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ヒカリの正体、そしてこれからの彼ら

東條がパトカーに乗せられてから、流、ヒカリ、サトシはそれぞれ別のパトカーに乗せられ、これでもかというほどに東條との出会いから逮捕に至るまでを具合が悪くなるほど質問された。

 そして取り調べの結果、三人共東條とは偶然知り合っただけで、殺人事件とも一切関係がないと判断され、ようやく解放されたのであった。

 ちなみに彼らの叫んでいる場面は東條逮捕のスクープをゲットした朝のワイドショーのなかで生放送として流されてしまった。

 流は下着ドロボーの息子、ヒカリはオネエ高校生のいじめられっ子、サトシは虐待児であるということが全国に知れ渡ってしまったのである。


十日後の夕方、三人は港にいた。

 泣いているのはカモメなのか海猫なのかはよくわからない。

 塩の匂いと波の音が心地よい。

 三人共時々眠くなった。

 三人はすっかり意気投合し、お互いによくメールや電話をして、それぞれの悩みなどを話すようになっていた。

 しかし直接会うのはあの日の夜以来のことであった。サトシが流に「また義理の父親から虐待されていて、逃げたいので会ってほしい」とメールしたのがきっかけだった。

「東條のおじさん、死刑になるのかなあ?」

 サトシが海に向かってポツンとつぶやいた。

 テトラポットに座っている流が「縁起でもねえこというなよ!」と語気を荒げる。

「大丈夫よ、東條さんは本当はいい人なんだもの。裁判所だってわかってくれるわよ」

 そう言いながら、テトラポットからテトラポットにジャンプするヒカリ。短いスカートがフワリと浮くたびに流は複雑な表情で目を背ける。

「これから僕たちどこにいけばいいんだろう?」

 サトシの問いに、

「NPO法人でも立ち上げるか」

 流が石を投げながらあっさりとした口調で言う。

「えっ?何それ?なんとなく聞いたことはあるけど…」

 ヒカリの問いに、

「よくわかんねえ。ただ、なんとなく言ってみただけ。でもこれだけは思うよ。『居場所のない連中の集まり場所』こういったのがあるといいなって」

「いいわね、そういうとこがあったら。私たちみたいなフツーに生きれない人達のための隠れ家的な居場所があったら素敵ね」

「えー?でも僕世の中ってそんなにうまくいくとは思えないな。だって居場所のない人なんて言ったってあまりにも幅広くて、集まっても個性のぶつかり合いみたくなって会なんて成り立たないと思うな」

「お前は現実的なガキンチョだな!ガキならもっと夢を見ろよ!それに小学生に安易に提案を否定された俺のプライドの傷を癒してくれよ」

 ヒカリはプッと笑った。

「たしかにいろいろ難しいところはあるとおもうけど、それでも面白そう。やってみる価値はある気がする」

 そう言って、流の脇のテトラポットに移ろうとしたヒカリはバランスを崩し、「きゃっ!」と悲鳴をあげた。そして次の瞬間には、思わずよろめいて流がヒカリを受け止める形となった。

 男子とは思えない華奢な体を思わずだくこととなり、流は頬を赤くする。

「あ、あっぶねえな!何やって…」

「ご、ごめん…」

サトシは二人の様子を見て、

「なんか初々しいな、青春しているって感じで…」

「サ、サトシ君!からかっちゃだめ!」

 ヒカリが顔を赤くする。

「おい!マセガキ!そのあたかもラブコメとかで急接近したような言い方やめろ!マジでシャレなんないから!」

 流は慌ててアブノーマル的な奇妙な空気をかき消す。

「もう付き合っちゃえば?」

「やめろおおお!」

「もう、サトシ君ったら!」

 からかうように二人の様子を見て笑うサトシだったが、やがて急に素の顔に戻ったかと思うと、

「ヒカリちゃんって本当に男の子なの?」

「え…?」

 流がため息をつき、

「だから男だって言っているだろうが!それは俺がコイツに腐る程確認済みだぜ」

「でも、僕、ホテルで一緒に寝てて、すごく甘くていい匂いがしたんだ。僕にはとても男の匂いには感じなかった」

「お前は、その年で女の匂いというものを把握しているのか!」

「いや、そういうわけじゃないけど…。なんか昔の優しかったママの匂いがしたんだ。ね、ねえヒカリちゃん」

「なあに?私ってそんなにいい匂いだった?」

「服脱いでよ」

 さっきまでニヤニヤしていたヒカリは顔を真っ赤にして、

「だからあ!あのね、サトシ君!流君は知っているけど、病院の診察券にもちゃんと川村ヒカリ(男)って書いてあるし、」

「診察券なんていくらでも偽造できるじゃん」

「偽造なんてしないわよ!そ、それに、流君とは『オネエと見せかけておいて、実は男でしたってオチは無しだぞ』っていう約束もしたし」

「約束なんてなんの証拠もないじゃないか」

「とにかく!私は男の子なの!仮に私が本当に女の子だとして、実は男の子だなんて嘘をついたところで私にとってなんの利益もないでしょ!」

「じゃあさ!みんなで温泉にいこうよ!」

 サトシが満面の笑みを浮かべて言った。

 

 土曜日の午後三時、三人は温泉郷として有名な場所のとある旅館にいた。

 フロントで宿泊はしないで、入浴のみであることを流が告げ、三人分のお金を支払った。

 さっそく温泉に向かう。フロントのロビーには土曜日とだけあって割と家族連れも多く、子供達がソファーの影に隠れてかくれんぼなどをしていた。

 老若男女の比率はそれぞれほぼ平均的であった。

 さていきなり難題が差し迫った。

「ゆ」と書かれた暖簾をくぐると、そこからさらに「殿方」「婦人」とそれぞれ青と赤の暖簾がさがっている。

 ヒカリは女子高生の格好をしてきている。

 待ち合わせ場所でヒカリの姿を見たときは流は何とも思わなかった。いつものヒカリだったので違和感を覚えなかったのである。それがこの「性別の分岐点」という土壇場に来て初めて、これからとんでもないことをしようとしていると改めて気づかされたのであった。

 なんでこんなことに気づかなかったのかと流は自分の鈍感さに愕然とした。

 せめてヒカリがジャージなどで来てくれたならと思いつつも、時すでに遅かった。

「な、なあ、お前、本気で男湯の暖簾をくぐるのか?」

「…うん、もう覚悟したから。サトシ君もそしてもしかしたら流君も私のこと、未だに女の子だと疑っているかもしれないから」

「で、でもその格好で殿方暖簾潜ったら、中にいる男たちがどよめくに決まってるだろ?」

「そんなことはどうでもいいの。私、実はちょっぴりドキドキしてるんだ…だってその、好きなヒトに自分の体を晒すなんて…恥ずかしいような…うれしいような…」

「ちょ、ちょっと待て!今何て言った?」

「だ、だからその…」

 ヒカリの顔はみるみるうちに赤くなる。

「いや、いい!やっぱり言うな!」

「ヒカリちゃん、流のこと好きなんだって!ヒューヒュー!」

「サ、サトシ!てめえ!」

 普段のヒカリの態度からして、流はすでになんとなく気づいてはいたものの、男子からのいきなりのさりげない告白に、温泉に入る前から体中が熱くなった。それも今まで感じたことのない不気味な火照りであった。


 男湯の暖簾を最初にくぐったのはサトシであった。その後くぐったのはヒカリ、そして流であった。

 脱衣所には五人程の中年男がいた。

 ビール腹どころか一物も堂々とさらけ出して体重計に乗ったり、扇風機にあたったり、ドライヤーで髪を乾かしたりしていたが、いきなりの女子高生の乱入に一同、驚きの表情を隠せず、思わず各々の股間をタオルで隠して、ヒカリの存在を見て見ぬフリをする。

 しかしさすがに異常事態だったので、ある白髪の中年が「き、君、ここ男湯だよ!やらしい目に遭わないうちにはやく出て行きな!」と話しかける。

 そこで流は、この人は男であると告げるが、誰ひとり納得したような顔をする人はいなかった。

「じゃあ、脱ぎます!」

 するとヒカリはおもむろに上半身をいきおいよく脱ぎだした。

「うおっ!」

 周囲がどよめき出す。

 ブラジャーが現れる。

 流もサトシも正面からヒカリの胸元を見ることになった。するとそこに胸の谷間がないという違和感に気づいた。

 ヒカリの頬は真っ赤に染まっている。

 そしてブラジャーを外したとき、床に二つのつぶれたテニスボールのようなものが落ちた。

 それはたしかに男の胸板だった。


 三人は露天風呂にいた。

 流もサトシも今となってはヒカリが正真正銘の男子であるという事実を受け入れていた。胸元をみた時に、男の胸板だと思ったものの、ただ単に極度の貧乳なのではと疑いもしたのだが、その後二人は下半身にぶら下がる完璧な証拠を見てしまったのであった。

その瞬間は二人共声すらも出なかった。

サトシはヒカリが女であるとほぼ信じていたためにかなりショックだったようで、しばらく無言のまま元気を無くしていた。

また流はホッとしたようながっかりしたような複雑な心境であった。

 シャンプーで髪も洗い、すっぴんの素顔になったヒカリは今となっては一美少年であった。

「お前、本当に男だったんだな…」

「もう、だから何度も言ったでしょ?」

 しかし声は相変わらず女の子だった。

「ヒカリちゃん…、僕はこれからヒカリちゃんにどう接すればいいの?」

「今までどおりでいいに決まっているじゃない。寂しかったらまた添い寝してあげるからね」

 満面の笑みを浮かべるヒカリに対し、サトシは、

「い、いや、それはもういいです…」

「またまた照れちゃってえ」

 その様な不思議なやりとりが展開されていたのであった。


 ―――二ヶ月後―――


 放課後、流は誰もいなくなった教室で携帯をいじっていた。

 今となっては誰も流をからかう者はいなかった。

 東條が逮捕された時に流された流たちの絶叫秘密暴露の生中継を見たクラスメイトは多く、またその映像はネットの動画サイトでもかなりのカウント数をほこっていた。

 今となっては流はいい意味でも悪い意味でも伝説的な存在となっていた。

 その一方で周囲からは完全に孤立していた。

 堂々と下着ドロボーの息子であることを全国ネットで告白した流にはもう怖いものはなく、周囲としてもからかい概がなく、どう接すればいいのかわからない状態になっていたのである。

 メールの着信音が鳴った。


「タイトル:ヒカリだよ、うふ♥

 内  容:今日のイレギュラー集会は午後4時半、

地域福祉会館の二階会議室に集合です。

      友達が出来ない男子大学生が相

      談に来ます。空気が読めなくて

      バイトもすぐ首になるそうです。

      今では人が恐ろしいそうです。

      私たちにできることはなにもな

      いけれど、イレギュラーとして

      そばにいてあげたいなと思って

      います。サトシ君もその時間に

      来ます。待ってます。」


「…あの馬鹿、何が『うふ♥』だよ。まあ、いいや、とりあえず行ってみるか…」


 流たちの新しい日々はすでに始まっていた。

 東條が逮捕された時の生中継は思わぬ反響を呼び、時々ではあるが、彼らのもとには、この世で居場所をなくしている人たちが集まってくるようになっていたのである。

 彼らはカウンセラーでも精神科医でも社会福祉士でもないのでどうすることもできない。

 彼らができることはただ、そばにいて話を聞くことだけであった。

 

 そしてこれから彼らのもとには様々なイレギュラーたちが集まってくるのであった。

              (終わり)


最後まで読んでくださった人は神です。感謝です。ヽ(´▽`)/


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