なんで二択しかないのよ! あ、でも選択肢を狭めたのは自分です 1
「今日は体調が優れません。お休みしますわ。それでよいわよね、メアリ」
私は、椅子に座らされ、髪をポニーテールにされながらも、抵抗を続けていた。
「何を仰いますか、ホリーお嬢様。顔色もよく、お元気そうですよ?」と、ヴァレンティノ家のメイドのメアリが言いながら、私の学園へ行く身支度を素早く整えていく。
「メアリ、お願い。今日だけは行きたくないわ」と私は懇願するが、メアリは気にせず私の髪を結っていく。
「昨日も随分とお帰りが早いと思って心配しておりましたが…… 今日は行きたくないなんて子供みたいに駄々を捏ねられて。私は、ホリーお嬢様のことをくれぐれもよろしくとお館様と奥様に申し付けれておりますのよ。新しい環境に戸惑っていらっしゃるのですね。ですが、お友達ができれば、まだ朝日は昇らないのかと首を長くして待つくらい、学園が好きになりますわ」と、メアリは言う。どうやら私、つまりホリーを子供のころから世話をしているらしく、私には遠慮がない。
「セバス、私は今日お休みしたいのだけれど。あなたからメアリに言ってくださらない?」と、朝食を食べながら給仕をしてくれているセバスに言うが、セバスは無言で微笑むばかり。彼も私を休ませるつもりはないのだろう。
「今日はお嬢様の大好きなブルーベリーのサンドイッチをご用意致しましたからね」とメアリは笑顔で言う。
「まぁ。昨日のハムとマスタードのも美味しかったわよ。ブルーベリーも楽しみだわ」
あ、食べ物でつられてしまった。
昨日、ブリキット・アレクサンデルとファーガス・ボルドに昼食を邪魔され、彼らと食べた時には、サンドイッチの味を楽しんでいる余裕はなかったが、チューティアと2人で食べた時のサンドイッチは美味しかったけれどね。パンに練りこまれている細かく砕かれたナッツが、絶妙の歯ごたえと香りを放ち、ハムとマスタードをより一層引き立てていた。
そういえば、昨日、あまりの出来事にチューティアを置き去りにしてしまった。突然いなくなってしまって心配をしてしまったのではないだろうか。今日、謝ろう……。
「行ってらっしゃいませ。ホリーお嬢様」と、メアリとセバスに送り出され、馬車で学園へと向かうのであった。
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こっそりと、私は教室に入る。そして、教室の後ろ側にさりげなく視線を送る。キアラン・バータルの姿を教室の中段で見つけたが、友人との談笑中で彼は私が教室に入ったのに気づいていないようだ。
問題のデイジー・エステバンは、教室の最後尾の席付近で、読書をしているようだった。ページを捲る際に、一瞬、デイジー・エステバンの視線が私を通りすぎたように感じたが、そのあと、何事のなかったように読書をしているので、私の気のせいだと思う……。いや、そう祈りたい。
そして、チューティアの姿を探したが、彼女の姿はなかった。
午前中の修辞学の授業が始まった。今日の授業のテーマは、演説中の間の置き方についてということだ。流石、修辞学の先生ということだけあって、授業の最初に今日の講義で学ぶべき課題を明示するあたり素晴らしいと思う。
だけど、私はデイジー・エステバンから授業中に嫌がらせされないかという不安でいっぱいだ。授業に集中できない。先端に針が仕込まれた紙飛行機がいつ、私の頭に激突するのかと考えると気が気でない……。
「では、来週授業で自己紹介をしてもらう。時間は3分だ。今日学んだ、緩急や間もしっかりと意識して原稿を作るように。時間はきっちり3分で、短くても長くても減点するからな」と先生がさらりと課題を提示して午前中の授業を終えた。
昼休みということで、教室で食事をとる者、教室外へ出ていく者など、それぞれのお昼休みを過ごし始める。私はチューティアの姿を探すが、やはり姿は見えない。あれ? 昨日のでチュートリアルは終わってしまったのだろうか。まだ、昼休みに主人公が行ける場所の半分も案内してもらっていないのだけれど……。ブルスプ上では、チュートリアルは1日で終わってしまったが、このマリジェス学園の広さを考えたら、昼休みの2時間程度ですべての場所に行けるはずがない。1日でチュートリアルが終わったのは、実際の移動時間等を考慮しない、ゲームならではであろう。
って、チューティアがクラブ見学の案内をしてくれないと、他のクラブがどこで行われているのかも分からないじゃない。昨日、キアラン・バータルとのハプニングで、勝手に帰ったことがいけなかったかも知れない……。って、それじゃあ、私が所属しなくちゃいけないクラブって、音芸部と図書部しかないってこと? その二択だなんて酷いわ。他のクラブの見学もして、一番、攻略キャラとライバルキャラと距離が近い、安全そうなクラブを見つけなきゃならないのに!
芸術部、裁縫部、園芸部、舞踏部は、どこで活動をしているのよ!! 誰かに聞こうにも、子爵の私からは、気安く話しかけれないし。私の家は、子爵家でも格下の家だし……。
「ホリー・ヴァレンティノさん」と、私の名前を呼ぶ声が聞こえて、声の方向を見るとオリヴィアだった。え? ライバルキャラから接触されてしまった……。昨日の図書館の一件でデイジー・エステバンには敵認定されたとしても仕方がないが、オリヴィアに絡まれるようなことをした覚えはない。
「ごきげんよう、オリヴィア・フロストさん。昨日は何も言わずに帰ってしまってごめんなさい。体調が優れなくなってしまって……」と私は嘘を交えて謝罪をしながら、心の中では動揺の嵐だ。
「そうだったの。もう体調はよろしくて?」とオリヴィアは心配そうに私の顔を覗き込む。
「ええ……。おかげさまで」
心が少しチクリ。もしかして、嘘だってばれた?
「昨日、あなたの姿が見えなくなって、図書館で迷われたのかと、チューティア・リノアルさんが探し回っていた様子でしたけど……。今日、チューティア・リノアルさんとご一緒ではないのですか?」
オリヴィアは教室の中を見渡しながら、チューティアの姿を探している。
「今日は御前中の授業にもいらしてないわ」と私は答える。
「そうでしたの…… 心配ですわ」
オリヴィアは両手を合わせ祈るようにして言った。本気で心配をしているようだ。私自身も、チューティアがブルスプの設定どおり、チュートリアル娘なのでもう学園に来ないのか、体調を崩したか何かして学園に来ていないのかは分からない。もう認めざるを得ないほど、ブルスプを現実化したようなこの世界で、チュートリアルの為だけに初日だけ登校しました、というのはかなり不自然な感じだ。この学園に通う年齢になるまで、チューティアは何処かで生まれ、育ち、成長してきたのでしょうし。もし、チューティアが何らかの事情で学園に来れなくなってしまったとしたら、それは、設定という名の運命なのかしら。ブルスプ上のストーリで登場しないのではなく、物理的に学園に来ないというのは、ブルスプ補正とでも言うべき物が働いている可能性があると思う。
「どういう御事情で本日学園にいらしていないかは分かりかねますが、明日にでもチューティアはいらっしゃるのではないでしょうか。きっと、大丈夫ですわ」
なんてお気楽なことを私は言っているのかと思うが、そう言うしかない。彼女は、チュートリアル娘だから、お役御免なのよ、などと、ブルスプに関するネット談義のようなことは口が裂けても言えない。そんなことを言ったら、頭おかしい人になってしまう。それに、チューティアがブルスプのチュートリアル娘としての働きが終わったから学園に来なくなるというくらい、ブルスプの設定がこの世界に作用しているのであれば、私も、悲惨な未来を回避できないということになる。そんなのは信じたくないし、認めたくない。
「せっかく昨日、お知り合いになれたのですから、またご一緒したいですわ」
とオリヴィアは言い、少し俯く。ん? どうかしたの? と思ったら、
「ホリー・ヴァレンティノさん、よかったらお食事、ご一緒させていただけないでしょうか」と言った。
「え、ええ。もちろんよろしくてよ」と、私は反射的に答えてしまった。ずいぶんと思い詰めたような間があるから、何事かと思ったわよ。これが、先ほどの授業で先生が言っていた「間」というやつのだろうか……。
本当は、夏の園の秘密の場所の入口を探して、そこで一人でご飯を食べようと思っていたのだけど、応諾してしまったので仕方がない。
「ありがとうございます。断られたらどうしようかと思いました。ありがとうございます」と、オリヴィアは安心したように言う。
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オリヴィアに連れられた先は、春の園だった。赤、紅紫、桃、紫、青、白など、様々な色のアネモネが咲き誇っていた。
「とても綺麗なところね」
綺麗に切りそろえられた芝生に座り、バスケットを開きながら私は言う。
「ええ、本当に素敵ですわ」と言ってオリヴィアもバスケットを開く。
「いただきます」と私たちは声を合わせ、お昼を食べはじめる。
「ねぇ、あの紅色のアネモネ、あなたの瞳の色に似てないかしら?」と私は言う。
「そ、そんなことはないですわ。花の美しさに私の瞳は到底及びませんわ」
オリヴィアは、ルビーのようにキラキラと輝く瞳を恥ずかしそうに地面に向ける。ちなみに、赤い色の瞳というのは、ブルスプでは珍しくない。ライバルキャラの瞳の色は、全員、赤い瞳だ。嫉妬の炎で赤く燃え上がる、というライバルキャラに合わせているのかも知れないが、それ以外の学園の生徒でも赤い瞳の人はちらほらと見かける。
ちなみに、主人公、つまり私の瞳は青色だったりする。Blue Spring Ageの青から来ているとか来てないとか、そんなことをネットで見かけたような気がする。
「ホリー・ヴァレンティノさんの瞳の色も、この青空のようでお綺麗ですわ」と、空を見上げながらオリヴィアは言う。




