俺、また馬に生まれました――閑話 ダンシャクの物語
「俺、また馬に生まれました」の続編にあたります。
本編はこちら↓
【俺、また馬に生まれましたシリーズ】
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子どもふたりが自立し、妻とふたりだけの生活に戻る。
銀婚式を控えた妻との共通の話題は子供たちのことばかりだった。
仲が悪いわけではない。朝か晩はどちらかは一緒に食事をとる。テレビのニュースを見てはあれこれ話し、週に1度は外食をする。
ただ一緒に熱中する趣味がないことがさみしく思えた。
妻にそう伝えると、妻も同じように感じていてくれたらしく、つくづく家族に恵まれていると私は感じた。
私の家は代々資産家というか小金持ちで、先代から数頭の競走馬を引き継いでおり、私も自身で選んだ競走馬を所持している。
妻は、次に買う馬を選んでみたいとねだってきた。
「銀婚式のプレゼントに欲しいわ。あなたと一緒にその馬を応援してみるのは楽しそうだから」
「予算内で頼む……。」
億単位の馬をねだられたらどうしようとちょっとだけ恐怖した。
妻と一緒に牧場を巡る。今までは付き合いや、勧められて買うことが多かったのでとても新鮮に感じる。
4件目の牧場で、妻がある一頭の仔馬に目を輝かせた。
「この子、紳士って感じ。素敵だわ。」
私の目には、どのあたりが紳士かわからなかったが賢そうな馬には見えた。
「私できればこの子がいい」
牧場主に相談すると、期待されている馬ではないらしい。
競走馬としては、かなりリーズナブルな価格で譲ってもらえることになった。
価格にほっとしたのは妻には内緒だ。
妻は大はしゃぎで
「この子の名前は貴族だから、男爵にする!!」
子爵とか侯爵とかじゃないのかと思ったが、ダンシャクだけだと馬名が通りそうになかったので「ハシルダンシャク」と名付けた。
それからはダンシャクが出走するレースは妻と一緒に応援に行った。
ダンシャクは、勝ち負けを繰り返しながらオープン馬になった。
オープン入りしたときは孫と一緒にウイナーズサークルで記念撮影もした。
妻だけじゃなく子供も孫もダンシャクを応援してくれた。
ダンシャクは7歳になった。オープンレースでもいくつか勝利を重ねたが、いまだ重賞はとれていなかった。
そろそろ引退の時期かと思っていたが、調教師の「元気なので、引退はまだ先でよいのでは」という言葉に現役を続行した。
ピークを過ぎたダンシャクだったが、勝ちはなくても毎回賞金をとってきてくれた。
妻とふたりで、ときには息子家族と一緒にダンシャクの応援にいった。
ダンシャクは9歳になった。相変わらず着実に走ってくれる。
大きなレースでの勝ちはなくても賞金ランキングに入っていた。そのため斤量が重くなってしまっていたのだが。
ダンシャクはケガもなく元気に走ってくれる。自身より5歳も若い馬に先着する。
ダンシャクは12歳になった。調教師はまだやれるという。
どのレースにでても最高年齢といわれる。ダンシャクはタフだった。自分の食費は自分で稼ぐといわんばかりに賞金を稼いでくる。
馬主にとって理想の馬かもしれない。
ウイナーズサークルでダンシャクと記念撮影をした孫が中学生になった。
ダンシャクの引退を決意した。
「お疲れ様。がんばったね、ダンシャク」
妻は息子の卒業式のときより泣いた。
私はダンシャクを個人所有の種牡馬にすることを決意した。
預託種牡馬を引き受けてくれる牧場を探した。それと一緒にダンシャクのお嫁さんも探す。
妻にはダンシャクにいつでも会いにいけるとだけ伝えた。
有力な牝馬はどこの牧場でも断られる。そんな中、8歳まで現役で1勝クラスだった牝馬で良ければという話がきた。
ダンシャクが産まれた牧場だった。
スイートハニー号、かわいらしいお嬢さんだ。
血統にはそこまで詳しくないが、牧場の方がいうには丈夫な仔が産まれそうとのこと。
条件として、生まれた仔を買い取ることを約束することになった。
私にとっては願ってもない話だった。
妻には内緒でこっそりと生まれた仔馬を見に行った。
後日、このことで妻から3日間、口をきいてもらえなかった。
生まれた仔馬は、ダンシャクに似ていると思った。
ダンシャクとスイートハニー号の仔に、私は安直に「スイートポテト」と名付けた。
これも後日、さらに妻の怒りを買うことになったが。
入厩先を探すのにも苦労した。
勝てそうにないと思われたのだ。厩舎の人たちの生活が懸かっている。当然だと思った。
そんな中、ずっと懇意にしていた荒川先生が預かってくれるという。
先生も苦悩されたようだった。ありがたかった。
後日、新人騎手を乗せてもよいかという相談があったときに、即座に快諾した。
スイートポテトのデビュー戦に妻を誘った。
この日だけは絶対に一緒に行きたいと、頼み込んだ。
出馬表で気づかれると思ったが、妻は気づいていなかった。
「このレースに気になる馬がいるの?」
妻はまったく気づいていない。これは失敗かもしれない。
私の不安とは裏腹にスイートポテトは新馬戦を勝ち抜いた。
正直、レース中のあの変顔には度肝を抜かれた。妻は爆笑していた。
心の中でガッツポーズをしながら妻をウイナーズサークルへいざなった。
「えっ?勝った馬ってうちの馬だったの?」
妻は思ったより鈍かった。
「ダンシャクの仔だよ。」
「!!!!」
妻は大声を出しそうになって、手で押さえてこらえる。
撮影の時の妻はうれしそうだった。
帰りはずっと説教だったが。
あれからスイートポテトは5回のレースを走った。
妻と毎回見に行っている。
勝ちはないけれど、ダンシャクの仔が走っているだけで妻も私も嬉しかった。
調教師から障害への転向の打診があった。
そんなに見込みがないのかと思ったが、先方は「勝つためには障害に行くべきだと思う」と前向きだった。
妻に相談した。
「スーちゃんが元気に走ってくれるならいいんじゃない?障害ってあのジャンプするレースだよね?」
あっさりしていた。
私も異論はなかった。調教師に任せるとだけ伝えた。
6回目の出走レースには、高校生になった孫がついてきた。
最近は小遣いをせびるときくらいしか顔を見せない。
「じいちゃん。最新のスマホ買ってー。」
それが目的か。私は言ってやった。
「スイートポテト号が勝ったらいいぞ!」
……
こういうときだけ勝つんだな。
喜ぶ孫と妻と、2度目のウイナーズサークルに立った。




