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転生社畜のスローライフできない異世界TS王女生活〜タスクを処理しても処理しても無限に湧き出す特大案件! 俺を国難解決マシーンにしないでくれ!!〜  作者: RCAS
帝国婚約訪問

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第九話:外資からの引き抜き工作と、決裁権を持つ銀髪のストッパー

 目の前に置かれた、不吉な双頭鷲の紋章。

 俺はそれを、まるで今にも爆発する時限爆弾か、あるいは修正不可の致命的な報告書を見るような目で見つめていた。


 おい、冗談だろ。

 グランツェル帝国といえば、五年前、俺たちが知略と罠の限りを尽くして、その輝かしい常勝の歴史に泥を塗った仇敵だぞ。

 本来なら支払われるはずの莫大な賠償金代わりに捕虜を買い取らせた。そして、ルビコン領の割譲だけで手打ちを強要させたのだ。それは大勝している国家としてはかなりの屈辱だろう。

 帝国のエリート軍人たちからすれば、俺は『悪魔の王女』か何かに見えているはずだ。

 そこに嫁げ? これ、嫌がらせなんてレベルじゃないぞ。


「……宰相閣下。これ、何かの間違いではなくて?」

「間違いであってほしかったのですがな、殿下。……残念ながら、帝国の正使が仰々しく持参した、正真正銘、皇帝陛下直筆の親書を伴う釣書にございます」


 ボルマンは深くため息をつき、お気に入りの高級なハンカチで額を拭った。

 この五年間、彼は俺の許可を得て、適度な裏金と名声を両手に、凄まじいバイタリティで国を立て直してきた。

 私欲を満たすために国を豊かにする。その歪な、しかし強固なロジックで動く彼は、今や俺にとって最も信頼できる黒いビジネスパートナーだ。

 その彼が、これほどまでに困惑した表情を見せている。


「帝国側は、これを五年前の和睦をより確固たるものにするための、究極の融和策と称しております。お相手は帝国の第三皇子、エドワード殿下。武勇に優れ、次期皇帝候補の一角とも目される男ですが……」

「融和、ねえ。わたくしの目には、エルネア王国の頭脳にして決裁者である摂政ルシエルを、婚姻という名の引き抜きによって、我が国から強奪しようとする卑劣な工作にしか見えませんわ」


 俺が冷たく言い放つと、ボルマンも深く頷いた。


「同感にございます。正直なところ、私としても殿下が帝国へ行かれるのは困るのです。殿下がいらっしゃらなければ、わた――いえ、我が国の重要案件の最終決裁者がいなくなってしまう。殿下には国内の穏健な貴族と婚姻し、末長く王国の舵取りを支えていただきたいのが本音でして」


 今「私の」と言いかけて飲み込んだな。

 ……まあいい、このオヤジは俺という決裁ルートを失うのが、自分の利権にとって最大の損失だと理解している。

 だが、利害が一致している以上、これほど心強い味方もいない。


 ……さて、どうすっかな。

 俺の脳内では、瞬時に複数のシミュレーションが展開される。

 正直、帝国に行くなんて真っ平ごめんだ。針のむしろどころか、剣のむしろだろう。

 だが、立場ある者としての俺の矜持が、冷静にこの案件を分析し始める。


 もし、帝国が本気で五年前の雪辱を果たすための全面戦争ではなく、婚姻によるエルネア王国の事実上の吸収、あるいは強固な属国化を狙っているのだとしたら?

 それはそれで癪だが、少なくとも国民が再び戦火に焼かれるリスクは最小限に抑えられる。俺一人が嫁ぐだけで、国という組織が存続し、民の生活が守られるというなら……。


 王族とは、税という名の莫大なコストをかけて維持されている存在だ。ならば、その報酬に見合うだけの成果を出すのは当然の義務である。

 もしこれが帝国側の本気の融和策なのだとしたら、一概に無しとは言い切れない。……いや、むしろ合理的で有りよりの選択肢なのかもしれない。


「……ボルマン。わたくし個人の感情は横に置いておきましょう。もし、あなたが帝国との婚姻が我が国にとって最善の利益だと判断するのであれば、わたくしは覚悟を決めますわ。帝国への輿入れ、検討に値します」

「……殿下、本気でございますか?」


 ボルマンの目が驚愕に見開かれる。


「ええ。立場ある者が責任から逃げれば、組織は腐っていきますもの。わたくしが嫁ぐことで、この国にあと数十年の平和が約束されるのであれば……それは、わたくしに課せられた最大の責務ですわ」


 俺は冷徹なまでの事務的な口調で言い切った。

 心の中では「マジで嫌だ、例え命が無事だろうと、向こうの食事が口に合わなかったらどうしよう!」と出張前の憂鬱に襲われているが、表に出すほど俺は甘くない。

 だが。俺は一つ、この案件を成立させるために避けて通れない、最大にして最難関の決裁者がいることを思い出した。


「ただし。わたくし個人が納得し、宰相が利を認めても、最終的な承認権を持つあのお方が首を縦に振るかどうかは、また別のお話ですわね」


 俺の言葉に、ボルマンがハッとしたように顔を青くした。

 そう。俺はこの五年間、アルフが立派な王として自立できるよう、意識的に権限を彼に移譲してきた。

 特に、王族の身位に関する決裁は、国王であるアルフの専決事項。


「……陛下に、この釣書の件を報告に上がりましょう。あの子が許可を出すのであれば、わたくしは今日にでも荷造りを始めますわ」


 もし、アルフが国の利益を優先して「承知した」と言ったら? それは姉として寂しさと共に、嬉しさがこみ上げてくるだろう。王としての責務を優先する者に成長したのだから。

 でも、そうならずに、この強欲なタヌキ親父と多感な時期の国王との間で、俺の身柄を巡って致命的な意見の相違が起きたらどうしよう……。

 そんな中間管理職のような不安が胸をよぎった、その時だった。


 鼓膜を打つ凄まじい轟音と共に、強烈な衝撃波が執務室を揺らした。

 見れば、重厚な黒檀の扉が内側へ向かって粉々に弾け飛んでいる。木っ端微塵になった扉の残骸が、俺のデスクの数歩手前までバラバラと降り注いだ。

 その一撃は物理的な打撃じゃない。魔力を一点に凝縮し、対象の構造を内側から崩壊させる高等技術――『縮撃』だ。

 

「姉上ッ! 今、正使が持ってきた書類の内容を小耳に挟みました!!」


 土煙を突き抜けて現れたのは、銀髪を怒りで逆立たせ、エメラルドの瞳から文字通り殺気の稲妻を放っているアルフだった。


「……アルフ、落ち着きなさいな。ちょうど今、あなたに決裁を仰ごうとしていたところですわ」

 

 外面は平静を装っているが、内心は動揺している。

 あの黒檀の扉……特注品でめちゃくちゃ高いんだ。宮廷費で落とすの? ああ! 俺の趣味に使える金が減ってしまう!

 と、心の中で嘆くが、よく考えれば、良いこともある。


 縮撃は高等技法だ、一流の魔導騎士でも習得に十年はかかる。それを、まだ十二歳のアルフがいつの間に……。

 ああ、なんてことだ。我が弟ながら、恐ろしいほどの成長速度じゃないか! 人材育成の観点からは文句なしの満点だ。

 でもやっぱり、扉は高い! 嬉しさと悲しさで、心が張り裂けそうだ!


 ……なんて、バカなことを考えるあたり、まだまだ冷静だな。


「我が国に理があるのなら、此度の件に否やない――と、私の心情を述べておきましょう」

 

 俺が努めて優雅に、しかし内心では扉の請求書を想像して泣きながら声をかけると、アルフは俺のデスクを叩かんばかりに身を乗り出した。


「姉上……。今の言葉、聞き捨てなりません。まさか、本気であんな蛮族の国に行くつもりではないでしょうね?」


 さあ、決裁権を持つストッパーの登場だ。

 宰相が国益を説き、アルフが感情で拒むのか。あるいはその逆か。

 俺は心の中で「この二人の板挟みで、俺の胃に穴が空くのが先か、国の方針が決まるのが先か……」と戦々恐々としながら、表面上はどこまでも冷静な、啓蒙君主としての顔を作って見せた。

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