第二十五話:参謀本部の設立と、悪辣なる殲滅戦
国王アルフの親征宣言からわずか数週間。
宰相ボルマンの文字通り血を吐くようなデスマーチによって驚異的な速度で編制されたエルネア王国軍は、国境を越え、動乱のガレリア王国西部へと雪崩れ込んだ。
ガレリアは『平原と大河の国』と呼ばれるだけあり、見渡す限りの肥沃な黒土――地球で言えばウクライナのような豊かな穀倉地帯が広がっていた。
我が軍はまず、この大河を利用した河川水運による大量輸送を確立するため、要衝となる都市を迅速に制圧。後方支援の拠点となる盤石な『橋頭保』を築き上げた。
そして、軍の指揮系統を近代化し、迅速な意思決定を行うべく『参謀本部』を設立した。
総司令官は歴戦の猛将ガルド将軍。作戦立案を行う参謀長はクラウス大佐。国王であるアルフは全軍の象徴として君臨し、そして俺は最も得意とする「軍需品管理部門のトップ(兵站局長)」に就任し、全軍のリソース管理を完全に掌握した。
「王都のボルマン宰相から報告です。『王室財産による貴族への懐柔工作、順調に推移。ただし人手不足が深刻なため、我が愚息を前線の文官として実戦投入いたしました』……とのことです」
「あら、たしか十三歳だというあのご子息? その歳で戦場(現場)の空気を吸えるなんて、素晴らしい早期教育ですわね」
俺は幕僚からの報告に、優雅に微笑んでみせた。
出陣前、俺は国政を丸投げしたボルマンに対し、王室の私財をそっくりそのまま投げつけていた。「これで出兵に消極的な貴族たちの頬を札束で張り飛ばし、強制的に味方に引き入れなさい!」という、身も蓋もない物理的な買収工作を命じたのだ。
その結果、ボルマンの十三歳の息子までもが書類仕事の地獄に投入され、白目を剥きながら実務を回しているらしい。
申し訳ないとは思うが、これも忌まわしきアカ殲滅という巨大プロジェクト完遂のためだ。どうか立派な社畜に育ってくれと、俺は心の中でそっと手を合わせ、意識を目の前の巨大な作戦地図へと戻した。
「さて、クラウス参謀長。ただ強固な陣地に引きこもり、敵の自由な行動を許して出方を待つなど、戦術的に愚の骨頂ですわ。ここからは『積極防衛』に移行します」
防戦一方で相手の出方を待つなんて、前世のビジネスで言えば、競合他社に自社のシェアをゴリゴリ削られているのを黙って見ているようなものだ。
「ほう。具体的には?」
「こちらから積極的に敵地を荒らして挑発しまくり、反乱軍の先遣隊を引きずり出すのよ。そして、後から到着する帝国の援軍――エドワード殿下の部隊とタイミングを合わせて、完璧な挟撃を行います。通信には、素早い馬と中継所を細かく配置した『矢の伝騎』を用いますわ」
俺が構築したモンゴル軍を参考にしたこの伝令システムだが、正直なところまだ穴は多く、決して満足のいくレベルではない。広域をカバーする戦略機動の通信としては不備も目立つが、この決戦の平原における戦術レベルでの十分単位の相互位置把握であれば、なんとか使い物になっている状態だ。
俺はさらに、挟撃時の包囲網にわざと『隙間(逃げ道)』を作り、集めた持久力のある駄馬の部隊で逃げた敵を地の果てまで追撃する、という作戦の概要をクラウスに伝えた。
すると、黙って聞いていたクラウスの眼鏡の奥が、ギラリと底知れぬ暗い光を放った。
「……なるほど。素晴らしい。完璧に理解いたしました。では、ルシエル殿下のその基本構想、私がさらに洗練させてご覧に入れましょう」
クラウスは地図上に駒を素早く配置し直しながら、ひどく冷酷な笑みを浮かべた。
「ただ隙間を空けるだけでなく、あえてそこへ向かうよう意図的に陣形を偏らせて敵を誘導します。そして駄馬の軽騎兵部隊は三波に分け、波状攻撃を仕掛けることで、敵に休息はおろか絶望する隙すら与えずに削り殺す……これなら、文字通り一匹のネズミも逃さず殲滅できましょう」
「え、ええ……。その詳細設計は参謀長に一任しますわ」
俺は優雅に頷きながら、内心で少しだけ頬を引き攣らせた。
……この男、俺よりよっぽど悪辣じゃねーか。
数日後。俺たちの執拗なゲリラ戦と挑発にブチギレた『赤き暁』の先遣隊が、大軍を率いて決戦の平原へと突出してきた。
連中は「農地は人民のものだ!」などと叫びながら、統制の取れていない怒涛の突撃を仕掛けてくる。
「戦場に出るのはアムール峡谷以来ですが……あれが軍隊とはとても見えませんね」
そのような感想を述べるのはアルフだ。
建前上は親征であり、王自らが出陣する――とはいえ、それはやはり建前であり、この会戦を終わらせたらまた王都に戻り政務を行うことになっている。
「自称しているだけで、あれは軍隊などとはとても言えませんわ。陛下には真の軍隊とは何かを、存分に御覧に入れて差し上げます。我々エルネア軍とエドワード殿下率いる帝国軍によって」
アルフへの教育としても、ここで統制の取れた軍隊とは何かということを見せてやらねばなるまい! という姉心を幾分か内包しつつ、すでに仕込みは終わり俺にやることはない。あとはクラウスの手腕がどれほどのものかを見学するだけだ。
エルネア軍は敵を誘引しつつ、そのまま組織的な後退を行い事前に策定していた丘へと登る。しかし、それは丘というにはあまりにも緩やかで、戦場の熱狂に支配される敵軍には見えていないようだ。
――勝ったな。
明らかに敵の足が鈍くなりつつある。そうなればイデオロギーに支えられた熱狂に大した意味はなく、我がエルネア軍の作り出す戦列を突破することなどできはしない。そこへ、十分単位での厳密な相互位置把握によって計算されたタイミングで、背後から帝国軍の重装騎兵が怒涛の如く突入した。完璧な挟撃の完成である。
さらに、クラウスの洗練された指揮により、エルネア軍の陣形が意図的に偏った。南北に包囲を仕掛けつつも、スッと『隙間』が開けられた。
西はエルネア軍、東は帝国軍に塞がれているとなれば、できることはただ一つ。帝国軍の猛攻と包囲の恐怖にパニックを起こしていた反乱軍の兵士たちは「あそこから逃げられるぞ!」と叫び、瞬く間に陣形を崩して我先にとその隙間へとなだれを打って逃げ出した。
「さあ、解き放ちなさい。狩りの時間です」
本陣から少し前方の丘の上の陣地で、クラウスの良く徹る声が戦場に響き渡り、冷徹に右手が振り下ろされた。すると――鈍い地響きと共に、彼が三波に分けて配置しておいた『敗残兵狩り専門部隊』が一斉に飛び出した。
国中からかき集めた、足は短いが持久力に優れる商用・農耕用の駄馬の部隊。瞬発力こそないが『どこまでもバテずに執拗に追いかけてくる』という恐るべき特性を持つ軽騎兵たちが、波状攻撃を仕掛けて背後から敵を蹂躙していく。
こうなれば万が一もない。アルフを連れ立って前方陣地に向かう。
「ふふ……美しい。敵が面白いように刈り取られていきますな。おや? 陛下、それにルシエル殿下。こちらにいらしたのですね」
「クラウス参謀長……ずいぶんと機嫌がいいのだな……」
「練られた構想が完璧に機能することは戦場では稀なことです。それがこのように実現する光景を見られるのは、軍人として最上の喜びと言えましょう」
戦場を見下ろす丘の上で、クラウスが自らの立案した完璧な殺戮の指揮に、恍惚とした笑みを深めている。隣にいるアルフが、その容赦のなさに少しだけ顔を引き攣らせていた。
クラウスの指揮のもと、疲れ果てて足が止まった敵兵は文字通り地の果てまで追い回され、ただの残酷な『処理作業』として殲滅されていく。
「これで第一フェーズは達成ですわね」
俺は双眼鏡を下ろし、自軍の有能すぎる(そして悪辣すぎる)参謀長に頼もしさを覚えながら、冷徹に微笑んだ。
モンゴル帝国のドクトリンと、自国の弱点(駄馬)を逆手に取った悪辣極まりない殲滅戦。これにより、『赤き暁』の先遣隊は完全に消滅し、ガレリア西部のエルネア王国による支配は、揺るぎないものとして確定したのである。




