Ⅰ 無の少女
おそくなりました
ー朝ー
今日はゴールデンウェークの最終日だ、二度寝をしてもバチはあたらないだろう。ピーンポーン、チャイムの音だ。誰だ、こんな朝早くからうっとしい。ピーンポーン、無視無視、僕の甘美な夢を邪魔するものはすべて遮断だ。
ピーンポーン
ピーンポーン
ピーンポーン
・・・・・
ダッダッダ
おや、誰かが廊下を走っている。
バーン!!
扉を蹴り破った音だ、はあ、修理代どうする気だろう
「朝っぱらからうるさい!!新聞ならいらないって言ってんだろうがっ!!」理子姉ナイス!後は理子姉に任せて、僕は夢の中へ浸ろう。
「そうでしたか、これは大変失礼いたしました。」あれ?様子が変だ、なんだか急にかしこまってるし、理子姉?!
「いやあ、これは大変失礼したねぇ、わたしたち宿を探しているので、こちらへ伺えばあると同僚が言ったもんで・・・」宿探しか、そういえば昨日理子姉が言っていた気がする。
「たしか空いてる部屋は・・・」どうやら案内をしているようだ、まったく、人の夢を邪魔するなんて、いったいどんなやつだ。これ以上はもう任務を続行できないと判断した僕は、着替えて部屋を出た。
「あれ?冬馬もう起きたの?」
「はい。どっかの誰かさんが爆音を出したおかげで、すっかり目が冴えてしまいました」
「あはは・・・」理子姉は乾いた笑いを漏らすしかない。
「これは失礼したねえ、わたしたちのせいで休日の朝をつぶされたことを詫びるよ」この方へ向くと、そこには全身が真っ白な女がいた。正確には、白装束を着た女性がいた。髪まで真っ白でニヤニヤした顔で僕を見ている。
あやしい!というのが第一印象だ。
「心もこもってない言葉をありがとうございます。して、あなたはどのようなご用件でこんな何もないところへ?」
「何もないとは失礼ね!」 「理子姉は黙っててください」
目の前の女性はどこをどう見ても怪しい、よくこんな胡散臭いやつを客だと迎えらたもんだ。そもそも白装束を着ている時点で疑問を抱け!
ん?まてよ、そういえばさっきこの人“わたしたち”と言っていたな。
「二人なんですか、もう一人の姿が見えませんが・・・」
「ああ、この子ね」そう言って、女性は自分の後ろの方を見た、釣られて僕も彼女の後ろを見た、そこには、昨日村の入り口で立っていた女の子がいた。
「・・・。」
「まあ、この子は気にしないで、人見知りだから」
昨日は気にしていなかったが、妙な威圧感がある。僕は失礼と思いながらも彼女を観察する、美しいと思った。その言葉はまさに彼女のために在るようなものだ、だって、それ以外に彼女を表現できる言葉が見つからない。しかし、少女の目に何か底知れない闇を感じた。見る者をすべて魅了する美しさとその目に僕はぞっとした、妖艶で純潔という矛盾した少女だ。
「で、あなた方は何をしにこの村へ?」
動揺を悟らせないよう、冷静な声で彼女たちの目的を聞く。
「観光ですよ」
「うそつけ、この村に観光できるような場所はない」
「じゃあ、旅行です」
「旅行の荷物も持たずに、ですか?それに旅行をしていたところで、こんな辺隅なところへは来られません」
というか“じゃあ”って何だよ。
「秘密です」
「お帰りください」
あいかわらずにやけ顔の女性は「困ったねえ」と口では言うが、まったく困っていないようだ。
「まったく困っている様子には見えませんが?」 「いやいや、困ってますよ」と人を食ったような笑顔を崩すことなく言う。
『・・・ここじゃなくてもいいだろう。』
後ろの少女は目でそんなことを言っているような気がする。
『無、わたしが何の理由もなくここに泊まりたいと思うかい?』
『思わない。』
「思わないな」
「あれ?聞かれた?!ていうか君もそう思うのかい?」
「あ、あの~、全くわからないんですけど、冬馬、アンタなんでお客さんを困らせてんの?」
「この方たちが本当の一般人なら、歓迎しますけど」
「どうしてわたしたちが一般人じゃないとわかるんだい?」
「自分たちの姿を見ろ、それでおかしいと思わない人間はいない、バカ以外は」
「なるほど、でも、もしわたしたちが変な格好をしているただの一般人だった場合は?」
「そういうこともありますね、でもあなた方は違うだろう?理屈よりも勘がそう言ってる」
「ふーん、おもしろいね、私坊やの事気に入ったかも」
にやけた顔を崩すことなく、女性は言った。
「やめてくれ、これ以上変なやつにかかわりたくない」
「坊や、名前は?」
「無視かよ、人の名前を聞くときはまず自分から名乗るのが礼儀でしょう」
「わたしは白金、みんなそう呼んでるから。で、この子は無だ」
「僕は如月冬馬だ」
「如月・・・冬馬・・・」
白金は僕の名前を聞いて、一瞬だが笑顔が消えた、かと思えば不気味な笑みを浮かべた。
「何がおかしい」
「いやあ、いい名前だ。」
「・・・。」
「わたしたちは今ある仕事をしている最中でね、安心していいよ。冬馬くんたちに変なことしないよ」
「信用できないんだけど」
「・・・ラチがあかない。」
今までずっと黙っていた無がしゃべった。
「無、しゃべれるんだ」
一瞬こちらを睨んだようだが、また無表情に戻った。
「はあ・・・、わかりました。じゃあ、そういうことにしときます。」
「そういうことって?」
「変な格好をしているただの一般人」
「話がわかるねえ、じゃ案内してくれる」
「理子姉」
「ああ、うん。なんかよくわからないけど、案内するわ!」
そう言って理子姉は二人を部屋へ案内する。僕は無と呼ばれる少女の後姿をぼんやり眺める、あの娘、なんだか得体の知れない感じがする。『無』か、あの少女にぴったりな名前だな。なにもない、虚無のような感じ。
「僕にも言えることじゃないか」、と自嘲に満ちた声が言う。
「ルイ。」
「え?」いつの間にか、無は僕の目の前に立っている。
「部屋を案内してもらっていたんじゃないのか?」
びっくりした、まさか僕が凝視していたことがばれたのか?
「私の名前はルイ、無でもあるけどルイでもある。」
「はあ?」言ってる意味がわからない、いや意味はわかるけど、どうして僕に教えるのかが疑問だ。
「別に、ただの気まぐれよ。」
心が読めるのか!?
「もういくわ。」
そうですか
どうして僕に名前を教えたのかはわからないが、あれは彼女なりの親しみの仕方なのか?よくわからない、そもそも僕はなんであんな怪しいやつらを気にしてるんだろう。この時、僕はまだ彼女が本当に言いたかった事を理解できなかった。
僕は少女の去った方に体を向け、しばらく動けなかった。