なぜ、ライバルキャラと交流しなければならないのか 1
音芸部の熱烈な歓迎を受けたオリヴィアとゴウィンであったが、意外なことに音芸部への入団を即決しなかった。貴族の外交術とでも表現すればよい何かなのだろうか。
オリヴィア、ゴウィン、チューティア、そして私は、同時に音芸部から解放されたその流れで、他のクラブへの見学を一緒にする流れとなってしまった。
「私は、お父様とお母様の前以外で歌を歌ったことがなかったので、とても恥ずかしかったです。やはり人前で歌うようなクラブに入るのは、少し、気後れしてしまいまして……」と、オリヴィアが地面を見つめながら言う。
いやいや、それにしては堂々と歌っていたし、恥ずかしがっているような雰囲気では無かったわよ? 周りを圧倒するような後光が見えてよ? と私は突っ込みを入れたくなる。控えめな女性というような印象を与えたいという思惑が見え隠れするようなオリヴィアだ。だって、ブルスプの中では、歌姫と周囲から絶賛され、完全に図に乗っていたのだもの。歌があまり上手でない主人公のホリーに、意中のゴウィンが惹かれてしまっているのを我慢できずに、意地悪するのだ。「蚊が耳元を飛んでいるような不快なその声は、塞いでしまったほうがよろしくてよ」と言って、オリヴィアの取り巻きに主人公の口をこじ開けさせ、汚れたボロ雑巾を口に突っ込むのだ。マジで窒息死する危険があるから、現実でやったら洒落にならないようなことをやってのける。
今は、猫を被っていて初心な令嬢を気取っているのだろうけど、私がゴウィンの恋愛フラグを立ててしまったら、すぐに化けの皮を自ら剥いで、零嬢となって、酷な仕打ちを私にしてくるのだろう……。君子危うきに近寄らず……。
私達は、とりあえず図書部の見学に向かう途中なのだが、なぜゴウィンとオリヴィアと雑談をしながら向かわなければならないのかと、私は心の中でため息をつく。知り合いになりたく無かったのだけど、知り合ってしまうのは、主人公補正という名の呪いなのかと考えて、本当に泣きたくなる。
「僕は、宮廷音楽団に属して歌ったことが何度もある。まだ、宮廷にてソロを任されたことはないものの、変声が落ち着けば、ソロとして活躍できるであろうと、宮廷音楽団長に直に言われたこともある。そんな僕に言わせてもらえば、マリジェス学園の音芸部といえど、児戯、と言った程度であったな。6月の唱歌発表会では、僕1人が脚光を浴びるんじゃないかな」と、ゴウィンが自信満々に言う。
ちなみに唱歌発表会というのは、エントリー形式で行われる唱歌の発表会だ。唱歌クラブに属していなくてもエントリーすれば出場できるというもので、現代でいえば、歌縛りの音楽祭のような感じだ。ブルスプ上でも、唱歌クラブに属すると、ホリー・ヴァレンティノとゴウィン・ニールがペアとなって出場する。また、生徒会に所属しても、生徒会全員で合唱を歌うということで出場する描写があった。
ゴウィンはかなり強気の発言をするなぁ、と思う。ゴウィンの家は、侯爵家ではあるが、音芸部の先輩達の中には、同じ侯爵の身分を持つ人もいるだろう。格で言えば、ゴウィンの家よりも上位の侯爵家の人間もいるのではないだろうか。それに、王族が音芸部に所属しているのであれば、その唱歌クラブを児戯と評するのはいささか危険である。ゴウィンの内心でそう思う分にはまったく構わないが、今日知り合ったばかりの私やチューティア、そしてオリヴィアの前でそんなことを言うのは、大胆過ぎるというものだ。貴族としての資質に欠けるのではないかと思う。まぁ、資質に欠けるというのは言い過ぎだとしても、いささか慎重さに欠ける。あと、謙虚さもないわね……。
「私、歌を歌うのも聞くのも好きですけれど、時々で良いと思ったの」と私は言う。まぁ本心は、いきなり攻略対象キャラとライバルキャラと接触してしまって、完全に腰が引けたというものだけどね。
「そろそろ、図書館に着くわね。皆さん、図書部を見学するということでよろしくて?」とチューティアが言った。私達は頷く。オリヴィアもゴウィンも頷く。
石造りの重厚な建物で作られた、図書館、アカデメイア。世界中のありとあらゆる図書が集められる知の金字塔。規模で言えば、蔵書70万冊を誇り、王立図書館に次ぐ、2番目の規模である。
どれだけマリジェス学園は贅沢なのだ、と言いたくなる。おそらく庭園の規模は、現代のベルサイユ宮殿に匹敵する。それに重厚な石造りの図書館と校舎。作られて数百年が過ぎているらしいから、現代で言えば、即世界遺産に登録されるような建物であろう。
図書館の正門の入口のアーチの上に彫り込まれた文字をチューティアが指さし、「彫り込まれている、Nec aliud quidquam esse id quod dicitur discere quam reminisci et recordariというこの言葉は、2代目館長を務めたアウグスティン博士の言葉であると伝えられています」と言った。
チューティア、あなたは何故、そんなに詳しいの? と突っ込みたかった……。
だが、オリヴィアが「これが有名な智の門なのですね。噂に聞いていたよりも素晴らしい彫刻ですね」と感動し、門の前で立ち止まる。
「では、あそこの天を指さしている人物が、プラトン博士ね。では、あれは?」
「あれは、ユークリッド博士と伝えられているわ」とチューティアが答える。
「ああ、先ほどの幾何学入門を書かれた先生ですわね。よく見ると、右手に持たれているのは、コンパスでございますね。さすがわユークリッド博士ですわ」と、楽しそうに会話をしている。
「学ぶということは、想い起し、思い出すこと以外のなにものでもない、か。的を得た言葉だ。ホリー・ヴァレンティノ、君はどう思う?」とゴウィンが話を私に振ってくる。彼も彼なりに観光を楽しんでいるようだ。
「ええ、先ほどの唱歌にしても、反復練習が必要です。学ぶというも、頭の中の動きではありますが、同じように反復が必要なのでしょう。さすが、アウグスティン博士、物事の本質を突いたお言葉ですね」と、私は言う。
「然り」とゴウィンは頷く。攻略キャラだけあって、横顔も格好いいわね、なんて思う。
そういえば、図書部といえば、ライバルキャラのデイジー・エステバンがいる。彼女と私は、同じクラスだ。教室の後ろの席、侯爵の席にデイジー・エステバンが座っているのは既に確認済だ。ブルスプ上では学級副委員長になるはずで、学級委員長のキアラン・バータルに思いを寄せるということになるはずだった。ホリー、つまり私が、平均的な成績を取れなければ、キアラン・バータルが私に勉強を教え始める。それに、デイジー・エステバンは嫉妬するのだ。「学生の本分は勉強でしょ? その本分すら全うできていないホリー・ヴァレンティノ、貴女に恋をする資格なんてないわ」と言って、キアラン・バータルとの仲を引き裂こうと画策する。ブルスプ上では、主人公が本を探しているときに本棚が突然倒れてきて、本の生き埋めになったりする……。まぁ、デイジー・エステバンの仕業なのだけど……。
「ホリー・ヴァレンティノ、ため息なんかついてどうしたの?」と、ゴウィンが心配そうに私の顔を覗き込む。
「いえ、なんでもなくてよ」と私は作り笑いで答える。攻略キャラよ、頼むから私に優しくしないでおくれ……。
私たちは、アカデメイア図書館の中に入った。クラブ見学に来た新入生が図書館の中にいた。そして、デイジー・エステバンの姿もあった。おそらく、彼女も先に他のクラブの見学をしてから、図書部の見学にやってきたのだろう。まさかの鉢合わせなんて……。ああ、しかもキアラン・バータルまでいるじゃない。彼は、ブルスプ上では、女性では所属することができない軍棋部に所属するはずなのに……。まぁ、見学にだけ来たのだろう。
もうこれ以上、攻略キャラとライバルキャラと交流してしまうと、私の胃がストレスで壊れてしまうわぁ!と、私は心の中で叫んだ……。




