第二十三話:大義名分と、一点突破の電撃婚
宰相ボルマンを「名君アピール」で丸め込んだ翌日、俺はアルフとクラウス大佐、そして王国軍の幹部である数名の将官たちを交えた軍事会議を開いた。
本来なら軍のトップであるガルド将軍が同席するはずなのだが、彼は今回の特大の国難にあたり、「ワシの余生(引退)は後回しじゃ!」と引退宣言を撤回し、すでに東部国境の最前線へと出張ってしまっている。
「……なるほど。ルシエル殿下の仰る『赤き暁』の思想の危険性、確かに聞く価値はありますな」
代理で出席した古参の将軍が、腕を組んで重々しく頷いた。
「しかし殿下。現状の王国軍の兵力だけで、ガルド将軍の敷いた国境防衛線を維持したまま、一国を落とすほどの攻勢に出るのは、兵站の観点からも不可能です」
「ルシエル殿下のお考えは理解できますが、我々単独ではリスクが高すぎます」
クラウスも冷静な分析で将軍に同意する。
だが、そんなことは最初から百も承知だ。自社(自国)のリソースが足りないなら、資本力のある巨大な提携先(帝国)から引っ張ってくればいいだけの話である。
「なら、帝国から援軍を呼ぶわ。エドワード殿下経由ならいけるはずよ」
俺はすかさずそう言い放ち、エドワード宛てに「大至急、ルビコン領へ来なさい」と有無を言わさぬ催促の速達を放った。さらには、彼を確実に捕まえるため、自らも東部における動乱へ対応すべく、帝国との連絡を密にするという名目でエルネアを飛び出し、国境のルビコン領へと赴いて待ち構えるという徹底ぶりを見せた。
数日後。俺の書簡を受け取ったエドワードは、父である皇帝をどうにか説き伏せ、ルビコン領の駐屯地へと駆けつけてくれた。
「ルシエル姉、急にどうしたんだよ。ガレリアの反乱軍がそんなにヤバいのか?」
「ええ、ヤバいどころの話ではありませんわ。あれは王族や貴族といった身分制度そのものを根絶やしにする、極めて危険な思想の集団よ」
俺は息巻いて『アカ』の危険性と歴史的必然(飢餓と粛清のコンボ)を熱弁した。
だが、目の前の十四歳の婚約者は、どうにもピンときていない様子で首を傾げている。「税金が高すぎて怒った農民が、ちょっと過激に暴れてるだけじゃないの?」といった表情だ。
そして、エドワードは次期皇帝候補としての極めて冷静な、そしてぐうの音も出ない正論を口にした。
「仮にルシエル姉の言う通り、その思想が危険だとしても……今の俺の権限だけで勝手に動かせるのは、ここに駐屯している魔狼騎士団の一部くらいだ。帝国本国の大軍を動かすことはできない」
「どうして? あなたは次期皇帝候補でしょう?」
「俺たちはまだ『婚約者』であって、結婚していないからだよ。帝国にとって、他国の内乱に帝国の兵の血を流してまで、エルネア王国に肩入れする『大義名分』がないんだよ」
……大義名分がない。
その言葉を聞いた瞬間、俺の脳内で社畜としての思考回路(プロジェクトリーダーの論理)がバチバチとスパークした。
なるほど。稟議を通すための「理由」が足りないということか。
配偶者の実家の危機となれば帝国も動かざるを得ないが、単なる婚約者の実家では、予算と人員を割く理由として弱い。
ならば、解決策はただ一つ。
「なるほど、よく分かりましたわ。……なら、結婚しましょう! 今、ここで!」
「ええっ!?」
俺が身を乗り出してぐいぐいと詰め寄ると、エドワードは信じられないものを見るような目で俺を見た。
「ちょ、ルシエル姉、ついに壊れた!? いくらなんでも手順ってものが……! 聖職者もいないのにどうするんだよ! 聖光教の主神ルミナ様と、副神アエギス様への神聖な誓いの儀式はどうするんだよ!」
普段は剣術バカのくせに、こういう時だけ妙に常識人ぶって理詰めでドン引きしてくる十四歳。
だが、俺の『定時退社』への執念と『アカ殲滅』の殺意は、すでにリミッターを振り切っていた。
「……聖職者がいればいいのね? そこで待ってなさい」
俺は凄まじい行動力でルビコン領から王都へととんぼ返りした。
そして、王都の壮麗な大聖堂の奥深く、司教座にふんぞり返っていた高位の『大司教』の襟首を物理的にむんずと掴み、馬車に放り込んで、無理やりルビコン領のそこそこの規模の教会まで引きずってきた。
「ひぃぃぃっ! 無茶苦茶ですぞルシエル殿下! 王族の結婚の慣例が! 最低でも準備に数ヶ月はかかりますぞ!」
「慣例? アカの殲滅より優先すべきものなど、この世に存在しませんわ! いいからその教典を開いて、さっさと誓いの言葉を読み上げなさい!!」
泣き叫ぶ大司教と、青ざめる周囲の貴族たちを、俺はステゴロの覇気と完全なるゴリ押しで黙らせた。
そのままルビコン領の素朴な教会で、呆然とするエドワードの腕を引っ張り、震える大司教に無理やり誓いの言葉を読ませて、神への契約締結(結婚の儀式)を強行完了させたのだ。
「……ふぅ。これで帝国の援軍を引っ張り出す大義名分(稟議書)は通ったわね! エルネアは帝国の完全な『身内』よ!」
大司教が泡を吹いて倒れ込む中、俺は満面の笑みでガッツポーズを決めた。
「こ、こんな無茶苦茶な結婚、ありなの……?」
祭壇の前で、エドワードが微妙すぎる顔を引き攣らせている。
儀式をすっ飛ばした超・略式結婚。確かに、これでは帝国本国の口うるさい古参派閥から「正式な婚姻と認められない」と難癖をつけられるリスクが残る。
大義名分を盤石にするためには、誰にも文句を言わせない、帝国側も納得する『既成事実』が必要だ。
「あら、心配しなくても大丈夫ですわ。なら、このまま男女の契りを交わせば完全に成立ですわね!」
「えっ?」
俺はエドワードの腕をむんずと掴むと、教会の後方でこの無茶苦茶な略式結婚を呆然と見届けていた、魔狼騎士団のギュンター団長をビシッと指差した。
「ギュンター団長! あなた、男女の契りの証人となりなさい! ほら! 一緒に部屋に来て!」
「……は? しょ、証人、と申されますと……まさか、閨の、ですか……!?」
歴戦の猛者であり、死線を潜り抜けてきた隻眼の騎士の顔が、かつてないほど激しく狼狽する。
「ええええっ!? 今から!? しかも真っ昼間から、ギュンターが見てる前で!?」
顔を真っ赤にしてパニックに陥り、「待って、心の準備が! 剣の稽古より展開が早いんだけど!?」と叫ぶ十四歳の悲鳴を無視して、俺は無情にもエドワードを引きずって教会の奥の控室(寝室)へと歩き出す。
「さあ、急ぎますわよギュンター団長! これもアカを滅ぼすための重要な第一歩ですわ!」
中身がアラサー男の俺にとってみれば、これは完全なる見せつけプレイの初夜であり、そもそも今は夜ですらない。道徳的にも倫理的にも完全にアウトな事案だ。
だが、知るかそんなもの! アカの殲滅は、この世の全てに優先するのだ!!
「わ、私も行くのですか!?」「ルシエル姉、嘘だろぉぉっ!?」という二人の悲鳴をBGMに、俺は帝国の援軍を引きずり出すための『完璧な既成事実』を作るべく、教会の寝室の扉を勢いよく蹴り開けるのだった。




