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少年サトシ

深呼吸をして緊張を解きほぐしながら、ゆっくり男の子に歩み寄り、流がぎこちない口調で言った。

「な、なあ。君、何やっているんだ?」

 すると男の子は振り向いた。

 辺りは闇に包まれているもののそれでも男の子の表情は陰気であることがわかる。

 黒いオーラと言ったらいいのか、死神がとなりにいるのではと思わず見渡しそうになる。

「ま、まさかとは思うが、飛び降りようって言うんじゃないだろう?」

「……」

「お、お父さんとかお母さんが今頃心配しているだろうし、ましてや君が死んだらどれだけ悲しむか…」

すると少年が小さな声で語り始めた。

その小さな声に流とヒカリは必死で耳を傾けた。

「僕には親なんていません。あんな奴ら親なんかじゃありません。人間でもありません。鬼悪魔です…」

 流とヒカリはお互いの顔を見た。

「な、なあ、話だけでも聞かせてくれないか?」

「聞いてどうするんですか?」

「力になれるかどうかはわからないけど、誰かに話してみるだけでも違うんじゃないのか?」

 少年はしばらく無言だったが、やがて鼻で笑い、ため息をついてつぶやいた。

「貴方たちのように屋上で幸せそうにデートしている『リア充高校生たち』に僕の苦しみがわかってたまるものですか」

「何?」

 流はこの言葉にカチンと来た。

 言われてみれば確かに二人の置かれている状況は傍から見るとそのように見えるかもしれない。

だが自分たちの苦労を知らないとはいえこんな子供に鼻で笑われ『リア充』呼ばわりされたことには黙っていられなくなった。

「おい、君はとんでもない誤解をしているぞ。俺たちは君が思っているような幸せなリア充カップルなんかじゃない。二人共現実社会にのけものにされて今こうしてここにいるんだ」

「どうせ受験勉強が嫌だとかそういうレベルでしょう?それで現実逃避のデートですか?貴方たちのような甘ったれた苦悩など知ったことじゃありませんから」

 流は自分がどういう人間かを言わずにはいられなくなり、

「いいか!よく聞け!俺は…」

しかしこんな子供相手に語るような内容だろうか?自分が恥ずかしい存在だと言うことをどうしてこんな子供に宣言しないといけないのだろう?

「図星ですか?」

少年のそのつぶやきに流はとうとう我慢できなくなり、自分のことを一気に語った。

「俺はなあ!いいか、よく聞け!俺はなあ、下着ドロボーの息子なんだよ!父親が下着ドロボーで逮捕されたために家を失い、友達を失い、逃げるようにして新しい高校に転校した。でもなぜかそこでも早くも俺が下着ドロボーの息子だということがバレてしまったんだ。もう俺は居場所がないんだ!たかが下着ドロボーとはいえ、俺は下着ドロボーの息子という汚名が一生つきまとうんだ!君の苦労とはちがうかもしれないが、決してリア充なんかじゃねえ!」

 肩で息する流。

 何かの決闘のようにタイミングよく風が吹く。しかし内容があまりにも情けない。

 少年は無言のまま立ち尽くしていた。

 少年が呆れたのか驚いたのか流にはよくわからなかった。

 するとヒカリも突然一気に語りだした。

「私も、私も貴方が思うような幸せな人間なんかじゃないわ!あのね、お姉ちゃんね…実は男なの…。わかりやすく言うとオカマなのよ!このせいでどれだけの人にいじめられ、両親ともぶつかってきたかわからない。今でもいじめられている。でも、これが私なの!私に男の子の格好をしろったって無理なの!私は体は男の子だけど、心は女の子なの。そしてそれはどうしてもやめられないの!だってこれが自分なんだから!」

 流はヒカリの横顔を見た。

 その顔は凛として魅力的に見えた。

「ヒ、ヒカリ…」

 生暖かい風が吹く。

 スカートが今にもめくれそうになるが流は『こいつは男だから!』とまた脳に訴えかけ、自分の複雑な気持ちを封じ込める。

 咳払いをして流が言った。

「わ、わかっただろ?俺もコイツも社会で居場所を完全になくしているんだ。実は偶然今日知り合ったんだ。そんで話しているうちに『どこかへ逃げよう』ってことになったってわけさ」

 男の子は驚きの表情を隠せなかった。

 どうやら下着ドロボーの息子よりも、オカマの男子の方に衝撃を受けたらしい。

「なあ、社会の仲間はずれにされている俺らだったらもしかしたら君の気持ちがわかるかもしれない。とりあえずこっちへ来なよ」

 するとしばらく考えたのち、少年は戻ろうとフェンスをよじ登り始めた。とりあえずは説得が通じたようで流とヒカリはホッとした。

「お、おい気をつけろよ!」

 少年は慎重にフェンスをよじ登り、ようやく屋上駐車場側に降りた。


 屋上駐車場のコンクリにそのまま尻をつけた三人はお互いの自己紹介をする。

 男の子は佐藤サトシ、小学四年生だった。

「僕、親から酷い虐待を受けているんだ。小学三年生のとき、大好きだったお父さんが自殺したんだ。仕事で大きな失敗をしてしまってそれで心の病になって、どこかの屋上から飛び降りたんだ。それで僕はお母さんにひきとられたんだけど、そのあとすぐお母さんに新しい恋人ができて、その人と一緒に三人で暮らすことになったんだ。だけどもその人は仕事もろくにしないで昼から酒を飲んだりパチンコをしたりして、パチンコで大当たりしたときは優しいんだけど、全然ダメな日とかは理由なく怒り出して、激しく殴られたり、蹴られたりして。『お前なんかいらない』とか『この役たたず』とか『お前なんか死んだってちっとも構わないんだからな』とか…」

 語りだしているうちにサトシは泣き始めた。

「お、おい…」

「サトシ君…」

 泣き声は徐々に大きくなり、号泣となった。

 流がふと横をみるとヒカリももらい泣きしていた。

 義理父に頻繁に存在理由を否定され続け、母親にそのことを訴えても、母親は恋人である義理父の方が大切なのか、あまり深刻には受け取ってくれず、やがて母親までもが『あんたなんか邪魔なだけだからいなくなって』などというようになったという。

「だから自殺しようとしたんだ。僕はいらない子なんだ。親にも捨てられたいらない子なんだ。僕ももうあんな親なんていらない。だから僕はもう誰にも頼れない。そして誰も僕を愛してはくれない」

 するとヒカリが大声で言った。

「そんなことない!サトシ君のことを愛してくれる人は必ずいる!」

 サトシは大声に全く驚いた様子もなく、鼻で笑いつぶやいた。

「いいよ、オトコのお姉ちゃん。そんな綺麗な慰めなんていらないよ」

「お、オトコのはいらないの!お姉ちゃんだけでいいの!ねえ流君!」

「いや、サトシの言うのは間違っていないが」

 ヒカリは流の背中を思いっきり叩いた後、

サトシの肩に両腕を乗せて言った。

「サトシ君、いや、サトシ!これからは私が貴方のお母さん代わりになる!お父さんの代わりは流君だからね!わかった?」

「えええっ?」

 流は思わず声を出す。

「な、何言ってんだよお前!やめてくれ!お前と夫婦もどきになんかなるつもりはねえぞ!」

 サトシはポカンと口を開けている。

「流君、突然のことで照れているのかもしれないけど、サトシ君のために力になろうよ、サトシ君だって、いえ、サトシだって私たちの仲間なんだから。もはや私たちの間に産まれた子供みたいなものじゃない!」

「飛躍しすぎなむちゃくちゃな理由を言うな!」

「サトシ、もう大丈夫、お母さんがついているからね、お父さんもちょっと照れ屋さんだけどイイ人だから」

 するとサトシは感極まったのか、ヒカリの胸に顔を埋めて泣き始めた。

 ヒカリももらい泣きをしながらサトシの頭を撫でていた。

 流もつられて思わず涙が出そうになったが、ここで泣いたら自分が父親代わりになると認めるような気がして無理やりこらえた。

 

流たちは今後どうするべきかを話し合った。

共通していることはとにかくどこかへ行きたいこと。そしてまずは寝床を探したいこと、であった。

 とりあえずタクシーを使って遠出しようとも思ったが、あっという間に金がなくなるのではないかという懸念から、ヒッチハイクなどをしてどこかの高速道路のパーキングエリアなどに泊まってはどうかという結論に達した。


 時刻は九時半を回っていた。

 屋上から降りて、国道沿いの歩道をぶらぶらし、ヒッチハイクしやすそうな場所を見つけると三人はそこで大型トラック等、比較的長距離ドライブをしそうな車が来たら手を挙げてみようということになった。

 交通量はそれほど多くない。タクシーや普通自動車が多かったが、時々トラックも通った。その都度三人で手を振ってみるのだが、そうそう簡単にはとまらない。

 まるで気づかなかったかのように強風だけを残しトラックは去る。

 中には一瞬止まりかけるトラックもあったが、やはりそれは一瞬だけのことであり、三人の顔を覗き込むようにしたあと、怪訝そうな顔をして去ってしまう。

「なかなかうまくいかねえな…」

 するとヒカリが何かを決意したかのように首を縦に振り、

「流君、今度は私一人にやらせてもらえないかしら」と言い出した。

 流とサトシは近くにあった自販機の隅に隠れ、ヒカリのヒッチハイクの様子を見た。

 するとヒカリは何を思ったか、スカートの丈を短くし始めた。

「色仕掛けかよ!」

 呆れ果てる流を後ろに、短いスカートのヒカリは大型トラックに向かい、チアガールのように片膝と両手を上げた。

 トラックが停車し、ヒカリは何かを運転手に話している。

 やがて、ヒカリは流とサトシの方を指差し、ペコペコと頭を下げ始めた。

 その後、ヒカリは満面の笑みを作り、両腕て大きなマルを作り、流とサトシを手招きした。

 こうしてヒカリの交渉はあっさりと成功したのであった。


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