訳あり婚約者が有能過ぎて大助かりです
「ええ? マリちゃんって王女だったのかよ?」
「実はそーなの。ごめんね、黙ってて」
僕の婚約者となったマリエラ第五王女に王都下町を案内してもらっている。
マリエラは王女にも拘らず、普段一人で出歩いているらしいんだ。
今日は僕の執事やら護衛やらがいるので、ちょっと物々しくて。
何事だと、下町の皆さんに警戒されている。
こんなところ普通、貴族は来ないもんな。
恥ずかしい。
「どう見ても町娘かと思ったぜ」
「そういう変装してたから。阿漕な店を摘発するための潜伏調査」
「おい、勘弁してくれよ! 串焼き二本サービスするから!」
「おっちゃんありがとう!」
アハハ、楽しい。
マリエラに一本もらった串焼きにかぶりつく。
熱々でシンプルにおいしいなあ。
今日は下町デートではあるよ?
ただクルックラッチ侯爵家の将来に関わることだよって、マリエラが言ってた。
何か考えているらしい。
「そちらがマリちゃんの旦那さんかい?」
「そうそうって、まだ旦那じゃなかったわ。婚約者ね。クルックラッチ侯爵家の嫡男リアムだよ」
「当然のごとくお貴族様なのなって、侯爵家の嫡男?」
「初めまして」
「いやいやお貴族様に頭下げて挨拶されるなんて、ガクブルするわ。もう二本持ってけ」
「おっちゃんありがとう! 従者さん達も食べてね」
「「いただきます」」
マリエラは王女ではあるんだけれど、陛下に女官が愛されて生まれた娘なんだ。
だから母親は正式な妃ではなくて。
王宮に住むことを許されず、市井のこじんまりとした家で育った。
だからマリエラは特に王都下町に詳しいんだって。
下町の人気者だよって、自分で言ってた。
……母親の女官は、正妃様や側妃様達に相当嫉妬されたらしい。
陛下に真に愛された唯一の女性という噂が流れたから。
マリエラも王立学校に入学してきた時、平民の素封家の娘と思われていたんだよ。
母親の姓を名乗っていたので。
また第五王女がいるって話はもちろん皆が知っていても、全然表に出てこなかったから、正体はずっと不明だったんだ。
王立学校でのマリエラは抜群に優秀で、友人も多くて。
貴族からも婚約の打診を受けていたんだよ。
にも拘らず話を受けることがなくて。
どうしてかと思われていたのだけれど、まさか王女だったとは。
陛下の許しもなく勝手に縁談を受けることなんてできないよね。
「なあ、リアムの旦那。マリちゃんはすげえいい子なんだぜ。ものもよく知ってるしよ」
「はい、そうですね」
「幸せにしてやっておくれよ」
「あたしは勝手に幸せになるとゆーのに」
「アハハ、僕も頑張ります」
「リアムおっとこまえー!」
僕は半年前、事故で両親を失った。
急なことだったから呆然としてしまって。
これからどうしていいか途方に暮れたけれど、家令達がいるから目先のことはどうにかなる。
描けないのは将来の展望だった。
当主を失った家となると、方針は見えにくいし家勢も落ちてるんじゃないかと、他家から距離を置かれるから。
一ヶ月の忌明けが過ぎたあとだ、王家から婚約の打診をもらったのは。
王家はクルックラッチ侯爵家を見捨てていないというサインだから、勇気付けられた。
と同時に、相手がマリエラだったから困惑した。
そしてその時初めてマリエラが王女だと明かされたんだ。
王立学校で同級だから、マリエラが賢いいい子だってことはわかってる。
ただ親を失った僕の後ろ盾としてはどうだろう?
後ろ盾という意味なら、母親の地位が高いほうが上だものな。
同年に第三側妃様の娘である第四王女がいたし、一つ下に第二側妃様の娘である第六王女がいたから、特に疑問に思った。
クルックラッチ侯爵家の行く末が不透明ということで、側妃様達が娘をやるのを嫌ったという面はあると思う。
ただし決めたのは陛下だ。
もう少し高い視点で見ておられるのじゃないかな。
ならマリエラを僕の婚約者にしたということには、陛下の思惑がある。
「ねえ、おっちゃんとこの串焼きは美味いじゃん?」
「下処理にもタレにも秘訣があるからな」
「二号店出したいとは思わないの? 絶対売れると思うけど」
「……考えなくはねえけどよ。おいらみてえな食い物屋のオヤジは焼いて客とこうやって話してるのが楽しいのよ。店がどう金がどうってのは苦手でよ」
ん? マリエラが僕に目配せをしてくる。
知ってる、それは君が何かを企んでいる時の顔だ。
学校祭の出し物で奇抜なスタンプラリーなるゲームを提案した時の。
学校祭本番では好評だったよ。
何を考えてるのかわからないけれど、マリエラのアイデアは驚かされるからなあ。
マリエラが僕を下町に連れてきたのは、クルックラッチ侯爵家の将来に関わることだという。
一番不安なのは、僕が思うに将来の展望なんだ。
マリエラがヒントをくれるのだろうか?
「じゃあその面倒なところをこっちでやるから、協力してくれないって言ったらどう?」
「え? ちっと何言ってるかわからねえが」
「おっちゃんにレシピを提供してもらう。こっちはクルックラッチ侯爵家の資本でチェーン店を展開する」
「チェーン店ってのは?」
「『コングの串焼き屋』っていう屋号をそのままに、あちこちで店を出すってことだよ」
「鎖みてえに繋がるからチェーン店か」
「そゆこと。おっちゃんにはレシピの提供料としてまとまったお金を渡す。そして各チェーン店の純利益の一部をおっちゃんに還元する。どう?」
「……本当にレシピ教えるだけで、面倒なことねえじゃねえか。悪い話じゃねえな」
事業についての提案だったのか。
クルックラッチ侯爵家は今、僕が成人して爵位を継いでという不安定な状態だ。
家と領の経営で精一杯と思われているんじゃないかな。
ここで新事業に乗り出すというのはインパクトがある。
しかも規模を小さく始められるチェーン店事業はリスクが小さい。
そして店主にとってはレシピを提供するだけで儲けになり、知名度も拡大する。
確かに悪い話じゃない。
しかしそれもこっちの信用あってのことだ。
レシピだけ盗まれることだってあるんだから。
その辺マリエラは考えているんだろう?
「勝手におお、あの串焼き屋の本店がここかって、有名になっちゃう。お金も入ってくるし」
「そうだな」
「仮におっちゃんが死んだとしても、その味はずっと残るわけよ。これがコングの串焼きだって」
「縁起でもねえことを言うんじゃねえよ!」
アハハと笑い合う。
いい雰囲気だなあ。
「よし、乗ったぜ! マリちゃんなら信用できるからな!」
「やったあ! おっちゃんありがとう! 本決まりになったら改めて話を持ってくるね」
「期待してるぜ。……このチェーン店の構想はうちの串焼き屋だけなのかい?」
「そんなことないけど、こうやって話したのはおっちゃんが初めてだな。以前もっと本当の串焼きの味を広めたいって言ってたじゃん?」
「マリちゃん、覚えててくれたのかよ」
「あたしの賢いおつむは大事なことを忘れないとゆーのに」
他の飲食店のチェーン店構想もあったのか。
おそらく串焼き屋を最初にしたのは、店主のキャラから賛成を得やすいというだけではない。
作業が比較的簡単な串焼き屋なら参入しやすいと見たのだろう。
「サムんとこの揚げパンとダッドのところの包み焼きは、おいらも認める味だぜ」
「うん、あたしの味覚でもおっちゃんの串焼き含めたその三店が、王都下町屋台街のビッグスリーだね」
「だろう? やつらはライバルだが、おいらの認めた味が下町で燻るってのも嫌なんだぜ」
「おっちゃんの心意気はわかった。実はあたしもその二店は、軌道に乗った時の利益はより大きくなるだろうと見てはいるんだ。クルックラッチ侯爵家領では小麦をたくさん栽培しているから」
うわあ、マリエラはもう利益率まで考えているのか。
確かにクルックラッチ侯爵家領産の小麦粉と相乗効果を発揮しそう。
「でもあたし達にはまだノウハウがないじゃん? お客さん達もチェーン店の概念を知らないから、怪しい偽物と思うかもしれないし」
「ははあ?」
「だから匂いで客を呼べて、うるせえ四の五の言わずに食ってみろとゆー説得力のあるおっちゃんの串焼きが、最初のチェーン店展開に相応しいと見ているんだよ」
「おお? やたらちゃんとした戦略じゃねえか」
「あたしはそーゆーのが得意なの」
「大したもんだぜ」
本当にすごい。
実際にやってみたら試行錯誤の連続なんだろうけれど、マリエラの言うことを聞いていると全然失敗する気がしないもんな。
またマリエラがいたずらっぽい目でこっちを見たから、軽く頷きだけ返した。
「おっちゃん、またねー」
「おう、楽しみにしてるぜ」
「ふー、お腹が膨れた。帰ろうか」
「マリエラはクルックラッチ侯爵家のことを随分考えてくれているんだね」
にこっとした笑顔が魅力的だなあ。
「当たり前じゃん。あたしの旦那様のためなんだから。違ったわ、まだ旦那じゃなかったわ」
「ええ? またそれ?」
アハハと笑い合う。
楽しいひと時だなあ。
陛下の思惑は大体理解したつもりでいる。
要するに僕とマリエラの二人で頑張れってことなのだろう。
勢いの衰えたクルックラッチ侯爵家の梃入れのため、王女を送り込むという考えがまずあったのだと思う。
しかし側妃系の王女だとクルックラッチ侯爵家が取り込まれ、宮廷内の勢力争い激化に繋がったり、下手をすると世継ぎで揉める可能性もあったんじゃないかな。
だから母方親族に実力のないマリエラを僕の婚約者に指名した。
逆にマリエラの能力を最も活かせるとするなら、僕に嫁がせることだとお考えになったのかもしれない。
そしてそれは多分正しい。
だって僕は同級生だからマリエラの優れているところをよく知っているし、親を亡くしたこともあって相談相手を何よりも欲していたから。
「ねえ、マリエラ」
「何だろ。あ、チェーン店事業は反対だった? まだ取り消しは利くからね」
「いや、もちろん賛成だよ。前から仄めかされていたし、事業展開はクルックラッチ侯爵家がやってみるべきことだから」
「だよね、よかった。じゃあ何の質問だろ」
「何のと言われても。陛下は……」
僕がマリエラに惹かれていたのを知ってて、婚約者に決めたのかなあ?
もしそうなら、そんなに僕ってわかりやすい?
「いや、やっぱりいいや」
「リアムは変なの」
君の前向きなところも、無邪気な笑顔も。
皆好きだ。
最後までお読みいただきありがとうございました。




