第三十一話:限界社畜の逆襲と、暴露される閨の事情
「そもそも、大義名分をでっち上げてまでこの戦争を始めたのはお前だろうが! お前が始めた巨大プロジェクトだ、最後までお前が責任を持って完遂しろ!」
神聖なる御前会議の場。
完全に敬語を捨て去り、机を叩き割らんばかりの勢いでブチギレた宰相ボルマンの怒号が、王宮の天井に木霊した。
普段なら前世のビジネスロジックと詭弁で完膚なきまでに論破する俺だが、今回ばかりはド正論の怒涛のまくしたてに「うぐっ……」とぐうの音も出ず、タジタジと後ずさってしまった。
確かに、大司教を拉致してまで開戦の引き金を引いたのは俺だ。起案者(発起人)としての責任を問われれば、返す言葉もない。
「し、しかし! わたくしは数万の捕虜の労務管理や、三国を跨ぐ大街道の建設、さらにはガレリアの巨大な王室直轄領まで治めなければなりませんのよ! 流石にこれ以上、国内の事業転換にまで手が回るわけないでしょう!」
俺は己のキャパシティの限界を盾にして、正当な業務分担を必死に主張した。
だが、限界を迎えた過労死寸前の社畜たる宰相には、そんな言い訳は通用しなかった。
「こっちとて、とっくに手が回っとらんわ!! 家族と会う時間はおろか、愛人を呼び出してストレスを発散する暇さえないんだぞ!」
「……は?」
俺は思わず素の声を漏らした。
周囲の貴族たちも一斉に息を呑む。この神聖な御前会議の場で、宰相は己の『愛人』の存在を堂々とカミングアウトしたのだ。
もはや彼に、失う社会的体面など存在しなかった。すべてを投げ打つ覚悟を決めたおっさんの捨て身の突撃である。
「そもそも、私は聞いているぞ! ガレリアでの戦後処理の最中、お前はエドワード殿下と陣幕でしっぽりとヤッていたそうではないか! 愛人に会う暇もない私を差し置いて、そんな余裕がありながら『手が回らない』などと、どの口が言うかァ!」
ビシィッ! とボルマンの指先が俺を真っ直ぐに射抜いた。
その瞬間、俺の顔はボンッと音を立てんばかりに真っ赤に爆発した。隣の席に座っていたエドワードも、「ぶっ!?」と変な声を出して顔を真っ赤にし、両手で顔を覆って机に突っ伏している。
い、いや、あれは仕方なかったんだよ……!
中身が男の心である俺は、最初こそ「これって実質ホモかな?」と一瞬葛藤した。だが、完全に割り切って行為だけを見れば何も気持ち悪さはなく、むしろ肉体的な快感でセロトニンがむんむん出まくる幸福感があったので、今はもう気にしていない。
そう、あれは必要経費であり、合法的なリフレッシュなのだ。
「な、なななっ! そ、それはっ、激務を頑張ってくれた夫へのせめてもの労いじゃないですか! 夫婦なのだから当たり前のことをしているだけです! というか、閨の事情を正式な御前会議の場で堂々と話すなんて、良識がなさすぎますわよ!」
俺は必死に言い繕い、ボルマンの常識のなさを責め立てた。
この論点すり替えで押し切れるか……と思ったが、ボルマンは口角を吊り上げ、狂気の冷笑を浮かべて最後の一撃を放った。
「どの口が言うか! 帝国から戦力を引っ張ってくるために、大司教を拉致してエドワード殿下ととんでもない略式結婚をしたどころか、あろうことか『処女証明』に、ルビコン領に駐屯する帝国の騎士団長夫妻を無理やり立ち会わせたと聞いているぞ! お前の方こそ、微塵も良識がないわァァァッ!」
「あばばばばっ!?」
俺は喉の奥から変な悲鳴を上げた。
己の大義名分を通すための狂ったスピード婚と強制立ち会いという過去のやらかしを、完璧なカウンターとして突きつけられたのだ。
会議室の空気が、シンと静まり返った。
貴族たちが、『ルシエル殿下、まさかそんなことまで……』とドン引きの視線を向けてくる。エドワードに至っては、顔を真っ赤にしたまま机から顔を上げようとしない。
完全に、俺の敗北だった。
ぐうの音も出ず、顔を真っ赤にしてワナワナと震える俺に対し、上座から冷ややかな声が降ってきた。
「……姉上が不利ですね。流石にこれは、庇いきれません」
国王たるアルフだった。
彼は完全にドン引きしたような、あるいは姉の破天荒すぎる行動に呆れ果てたような目で俺を見下ろし、極めて冷静に裁定を下した。
「宰相の負担が限界を超えているのも事実。……国内の内政の基本方針については、余も直接見ます。ですから、姉上も起案者としての責任をとり、実務の一部を分担してください」
「うっ……は、はい。国王陛下……」
弟の真っ当すぎる正論と国王としての命令に、俺はがっくりと項垂れるしかなかった。
そんな俺を見下ろしながら、ボルマンは「ふんっ!」と勝ち誇ったように荒い鼻息を吐き出している。愛人の存在を暴露してまで勝ち取った、限界社畜の意地の勝利であった。
……身から出た錆が多すぎる。とほほ……。
会議室の冷たい視線を一身に浴びながら、俺は心の中で涙を流した。
国を大きくし、戦争に勝つことには成功した。だが、その代償として支払うべき『終わりの見えない残業(実務)』と『失われた良識ある王女としての体面』は、あまりにも大きすぎたのである。




