第三話:敗残兵の中にSSR人材を発見!? 若き将校の冷徹なる戦況分析
宰相から莫大な『寄付金(という名の横領資産)』を絞り上げることに成功した数時間後。
王宮の軍議室には、鉄と血の匂いが立ち込めていた。
重苦しい沈黙の中、大きな作戦机の前に並んでいるのは、国境防衛戦から命からがら撤退してきた将兵たちだ。皆、鎧はひしゃげ、包帯を巻き、その顔には色濃い絶望と疲労が張り付いている。
「……申し訳ございませぬ、ルシエル殿下。我らの力不足ゆえ、陛下と兄殿下方を……ッ」
軍のトップである白髭の老将軍が、床に膝をついて男泣きに泣いていた。他の将軍たちも、項垂れてすすり泣くか、虚ろな目で宙を見つめている。
彼らの悲しみは本物だろう。脳筋とはいえ、父上たちは兵士たちから慕われていた。
だが、俺からすれば、トップが感情に飲まれて思考停止している現状は、最悪のシナリオだ。
まいったな。宰相を脅して予算は引っ張ってきたけど、現場の実行部隊がこの惨状じゃ、お金があってもどうにもならない。
前世の記憶が警鐘を鳴らす。いくら潤沢な開発予算があっても、現場のディレクターがポンコツならプロジェクトは必ず頓挫する。もしここに「使える人材」が一人もいなかったら、俺の玉座防衛戦は始まる前にゲームオーバーだ。
俺はルシエルとしての艶やかな黒髪を揺らし、冷徹な蒼い瞳でずらりと並んだ将兵たちを観察した。
「泣いている暇はないと言ったはずですわ。将軍、現在の敵軍の動きはどうなっておりますの?」
「は、ははっ……! 帝国軍は国境の砦を突破した後、破竹の勢いで進軍中。我が軍の主力は壊滅状態であり、もはや王都に到達されるのは時間の問題かと……」
「それで? 迎撃の策はありまして?」
「……ッ。無念ながら、もはや打つ手は……。降伏の使者を立て、王国の民の命だけでも……」
ダメだこりゃ。完全に心が折れている。
俺は小さくため息をつきかけた。その時だった。
ふと、視界の端に違和感が引っかかった。
絶望に染まった軍議室の中で、たった一人だけ。涙を流すでもなく、俯くでもなく、真っ直ぐに作戦机の上の『広域地図』を睨みつけている男がいた。
年齢は二十代半ばといったところか。軍服の装飾からして、将軍の補佐をする中堅将校。くすんだ灰色の髪に、理知的な琥珀色の瞳。
彼の目は死んでいない。それどころか、地図上の駒を視線で動かしながら、何やらブツブツと計算をしているように見えた。
ん?
俺の社畜センサーが、ピコンと激しく反応した。あいつ、ただのモブじゃない。
「……そこのあなた」
俺は作戦机の傍まで歩み寄り、彼を指差した。
「はっ」
「お名前と階級は?」
「第二軍参謀本部付、クラウス少佐であります」
クラウス少佐は、一切の動揺を見せずに完璧な敬礼をしてのけた。
「クラウス。あなた、先ほどから地図を見て何を考えていらしたの? 自由に話してごらんなさい」
俺がそう命じると、クラウスの傍にいた老将軍が慌てて声を上げた。
「ル、ルシエル殿下! こやつはまだ若輩者ゆえ、殿下の御前で語るような見識など――」
「お黙りなさい。わたくしは彼に聞いておりますのよ」
俺がピシャリと一蹴すると、老将軍はビクッと肩を揺らして押し黙った。
俺はクラウスの琥珀色の瞳を真っ直ぐに見据える。
「気になさらなくてよろしくてよ。あなたが地図から読み取ったこと、全て話しなさいな」
「……御意に」
クラウスは一つ頷くと、作戦机の上に置かれた帝国軍の駒をスッと前へ押し出した。
「率直に申し上げます。現在、帝国軍の進軍速度は『異常』です」
「異常、ですの?」
「はい。確かに我が軍の主力は敗れました。しかし、帝国軍は国境での激戦の疲労を癒すこともなく、さらに兵站を無視してまで、最短距離で王都を目指しています。これは、戦術のセオリーから大きく外れた動きです」
クラウスは地図上の経路を指でなぞりながら、淡々とした声で続けた。
「おそらく敵軍の指揮官は、戦果拡大のために無理攻めを敢行しているのでしょう。国王陛下と三人の王子殿下を討ち取ったことで、彼らは『自分たちの圧倒的な衝撃力』を過信している。今の王国軍は恐慌状態にあり、大軍の旗を見せれば戦わずして瓦解すると踏んでいるはずです」
「なるほど。勢いで押し切れるとタカをくくっているわけですわね」
「左様でございます。ですが、それは裏を返せば、彼らの隊列が間延びし、補給が追いついていない脆弱な状態であることを意味します。衝撃力を過信した軍隊は、一度足止めを食らい、想定外の反撃を受ければ、驚くほど脆いものです」
キタコレ!!!
俺は心の中で、盛大にガッツポーズを決めた。スタンディングオベーションをしたい気分だった。
感情論でも悲観論でもない、徹底した現状分析。敵の意図を正確に読み取り、そこに生じている『隙』を論理的に見出している。
間違いない。こいつ、超優秀な現場指揮官だ! SSR人材の確定演出だ!
「クラウス少佐。敵の過信を突くのなら、具体的にどこで、どうやって迎撃しますの?」
俺が試すように問うと、彼は迷うことなく地図上の『ある地点』を指差した。
「ここです。王都の手前、アムール峡谷。大軍を展開できないこの狭所ならば、敵の数による優位を殺せます。帝国軍の先陣がここを通過するタイミングで、大規模な土砂崩れや魔法による罠を起爆し、前衛と後衛を分断。孤立した前衛を叩き潰せば、敵の『勢い』は完全にへし折れます」
「……素晴らしいですわ。完璧なプレゼンですわね」
俺は思わず、ニヤリと好戦的な笑みをこぼしてしまった。
古参の将軍たちは、口をポカンと開けてクラウスの策を聞いている。彼らには思いつきもしなかったのだろう。
「し、しかし殿下! 罠を仕掛けるにも、今の我らには物資も、将兵を動かす資金も……!」
老将軍が口を挟むが、俺はフッと鼻で笑った。
「資金でしたら、先ほど宰相閣下たちが『私財を全て国に寄付』してくださいましたから、売るほどありましてよ?」
「なっ……!? あのケチな、いや、宰相閣下たちがですか!?」
驚愕する将軍たちを放置して、俺はクラウスの前に立ち、その目を見上げた。
「クラウス少佐。今この瞬間から、あなたを『王国軍総司令官代行』に任命いたしますわ。階級は特例で大将。権限も予算も、わたくしの名において全て白紙委任状を与えますわ」
「……殿下、私のような若輩者に、軍の全権を?」
クラウスの目が、初めてわずかに見開かれた。
「年齢なんて関係ありませんわ。仕事ができる者が上に立つ、それがわたくしの主義ですの。……やれますわね?」
俺の問いかけに、クラウスは数秒間の沈黙の後、静かに、しかし先ほどよりもずっと力強い敬礼を見せた。
「御意に。必ずや、帝国軍に地獄を見せてご覧に入れましょう」
有能な資金調達元と、超有能な現場責任者の確保。
これで役者は揃った。さあ、帝国にブラック企業も真っ青の苛烈な反撃を叩き込んでやる!




