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ヒッチハイク

運転手は四十位の太ったオジさんだった。頭にはピンクのバンダナを巻き、口ひげを生やしている。

 その助手席には流、サトシ、ヒカリがギュウギュウ詰めに座っている。

 後部座席はなく、後ろはもう大きな荷台のみがあるだけだ。

 運転手はくわえタバコのまま片手で豪快にハンドルを回し、鼻息の荒い呼吸をしながら言った。

「んで、お前らさあ、なんで高速道路のパーキングエリアなんて行きたいの?」

「あ、あの、俺ら、その、とにかく学校とか家とか帰りたくないんです」

「オザキの歌みてえだな!オザキってわかるか?オイラの若い時の有名なロック歌手だよ」

 運転手が青春時代を振り返るようにニンマリと笑った。

「み、みんなそのそれぞれ理由があって、私ももう帰るところなんてないんです」

 ヒカリが言うと、運転手は、

「さっきからそればっかりだな。それぞれの具体的な理由はよくわからねえけど、要は居場所のない人間たちがたまたま遭遇して意気投合しちまったってわけだ」

「ま、まあそんなとこっす」

 車のスピードがどんどんと上がっている。これから高速道路に入るようだった。

「まあいいや、俺もある意味お前らと同じようなものかな。別に帰る家なんかねえし」

「あ、あの、おじちゃんってトラックの運ちゃんなの?」

 サトシが口を開いた。運転手は何やらニヒルに鼻で笑って言った。

「まあ、ある意味ではな。俺の仕事なんてお気楽な自営業みたいなもんさ。旅人みたいに風にまかせて生きているさ。あてはない。今のお前らと似ているな」

 その言葉を聞き、流もヒカリも目を丸くした。急にこの中年のおっちゃんが格好よく感じてきたのである。

「すげえっすね!なんかその…カッコイイ生き方してますね」

「なあにがかっこいいもんか!俺みたいなロクデナシ、社会のクズみたいな奴だよ。映画とかに出てくるフーテンの寅さんとはわけが違う。不器用で社会に染まれないだけのクソ野郎さ!」

 ヒカリが尊敬の眼差しで運転手を見ている。

 そしてヒカリも質問した。

「あの、どうして私たちを乗せてくださったんですか?」

「お嬢ちゃんのミニスカートがきっかけにきまってんだろ!でもそれはあくまでもきっかけに過ぎねえ。その後は直感じゃねえかな?なんかさ、お前らを初めて見たとき、こんな夜遊びしているけど、見た目からして不良には見えない。小学生とごく普通の高校生カップルがこんな時間に何をやっているのか、まるでわからなかったが、普通の組み合わせじゃないし、ここは乗せてやるべきだとなんか瞬間的に思ったんだな」

「きっかけは私のミニスカートでした?うれしいっ!」

 呆れた眼差しをヒカリに送り、ため息をつく流に運転手は言った。

「ニイチャン、あんたこんなかわいい彼女がいてうらやましいな!オイラがもっと若かったら惚れているぜ、ははっ」

 笑いながら陽気に話す運転手に向かい、流は事実を告げる。

「オジさん、この人、オトコなんすよ」

「はあ?何言ってんだ?」

「本当っすよ」

 思わず赤信号を見落としそうになり、急ブレーキをかける運転手。

「もうっ流君!何度も言っているでしょ!私は心と体が一致していないだけで、心は一応女の子なのよ!」

「体はオトコだけどな…」

「おじちゃん、この人は男のお姉ちゃんなんだよ」

「し、信じられん!こんなべっぴんな男がいてたまるか!」

「べっぴん?うれしいっ!」

 

運転手の名前は東條健太と言い、趣味はパチンコや競馬などのギャンブルであった。

あとは先程も言ったとおり、気楽な自営業をして、気の向くままあてのない生活、その日ぐらしの生活をしているというが、具体的な仕事内容についてほとんど語ろうとしなかった。

そのため、結局のところ東條という男が何者なのかはよくわからなかったが、少なくとも悪い人ではないという印象を三人とも持っていた。

車は高速道路に入り、どんどんとスピードを上げた。

「ふううん、そういうわけか、お前は下着ドロボーの息子で、お姉ちゃんはオカマ、小僧は虐待児ってわけで、ひょんなことから出会っちまったってことかい。こりゃあ運命ってやつだな。オイラだってロクデナシだ、お前らと仲間みたいなもんだ、従ってオイラとの出会いもこれまた運命にちげえねえ!よし!どっか行っちまおうぜ!」

「オジさんカッコイイ!」

「んなことねえよ。でもお姉ちゃんが本物の女の子だったらオジさん今のセリフでもう舞い上がっちまうぜ!」

 

 かなりのスピードを出しながら東條は気づいたら流たちの会話を仕切る役になっていた。

「じゃあまずサトシ君だっけ?君はこれからどうしたい?」

「ボクはとにかくあの親のいない生活だったらなんでもします」

「そうか、でももっと具体的にいいなよ、君の夢は?」

「僕ロックミュージシャンになりたいな…まあ無理だろうけど」

「サトシい!お前まだ小学生だろ?なれるよ!何いきなり諦めてんだよ!オジさんみたいにろくでなしになりたいのか?」

「オジさんはロクデナシじゃないよ、さすらいの旅人って感じでさ、かっこいいよ」

「だからオイラは最低だって言っているだろ?まあいいや、じゃあ流!お前の夢は何だ?」

 東條は会話を重ねるうちにどんどんみ馴れ馴れしくなっていったが、それは流たちに悪い印象を与えることはなかった。強引とも言えるくらいの馴れ馴れしさはむしろ清々しかった。

「俺…?俺はどんなに努力しようと、夢を持とうと所詮は下着ドロボーの息子ですから…」

「かあああー!バッカだなあお前!開き直ればいいんだよ!むしろ自分からアピールしてやれ!『俺は下着ドロボーの息子だああ!』ってな!」

「そんなことできるわけないじゃないですか!俺は誰ひとり俺の正体がわからないところへと逃げていくしか術はないんですよ!でも今回引越しをして、なぜかあっという間にクラスメイトにバレていた。だから俺はまたいずれあの高校を逃げないといけない。俺の人生なんて逃げて逃げて逃げまくるしかないんです。だから俺の夢は『俺のことを全く知らない土地』へ行って、下着ドロボーのオヤジについて永遠に封じ込めることです。俺はたとえ自分になんらかの才能があっても有名人やタレントになることもできません。仮に俺の将来が有名タレントだったとしてもマスコミが絶対にオヤジの醜態をキャッチして鬼の首を採ったかのように報道合戦をするだろうから」

「夢のねえやつだな、俺が君の立場だったら『俺は下着ドロボーの息子だああ、文句あるかあ!』って叫ぶけどね」

「東條さんには俺の気持ちがわからないんです」

「そりゃそうだ!でもわからなくてもアドバイスならできる。それを実行に移すかどうかは無論お前が決めることだろうよ、よし、じゃあ今度はオカマのお嬢ちゃんだ」

「お、オカマって言わないでください!」

「気にするな、オイラの発言なんておかまい無しでいこうぜ!」

 さりげなくくだらないオヤジギャグを言う東條だったが、そこからは場を少しでも盛り上げようという意図が感じられ、流たちはどんどんとこの陽気なさすらいの運転手に惹かれていった。

「わ、私の夢ですか?」

「そう、オネエ系のタレントかい?」

「そんな!でも個性を生かせる仕事がいいから、できればオネエ系のバーで働けたらなって思うの」

「最高じゃねえか!君なら絶対に大丈夫だよ!俺もオカマバーは何度か行ったことがある。中には綺麗な人もいたけど、やっぱりどこか男だってわかるんだ。俺が経験するかぎり君程の可愛いオカマは初めてだし、正直君が男だって話は今でも信じられない」

「本当?うれしい!」

 ヒカリは白い歯をみせて満面の笑みを浮かべた。

「その笑顔がまたヤバイくらいにべっぴんだよ。君ならナンバーワンになること間違いないだろうし、そういう業界でナンバーワンになったら、もしかしたらうっかりクチコミでマスコミが取材に来て、テレビタレントになれるかもしれないぜ!まあそうそう簡単ではないだろうけど、でも君には素質がありそうだ!」

「本当?うわあ、なんかそんなこと言ってくれる人初めて~」

 すっかり機嫌を良くしたヒカリは流の顔を見つめ、よくわからない同意のようなものを求めてきた。

「ああ、そうだな、お前はたしかに可愛いだろうさ」

 流は渋々答えるだけだった。


 一時間半程走ったところで東條が言った。

「ところでさあ、提案なんだが、高速道路のパーキングエリアで一晩過ごすっていうのはちっとも安らげないぜ。そりゃあたしかにこのトラックの荷台は広いから君たちが川の字になって寝ることはできるが、それでも蒸し暑いし、寝心地は最低だぜ。いっそのこと四人でビジネスホテルに泊まったらいいんじゃねえかって思うんだ。今日は平日だからいきなり泊まることもできるだろうし、君たちだけで泊まるとなるとかなり怪しまれるだろうが、オイラが君たちの保護者だっていうことにすればあっさり泊まれると思う」

 シャワーを浴びてふかふかのベッドで寝たいという思いが強かったヒカリはすぐさま賛成した。そして流も保護者同伴というアイデアに賛成した。サトシもどうせ泊まるならちゃんとした場所で泊まりたいとのことで、全員でビジネスホテルに泊まることになった。


 丸山インターというところで降り、しばらくは街頭の少ない下道を一直線に走り続ける。

 十五分程して徐々に大きな建物が増えてきて、流たちはとあるビジネスホテルに到着した。

 わりと大きな建物で、駐車場も完備されており、緑色に輝く看板がどことなく高級感を漂わせている。

 そこは繁華街の近くということもあり、もうすぐ午前零時になるというにも関わらず、わりと人が行き来している。

 トラックを駐車場に停めると、東條は今までしていなかった黒縁のメガネをつけた。

「ああ、一応な、いかにもお父さんっぽく見せるためにな」

 自動ドアが開くとフロントは思ったよりも狭かった。しかし古びた様子はなく、若い男が一人だけ蝶ネクタイをつけて立っていた。

 受付はあっさりと終わった。

 ファミリープランというコースを選び、指定の部屋に向かう。

 エレベーターは狭く、タバコ臭かった。

 指定された部屋は四階にあった。

 エレベーターが開くと花や絵画一つない殺風景な薄暗い廊下が続いていた。

 浴衣姿の太った中年男とすれ違うとき、ヒカリの体を舐めるように見ていたのを流は見逃さなかった。

 指定の部屋は一番隅の部屋だった。

 部屋の戸の脇には非常口がある。

 中に入ると思ったよりも広かった。

 大きなベッドが三つあり、家庭用のテレビよりも大きなサイズのテレビが設置されていた。

 トイレと風呂は別々であり、クローゼットの脇には扉のない小部屋のようなスペースがあり、テーブルと鏡が置いていた。

 そしてその脇には聖書と仏典が置かれており、さらにその脇にはアダルトチャンネルの紹介パンフレットが置いてあった。

「うわあ、やったあ、ベッドだあ!ねえ流君!ベッドだよ!うわあ、お風呂もあるう!」

「ビジネスホテルだから当たり前だろ」

 テンションの高いヒカリとは裏腹にサトシは小部屋に置いてある聖書のページを黙々と開いたりしていた。

「金は心配するな。オイラはこう見えても結構持っているんだ。とりあえずビールでも飲むか」

「い、いや僕ら未成年だし」

「ほおお、流、お前わりかし真面目なんだなあ、こんなくそったれの世の中でよくそんなくだらねえ法律守ろうとしやがるな。第一誰も見ちゃいねえじゃねえか。じゃあヒカリ、お前なら付き合ってくれるよなあ?」

「コ、コーラなら」

「かああ、ションベンくせえなあ。そんならしょうがない、お前らはコーラでも飲め」

 


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