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転生社畜のスローライフできない異世界TS王女生活〜タスクを処理しても処理しても無限に湧き出す特大案件! 俺を国難解決マシーンにしないでくれ!!〜  作者: RCAS
玉座防衛戦

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第七話:局地戦の勝利と、大人たちへの「業務引き継ぎ」

 アムール峡谷での迎撃戦は、我がエルネア王国の完全なる勝利で幕を閉じた。

 無惨に分断され、伏兵の魔法とガルド将軍の鉄壁の防陣によって完全に袋叩きにされた帝国軍の先陣部隊は、ついに武器を捨てて降伏した。

 峡谷の底には、武装を解除されて数珠繋ぎにされた数千の帝国兵と、無傷で鹵獲された数百頭の優秀な軍馬がひしめいている。小国である我が国にとっては、歴史的な大戦果と言っていい。

 

 だが、本陣の天幕に集まった首脳陣の顔に、勝利の熱狂や慢心は微塵もなかった。

 作戦机を囲んでいるのは、泥と血に塗れたガルド将軍、冷静に被害状況をまとめているクラウス大将。そして、王都から死に物狂いで物資をピストン輸送してきて、そのまま前線基地に滞在していた宰相ボルマン侯爵である。

 そして上座に座る俺もまた、冷ややかな思考を研ぎ澄ませていた。


「……見事な大勝でしたわ。ですが、皆様の顔を見るに、現状を正しく理解していらっしゃるようですわね」


 俺が静かに口を開くと、大人三人は重々しい面持ちで頷いた。


「はい、殿下。我々が潰したのは、あくまで戦果に目が眩んで突出してきた先陣の五千のみ。峡谷の向こうには、いまだ無傷の帝国軍本隊数万が控えております」


 クラウスが地図上の巨大な敵駒を指差す。


「対して我が軍は、今回の罠と迎撃で全ての物資と魔法石を使い果たしました。もはや、次に攻め込まれれば持ち堪える術はありません」


 続いて、宰相が疲労の濃い顔で胃のあたりをさすりながら言った。


「資金面も同様です。私が……コホン、私が貴族たちから掻き集めた軍資金も、この数日の異常な物資調達で完全に底を突きました。これ以上の長期戦は、国家財政の破綻を意味します」


 そう。これが現実だ。

 奇策と勢いで一発殴り倒すことはできたが、国力という名の「基礎体力」が違いすぎる。このまま泥沼の戦争を続ければ、遠からずエルネア王国は過労死して消滅する。


「ええ。ですから、この戦争はここで終わらせますわ」


 俺の言葉に、天幕の空気がピンと張り詰めた。


「……手打ちになさるのですね。ですが殿下、帝国軍がやすやすと退くでしょうか? 彼らも国王陛下を討った以上、ここで手ぶらで帰れば皇帝の怒りを買いますぞ」


 ガルド将軍の懸念はもっともだ。

 俺は作戦机の上に置かれた、国境付近の地図を扇子の先でトントンと叩いた。


「今回の戦いの発端となった、国境沿いの『ルビコン領』。あそこを、帝国に割譲しますわ」

「なっ……! 領土の割譲、でございますか!?」


 宰相が素っ頓狂な声を上げた。

 無理もない。自国の領土を明け渡すなど、為政者にとって最大の屈辱だ。だが、俺に迷いはなかった。


「あの土地は長年、帝国との間で領有権を争ってきた火種ですわ。確かに資源は豊かですが、防衛線を維持するための代償が大きすぎますの。あの土地を意地になって守り抜こうとした結果、父上やお兄様たちという、我が国にとって最も得難い将を失ってしまったのですから。……ここは冷徹に、手放す決断をいたしますわ」


 前世で、業績不振のまま意地で存続させていた子会社が、結局は親会社ごと倒産に追い込む事例を何度も見てきた。切るべき時に切れないトップは無能だ。ここは冷徹に「損切り」をする場面である。


「ですが、ただでは渡しませんわ。私たちには今、最高の手札がありますもの」


 俺は天幕の外、捕虜たちが収容されている峡谷の方角へ視線を向けた。


「生け捕りにした数千の帝国兵と、無傷の軍馬たち。これらは全て、帝国の貴族や騎士階級の人間、そして彼らの財産です。もしこれを我々が全て処刑・処分すると通達すれば、帝国本国で彼らの家族や派閥が黙っていないはずですわ」

「なるほど……!」


 クラウスの琥珀色の瞳が、感嘆に見開かれた。


「捕虜の命と軍馬の返還を条件に、ルビコン領の割譲を『手打ちの代償』として認めさせる。帝国側としても、これ以上の犠牲を出さずに長年の悲願だった領土が手に入るとなれば、本国へのメンツも立つ……完璧な交渉材料です」

「その通りですわ。痛撃を与えて帝国軍の足を止めた今この瞬間でなければ、この取引は成立しませんわ」


 方針は決まった。あとは、これをどうやって相手に飲ませるかだ。

 俺はゆっくりと椅子から立ち上がった。

 これまでは、社畜としての知識と、王女という絶対的な権限を使って裏から操ってきた。だが、ここから先の『外交交渉』という表舞台に、十歳の子供が出るわけにはいかない。

 子供の言葉など、どれほど理路整然としていても、帝国の老獪な外交官や将軍たちには「ただの生意気な子供の戯言」として舐められるだけだ。

 俺は、目の前に並ぶ三人の大人たち――宰相ボルマン、ガルド将軍、クラウス大将を真っ直ぐに見つめた。


「……ここから先は、わたくしの力ではどうにもなりませんわ」


 俺が静かな声でそう告げると、三人は怪訝そうに眉を寄せた。


「殿下? どういう意味でございましょうか」

「帝国の全権大使と直接対面し、対等に、あるいはそれ以上の威圧感を持って交渉のテーブルにつく。それは、見目麗しいだけの十歳の子供には不可能な役目ですの。……敵の将軍と顔を合わせ、言葉の刃を交えられるのは、本物の『大人の男たち』だけですわ」


 俺はドレスの裾を摘み、彼ら三人に向かって、深く、深く頭を下げた。


「どうか、皆様の力を貸してくださいませ。わたくしとアルフの、そしてこの国の未来を、あなたたちに託しますわ」


 天幕の中に、水を打ったような静寂が落ちた。

 俺は顔を上げない。これは上司から部下への命令ではない。命運を共有する仲間への、最大限の敬意と信頼を示した俺なりの「業務引き継ぎ」だ。

 数秒の沈黙の後。


「……頭をお上げください、ルシエル殿下」


 宰相ボルマンの、かつてなく真摯で落ち着いた声が響いた。

 顔を上げると、そこには以前の腹黒いタヌキ親父の面影はなかった。一国の国政を担う者としての、確かな覚悟と知性を宿した『名宰相』の顔つきだ。


「あの帝国との和平交渉。胃に穴が空くほどの難題ですが……殿下がここまで盤面を整えてくださったのです。このボルマン、三寸の舌で帝国の喉元を食い破ってご覧に入れましょう」

「交渉の場での威圧ならば、この老いぼれにお任せを。後ろに控えて睨みを利かせるだけで、帝国の青二才どもは縮み上がりましょうて」


 ガルド将軍が、歴戦の傷跡が残る顔で獰猛に笑う。


「そして、軍事的な裏付けと条件のすり合わせは、このクラウスが。一切の隙を見せず、我が国に最も有利な条件を叩き出してみせます」


 クラウスが胸に手を当て、深く一礼した。

 そして三人揃って顔を見合わせると、彼らは力強く、深く頷いた。


「我ら三人、殿下のご期待に必ずや応えてみせます」


 その頼もしい姿に、俺は張り詰めていた社畜の顔を崩し、十歳の少女らしい、心からの安堵の笑みを浮かべた。

 最高のチームだ。

 これならきっと、この絶望的な防衛戦を、最高の形でクローズさせることができる。

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