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彼女の微笑み  作者: 豆狸


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前編 彼女の微笑み

「ジェメッリ公爵令嬢エヴァンジェリーナ! 私、王太子ダヴィデは貴様との婚約を破棄する! 婚約者である私に付き纏うだけでは飽き足らず、隣国からの留学生セポルトゥーラと私の仲を邪推し、彼女に嫌がらせを繰り返していた貴様は王太子妃に相応しくない!」


 学園の卒業パーティ、壇上に立つダヴィデ殿下が私を怒鳴りつけます。

 身に覚えのない罪に反論しようとした私は、殿下の隣に立つセポルトゥーラ様のお顔を見て言葉を失いました。

 そこには私という婚約者のいる殿下に擦り寄って篭絡したことへの罪悪感も、嘘をついて私を貶めたことへの歪んだ歓喜もありませんでした。浮かんでいるのは、いつもと同じ邪心がないように見える清らかな笑み──私はそれが、とてもとても恐ろしく感じたのです。


 恐怖に凍り付いた私の沈黙を肯定と取ったのでしょう。

 殿下の側近達が私を卒業パーティの会場から追い出しました。

 いつも一緒にいてくれている女性の護衛騎士と、夕方からの卒業パーティが終わるのは深夜になるからと今日に限りついて来てくれていた男性の護衛騎士が私に駆け寄って来ます。


 ふたりは姉弟で、幼いころから私に仕えてくれている気心の知れた相手です。

 でもふたりが側に来てくれても、私の身体は硬直していました。

 婚約破棄されたことは悲しかったですし、冤罪を被せられたことは悔しかったです。子どものころに婚約してから十年以上ともにあったダヴィデ王太子殿下への愛情も変わらずあります。


 だけど、それらすべてを追いやって、セポルトゥーラ様への恐怖が心を支配していたのです。

 私から殿下のお心を奪い去った彼女のことをずっと憎んできましたが、憎むとか嫉妬するとかいう対象ではないような気がしました。

 彼女は、()()()()()()を浮かべられる存在は、怪物なのではないでしょうか?


 ──その後、ジェメッリ公爵であるお父様が調査してくださって、私の冤罪は晴らされました。

 とはいえ、国内外の有力者が集まる学園の卒業パーティの会場で自国の王太子殿下に婚約を破棄された貴族令嬢に未来などありません。

 家族で何度も話し合った上で、私は公爵家の籍を抜けて平民になることになりました。


 そして、学園の卒業パーティから一年後、我が国の侯爵家の養女となったセポルトゥーラ様はダヴィデ王太子殿下へと嫁がれたのです。


★ ★ ★ ★ ★


 エヴァンジェリーナは卒業パーティの日に一緒だった男性の護衛騎士と結婚した。

 ジェメッリ公爵家の籍から抜けたといっても、それは表面的なものに過ぎず、家族は今も彼女を愛している。

 夫の護衛騎士も主家の命令で嫌々傷物令嬢を娶ったのではなく、今も昔も心から彼女を愛しているのだということは、部外者に過ぎないダヴィデの目にも明らかだった。


 セポルトゥーラとの結婚式から一年、学園の卒業パーティから二年、廃太子となったダヴィデはエヴァンジェリーナの家を訪ねていた。

 何度も何度も交渉をして、やっと訪問を許されたのだ。

 応接室にはふたりきりではない。ダヴィデの向かいで長椅子に座っているエヴァンジェリーナの後ろには、夫である公爵家の騎士が立ってこちらを睨みつけている。


「なんのご用でしょうか、ダヴィデ殿下」


 エヴァンジェリーナの声がこんなに冷たく聞こえるのは、ダヴィデにとって初めてのことだった。

 彼女の父親であるジェメッリ公爵とダヴィデの父である()()は従兄弟同士で、エヴァンジェリーナとダヴィデは婚約を結ぶ前から幼馴染として親しくしていた。

 ダヴィデを愛するエヴァンジェリーナの声はいつも甘く優しかった。学園で、隣国からの留学生であるセポルトゥーラとダヴィデの不適切な関係を窘めるときでさえ。


「私は君に謝罪をしたくて……」

「二年前に父が冤罪を晴らしてくれた時点で、王家からの謝罪はいただいております。謝罪や賠償金で私の人生は取り返せませんけれど、王国の未来を考えて泣き寝入りいたしましたのに……」


 ダヴィデは思わず俯いた。

 エヴァンジェリーナの視線の冷たさに心身ともに凍りつきそうになったのだ。

 学園で、彼女を無視してセポルトゥーラと睦み合っていたときでさえ、こんなに冷たい視線を向けられたことはなかった。早くに母を亡くして後ろ盾を失ったダヴィデのために結ばれた婚約相手は、いつも温かくダヴィデを見守ってくれていた。


(……エヴァンジェリーナは知っているんだ)

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