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叫ぶ

翌朝、四人は十時にチェックアウトし、ビジネスホテルの外に出た。

 地面はやや濡れていたが、空は晴れていた。

広い駐車場の例の大型トラックに向かおうとしたその時、先頭を歩く東條に流の背後から四人の男が襲いかかった。

 東條は思わずうつぶせに地面に転倒した。

あまりに急な出来事で流、ヒカリ、サトシは呆然とした。

「東條賢太だな?警察だ。何の用かはわかっているな?」

「離せ!せっかく楽しい時間を送っていたのに、どうして邪魔をするんだ!」

「お前、頭がおかしいのか?何が楽しい時間だ!お前がOLの田口美咲を殺したのはもうわかっているんだ!」

時を同じくしていきなりパトカー3台が続々と駐車場に突進してきた。

「おい、君たち大丈夫か?」

 警察の一人が手錠をかけられた東條から離れて流たちのところにやってきた。どうやら人質か何かだと思ったらしい。

 東條はそのまま警察三人に確保されて、パトカーに乗り込んでいく。

「お前らああ!元気でなあ!」

 東條が首だけ必死に流たちの方を振り向いて叫んでいた。

「と、東條さん…!」

気づくと辺りにはすでにかなりのやじうまが出来ていた。

 指を指す人、好奇の瞳、怪訝そうな顔、笑いながら会話する人達…。

 流は無性にイライラしてきた。

 東條さんは確かに人を殺した。

 でもそれにはそれなりの理由がある。

 もちろん人を殺すことがいいわけがない。

 でも彼が何をしたっていうんだ! いやもちろん人を殺しただろう。でも、でも…。

 なんだよ、このやじうまども!

 何見てんだよ、そんなに珍しいか?

 リア充どもめ! お前らに何がわかる!

 何の苦労もなく、いや苦労はしているだろうが、世間から爪弾きにされている俺たちの気持ちがお前らにわかるか!

 いっそのこと教えてやろうか!

 ああ馬鹿でいいよ! なんでもいいよ!

 俺はこういう人間だ! 文句あるか!

 次の瞬間流は大声で叫んでいた。

 無我夢中で叫んでいた。

「東條さんは、東條さんは悪い人なんかじゃない! お前らに何がわかるんだ! 俺?俺が誰かって! 下着ドロボーの息子、西山流だよ! 俺のオヤジはなあ! 俺のオヤジは大手銀行の専務でありながら、民家に侵入して下着を盗もうとして逮捕されたんだよ! しかも余罪は三十件以上! それ以降俺は、俺は…」

 東條をパトカーに乗せようとしていた警察官たちはみんな固まっていた。

 流のいきなりの絶叫演説にかなり驚いているようだった。流は続けた。

「それ以降、俺は、いきなり引越し、転校を余儀なくされた! でもなぜか転校先でいきなりバレていきなり全校中の笑いものだよ!

だけどな! だけどこうして生きているんだよ! 恥ずかしい人間で悪かったなあ! 下着ドロボーの息子で悪かったなあ! 明日からパンツかぶって登校してやるよ! 本気だぜ! ぜってーやってやるうううう!」

 辺りは一瞬静まり返る。やじうまがこんなに静まり返ることは、政治家の演説でさえもないだろう。

 流が衝動的に叫んでしまった理由は本人にもよくわからなかった。自分から恥をさらけ出すなどといった突拍子もない行動に出てしまった自分自身に驚いていた。

 しかし流を驚かせたのはむしろその次だった。

 肩で息をしながら、震える体と興奮で血が沸騰しそうになっている流だったが、そのとなりにいたヒカリがバトンタッチでもしたかのように叫びだしたのである。

「皆さーーーーん!

私はあああ! 男の子でえええす!

でも自分ではあああ

女の子だと思って生きていまーーーす! 

こんなんだからああ

みんなからさんざんいじめられてえええ! 親からも親戚からもおおお、

白い目で見られてきましたあああ!

でもおおお! これが私! 

やめろなんて無理!

無理!

絶対に無理いいいいい!

だからあああ、

このまま生きていくよおおおお!

お母さあああん! 産んでくれて

ありがとおおお!」

 ヒカリも流と同じく震える体で、やじうまを睨みつけながら、荒い呼吸をしていた。

 警察はとりあえず東條をパトカーに入れたものの、流たちから目を離さず、様子を見ている。無理に押さえつけようとする気配もない。むしろなんだかわからないがとりあえず叫ばせるだけ叫ばせてやろう、職務質問はそのあとでいいといった態度だった。

 やじうまたちはさらに増え続けていた。

 すると今度はサトシが流とヒカリの間に割って入り、やまびこのように両手を口に当てながら叫んだ。

「僕はあああああ!

虐待されているんだああ!

いらない子なんだああああ!

死ねって言われた!

いらないって言われた!

臭い、汚いって言われた!

殴られた、蹴られた!

熱湯をかけられた!

ご飯を用意してもらえない日々もあった!

つばを吐きつけられたこともあった!

画鋲で耳をさされたこともあった!

水泳の特訓とかいって無理やり水風呂の中で一分くらい頭を押さえつけられて潜らされたこともあった!

死にそうになった!

自殺もしようとした!

僕にはもう親はいないって思った!

でも、今は怖くない!

東條さんに出会った!

流さんとヒカリさんに出会った!

二人は僕の新しいパパとママになってくれた!

もう怖くない!

東條さん!ありがとーーー!

流さん、ヒカリさん、ありがとおおおおおお!」

 三人は全てのエネルギーを使い果たしたような気分になっていた。

 お互い世間という大きな敵を仕留めた勇敢な戦士にすら感じていた。

 口を開けたまま動こうとしないやじうまと警察官たち。

 流たちはすがすがしさすら感じる表情で野次馬たちをみていた。

 しかし、その気持ちの良い汗は次の瞬間一瞬で冷や汗へと変わった。

 三人共すぐに気がついた、パトカーの脇に巨大なマイク、ビデオカメラ、そしてその周辺リポートをしている報道陣がいることを。

 フラッシュが五回ほど光る…。


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