の色は、優しく包み込むような赤だ。マリジェス学園の制服姿のオリヴィアも可愛いけれど、化粧をバッチ決めて、ドレス姿の魅力を一層強めている。ビスチェタイプのドレスは、オリヴィアの腰回りの細さを際立たせ、ゴウィンが彼女の腰に手を回してエスコートしているのを、観客席の男は羨ましそうに見ている。また、鼻の下を伸ばしている男は、オリヴィアの鎖骨から胸元にかけてのラインに心奪われているのだろう。
二人は舞台の中央に来ると、一礼し、歌い始めた。
ゴウィン:
「この世で最も美しい花よ、あなたに問いたい
この世界でもっとも美しいもはなんであろう」
オリヴィア:
「それは私でございます。
この世を彩るすべてで、私より美しいものはありません」
ゴウィン:
「ならば問おう。薔薇よ、なぜ汝には棘があるのか
彼女は、貴女に勝って美しい。それに柔らかい。
私を拒絶することなく、私を優しく包み込む。
わが愛する者よ、あなたは薔薇より美しい、
愛しき人よ、あなたは誰より美しい」
オリヴィア:
「あぁ若き騎士よ。私はあなたの為ならば、
春の伸びる新芽のように柔らかく、
あなたを優しく迎え入れましょう。
あぁ若き騎士よ。心奪われてはなりません。
見てください。私の花弁を。この色に勝る色はありません」
ゴウィン:
「ならば問おう。薔薇よ。なぜ彼女の唇は私を惹きつける。
彼女の唇の紅色は私の唇を吸い寄せる。
彼女の手の甲ではなく、彼女の唇に騎士の忠誠を捧げたい
わが愛する者よ、あなたは薔薇より美しい、
愛しき人よ、あなたは誰より美しい」
オリヴィア:
「あぁ若き騎士よ。私はあなたの為ならば、
誰も見たことのない青色の薔薇を咲かせます。
海よりも空よりも深い青をあなたをご覧に入れましょう。
あぁ若き騎士よ。心奪われてはなりません。
嗅いでご覧。私の香りを。この香りに勝る香りはありません」
ゴウィン:
「ならば問おう。薔薇よ。なぜ彼女の残り香を私は探し求める。
夢の中でさえ私は、彼女の残り香を探し求め、
彼女の寝ている天蓋へと行きつく。
わが愛する者よ、あなたは薔薇より美しい、
愛しき人よ、あなたは誰より美しい」
オリヴィア:
「あぁ若き騎士よ。あなたがそこまでいうのならば、
もう何も言うことはない。ただ覚えておきなさい。
愛は死のように強く、妬みは冥府のように残酷です。
私の棘よりも深くあなたを傷つけるでしょう」
ゴウィン:
「愛は大水で消えることはない。
洪水で押し流すことはない
わが愛する者よ、あなたは薔薇より美しい、
愛しき人よ、あなたは誰より美しい」
2人が歌っている間、会場は艶めかしく蒸し暑い熱気が舞台から流れていた。もう、明らかに、ゴウィンが「わが愛する者よ、あなたは薔薇より美しい、愛しき人よ、あなたは誰より美しい」とオリヴィアに向けて歌っているということは火を見るより明らかだった。オリヴィアもオリヴィアで、薔薇の妖精として若き騎士に思慕の念を抱いているのをうまく表現しているというよりは、オリヴィアがゴウィンを愛しています、というのをストレートに伝えようと歌っている感じだ。会場の聴衆は、2人のラブラブな熱気に当てられたということだろう。
2人が歌い終えて、それぞれ騎士の礼と淑女の礼を取ると、会場に拍手喝采が起きる。今までの発表者達の中でもっとも大きい万雷の拍手だった。
大盛況だと思っていたら、今回の発表会のグランプリにゴウィンとオリヴィアは選ばれた。上級生を押しのけて、1年生がグランプリを獲るということは稀なことらしい。
ちなみに、ブルスプでは、グランプリがあるという描写はなかった。まぁ、たぶん、ゴウィンとホリーのペアでこの発表会に参加しても、周りのレベルの高さを考えると、グランプリには程遠かったから、そういう描写はカットされたのだと思う。ブルスプで、足を引っ張ったとしたら、主人公のホリー、つまり私だと思うけどね……。
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会場を出ようとするしたとき、オリヴィアの透き通る声で、私は呼び止められた。振り返ってみると、ゴウィンとオリヴィアが仲良く手を繋いで、2人して笑顔で近づいてくる。
「オリヴィア、それにゴウィン。グランプリおめでとう。本当に素敵だったわ」と私は2人を祝福する。
「私の方こそお礼を言いたいの。実は、私、ホリーに謝ることがあるの」とオリヴィアは言った。
「私に?」と、私は聞く。
「ごめんなさい。実は、私、そんなつもりではなかったのだけど、この前夏の園で、ホリーとゴウィンが話しているのを盗み聞きしちゃったの。ゴウィンが、夏の園に入っていくのが見えて、それを追っかけて。盗み聞きなんてはしたないと思って立ち去ろうと思ったのだけれど、私の名前も出て来て……」とオリヴィアは俯く。
ゴウィンもどうやらその事実を今知ったようで、驚いて目を丸くしながらオリヴィアを見つめている。
「あ、そんなことを気にしなくていいわ。あ、でも、ゴウィンの頬を引っぱたくなんてことをしたなんて知られるのは、恥ずかしいわ。私、普段はそんなことしないのよ?」と私は冗談っぽく言う。それに、ブルスプのシナリオ通りであるならば、オリヴィアがあの場の会話を聞いてしまうというのは規定路線だ。あの場の会話を聞いてしまって、オリヴィアはホリーを憎み始めるのだから……。まさか、本当に聞かれているとは思っていなかったが、オリヴィアがそれを偶然聞いてしまうというのは、設定という名の運命なのであろう……。
「そのことを謝ろうと思ったのと、あと、お礼が言いたかったの。私のためにありがとう」と、オリヴィアは言った。オリヴィアの瞳には涙が貯まっていた。
「私は、そんな感謝されることなんて……」と言おうとしてら、
「僕からもお礼を言わせてくれ」とゴウィンに遮られる。
「ホリー、本当にありがとう。僕は、素晴らしいパートナーを得ることができた。すべて君のおかげだ」と、騎士の礼をゴウィンは取った。
ん? 発表会のなら、パートナーじゃなくて、ペアだよね? と一瞬思ったが、頬を朱く染めたオリヴィアを見て、ああ、そういうことね、すぐに納得がいった。
「ほら、そろそろ授賞式でしょ。グランプリの2人はもう一曲歌うのではなくて?」と、2人の世界に入っているオリヴィアとゴウィンに声を掛ける。
グランプリに輝いた2人がアンコールとして歌ったのは、愛の賛歌だった。手をつなぎ、息ぴったりに歌われる愛の賛歌は、もう2人が恋仲であることを聴衆に見せつけるものだった。壮大な惚気話を聞かされているような気分になっているのは、この聴衆で私一人ではないだろう。そして、羨ましいな、なんて思ったのも私だけではないと思うのだった。




