第三十話:国家の事業再編と、キレた宰相
ガレリア西部の肥沃な黒土地帯、そして水運の要となる大河と主要街道。
我がエルネア王国は、この戦争における『一番美味しいところ』だけを完璧に制圧・確保した。
資源も何もない旨味のない土地では、あえて適当に残党処理だけを行っていると、狙い通り周辺の国々が弱体化したガレリア王国の領土をハイエナのように蚕食し始めた。
「あとは周辺国同士で泥沼の削り合いをしてちょうだい」と冷徹に見届けた俺は、エドワード麾下のギュンター団長と自国のガルド将軍に現地の治安維持を託し、主要メンバーと共にエルネア王都へと凱旋帰還を果たしたのだった。
王宮の大会議室。
国王アルフを上座に据え、俺は今回無理やり戦争に巻き込んだ帝国軍への報酬と、帝国本国を納得させるための『新規事業プレゼン』を行っていた。
「捕虜の労働力をフル活用し、ガレリアから我がエルネア、そして帝国のルビコン領を横断する『大街道』を建設します。さらに、今回押さえた大河の中には、帝国北部へと繋がる水脈もありますわ」
俺は作戦地図にスッと長い線を引く。
「途中に存在する国には通行税を払って通過許可を得る必要がありますが、複数の河川と街道が交わる場所に巨大な交易拠点を築けば、莫大な利益を生み出します。これを持っていけば、皇帝陛下へ此度の戦争参加の利益を十分に説明できるはずですわ」
「話しは聞いていたが、大きくさらに大きく出たな……これほどの利権を得られるなら、本国の古参貴族どもも文句は言えまい。素晴らしい提案だ」
事前に話しを通していたエドワードがこくりと頷く。もとより帝国側への根回しは済んでいるから、これでよし。
「次に、我が国のドラスティックな事業再編についてです」
さて、ここからが本番――プレゼンにも気合が入るってもんだぜ!
俺は自国の貴族や官僚たちに向けて、さらに壮大な国家改造案を叩きつけた。
「これまで我がエルネア王国は、山岳地帯においても細々と農業をしてきました。民を食わせるためには必要でしたが、ガレリアの圧倒的に肥沃な国土を手に入れた今、もはやその必要はありません」
会議室が、ごくりと息を呑む。
「山岳地帯の農民を、思い切ってガレリアの新規領地へと移住させます。そして、空いた山岳地帯で大規模な『鉱山開発』を行うのです。あそこは鉄が産出されると言われていましたが、確定ではない以上、食い扶持である農地を潰すわけにはいかず手が出せなかった。ですが、もはや我が国は小国ではなく、中堅国と言える領土を手に入れました」
鉄は武器にもインフラ整備にも直結する、国家の最重要資源だ。
「農業国から、鉱工業と交易を主軸とする国家へ。我が国の富を生み出す土台を、根本から作り変えますわ!」
完璧な青写真だ。国家百年の計と言ってもいい。
俺はぐるりと会議室を見渡し、最後に上座に座る国王――弟のアルフへと視線を向けた。
アルフは俺の提示した国家改造案の意図と、それがもたらす莫大な利益を瞬時に理解したのだろう。真剣な眼差しのまま、深く、力強く頷いてみせた。
よしよし! 俺が手ずから帝王学と経済の基礎を叩き込んだ甲斐があったというものだ。アルフもこの計画の真の価値と、国家が次なるステージへ進むための道筋を完全に理解しているようだな。
俺は弟の国王としての立派な成長ぶりに、内心でホクホクと喜びを噛み締めていた。
だが、その和やかな(俺の中だけで)空気を切り裂くように。
「で、殿下……」
ただ一人。目の下に真っ黒なクマを作り、肌の色が完全に土気色になった宰相ボルマンが、幽鬼のような震える声で手を挙げた。
「その、大街道の建設、農民の大規模移住、そして未知の鉱山開発……それらの膨大な事務処理や現場の監督は、一体『誰が』行うおつもりで……?」
その問いに対し、俺は極上の笑顔で首を傾げた。
「あら、宰相がやればいいのでは?」
「…………は?」
「此度の戦争の激務を通して、文官として立派に育ってきた若者たちもいるでしょう? もちろん、現場に出したあなたの優秀な十三歳のご子息も含めてね」
俺は扇子を口元に当て、悪びれもせずに続ける。
「それに、今回得たガレリアの土地は、宰相の領地と隣り合わせています。重要な交易拠点は王領として直轄地にしますけれど、それ以外の土地は、あなたのお仲間同士(派閥の貴族たち)で好きに分ければいいじゃない。ほら、領地という最高のアメ(報酬)ですわよ?」
土地はやるから、国家改造レベルの超絶実務は全部お前らがやれ。
俺の身も蓋もない丸投げ宣言を聞いたボルマンは、しばらく下を向いたまま、ワナワナと肩を震わせていた。
そして。
突如として、王宮の堅牢なオーク材の会議机が悲鳴を上げるほどのすさまじい衝撃音が室内に轟いた。
ボルマンが両手の拳を全力で机に叩きつけ、勢いよく立ち上がったのだ。
「……ふざけるな小娘がァァァッ!!」
「えっ」
王宮の会議室に、これまで見せたこともないようなボルマンの怒号が響き渡った。
血走った両眼を見開き、口から泡を飛ばさんばかりの凄まじい形相で、温厚なはずの宰相が俺を指差す。
「私が今まで、お前の無茶振りにどれだけ苦労してきたと思っているんだ!! 金や土地があれば人が無限に動くと思うなよ、この世間知らずがぁぁぁッ!!」
それは、限界を突破した社畜の、魂からの叫びであった。
王族に対する不敬罪すらも吹き飛ばすほどのブチギレっぷりに、俺を含め、会議室の全員が完全に言葉を失って凍りつくのだった。




