第十八話:皇室主催のお茶会と、盤外のKPI合戦
帝都の皇宮にて、定期的に開催される皇室主催のお茶会。
それは、美しい花々に囲まれた優雅な社交の場であると同時に、各派閥の貴族令嬢たちが火花を散らす『代理戦争』の最前線でもあった。
各派閥への隙のない挨拶回りを終えた俺は、クロエを伴って庭園の片隅に設けられた東屋へと向かった。そこには、エドワードの派閥に連なる貴族の令嬢たちが集まっている。
将軍の娘であるベアトリスと、騎士団長の娘であるエレノア。二人とも俺より少し年上の十六、七歳だが、快活で真面目な、とても可愛らしいお嬢様たちだ。
ただ、彼女たちエドワード派の最大の弱点は『武断派ばかりで、社交界におけるソフトパワーが壊滅的に弱い』ことだった。腹の探り合いや言葉の裏を読むような政治的駆け引きが苦手なため、常に他派閥からいいようにマウントを取られ、特に『武の才』すらないクロエは完全に孤立し、恰好のサンドバッグにされてきたのだ。
「ルシエル様、こちらへどうぞ!」
「クロエ殿下も、今日はお顔色が良くて安心いたしました」
俺とクロエが席に着くと、年上のベアトリスやエレノアが嬉しそうに微笑みかけてくる。
彼女たちとのお茶会は純粋に楽しい。前世の薄汚れた社畜時代からすれば、綺麗なドレスを着た美少女たちと美味しいお茶とお菓子を囲むこの空間は、まさに砂漠のオアシスである。
可愛い妹分(年上含む)に囲まれるお茶会、最高。TS転生して本当に良かった。
俺が内心で特大の役得を噛み締めていた、その時だった。
「まあ。随分と賑やかですこと」
扇子で口元を隠し、極上の作り笑いを浮かべながら近づいてきたのは、第二皇子派の筆頭格である公爵令嬢マーガレットと、その取り巻きたちだった。
和やかだった東屋の空気が、一瞬にして冷たく張り詰める。
「武を重んじる殿方をお父様に持つと、お嬢様方まで随分とお健やかでいらっしゃるのね。まあ、社交の場では少しばかり物静かさや教養も求められますけれど、そのような飾らなさも一つの美点でしてよ」
一見褒めているように聞こえるが、要するに『教養がなくて野蛮でうるさいわね』という意味だよな。前世で嫌というほど見てきた、他部署の嫌味なお局様とそっくりの京都風ネチネチ攻撃だ。ベアトリスが悔しげに唇を噛む。
マーガレットの矛先は、さらに俺の背後に隠れようとしたクロエへと向かった。
「クロエ殿下も、今日はお顔色がよろしいようで。帝国が求める才がおありでなくとも、こうして『お優しい』他国のお姫様に面倒を見ていただけるなんて、本当に運がお強いですわ」
これも『無能のくせに他国に媚びを売って惨めね』という強烈な当てこすりである。エレノアが俯き、クロエが俺のドレスの裾をぎゅっと握りしめて震え始めた。
なるほど。うちの可愛い部下(妹たち)は、いつもこうやって陰湿なパワハラを受けていたというわけか。
俺はゆっくりと立ち上がり、マーガレットを凌駕する完璧で優雅な微笑みを浮かべた。
「ええ、彼女たちの御父様方や旗下将兵の武勇には、わたくしも心底敬服しておりますの。五年前、彼らの圧倒的な力があったからこそ、我がエルネア王国は『ルビコン領』という莫大な利益を生む土地を帝国に割譲することになったのですから。あれこそ、目に見える『最大の国益』への貢献ですわ」
まずは、自派閥の実績(KPI)によるストレートな物理殴打である。
帝国に領土をもたらしたという明確な『数字と成果』を突きつけられ、マーガレットの扇子を持つ手がピクリと止まった。俺はさらに口調を和らげ、首を傾げてみせる。
「ところで、血筋や伝統を重んじるあなた方の派閥は、最近どのような『具体的な成果』で帝国に貢献なさいましたの? まさか、誇れる実績もないのに、こうしてお茶会でこまごまとしたお喋りをしているだけ……なんてことは、仰いませんわよね?」
図星を突かれたマーガレットの顔から、さぁっと血の気が引いていく。
第二皇子派は口ばかりで、目に見える実益を出していない。その痛いところをえぐられ、彼女は反論の言葉を見つけられないようだった。
だが、俺の追撃はまだ終わらない。とどめは、先日直接もぎ取ってきた『社長の言質』である。
「それにしても、あなた方を見ていると、ずいぶんと育ちが良さそうで羨ましい限りですわ。まるで『温室育ちの花』のよう。わたくしなど、あなた方と比べたら野草も同然ですわね」
「……っ、そ、それは……」
「ただ……先日謁見した際、皇帝陛下はあまり『温室育ちの花』は好まれているようには思えませんでしたが?」
ピキッ、と。
マーガレットの額に、明確な青筋が浮かび上がったのが見えた。
最高権力者である皇帝本人の評価を盾に取られては、これ以上の反論は『皇帝批判』に繋がりかねない。完全に退路を断たれた彼女は、引き攣った笑顔を必死に顔に貼り付けた。
「……っ、きょ、今日は少々、日差しが強すぎるようですわ。気分が優れませんので、わたくしはこれで退散いたしますわ」
表面上は辛うじて余裕を装いながらも、その足取りは完全に逃走だった。
マーガレットたちがそそくさと東屋から立ち去ると、今まで息を潜めていたエドワード派の令嬢たちから、ほぅっと深いため息が漏れた。
「すごい……あんな風に言い返せるなんて……!」
「わたくしたち、いつも悔しい思いをするばかりでしたのに……」
年上のベアトリスとエレノアが、完全に『頼れる姉御』を見るような尊敬の眼差しを俺に向けてくる。
そして、背中に隠れていたクロエがぱぁっと顔を輝かせ、俺の手を両手でぎゅっと握りしめた。
「流石はルシエルお姉さまです! あんなに胸のすくような言い返しできるなんて!」
尊敬と好感度が限界突破した、純度百パーセントのキラキラとした瞳。
――さすルシ! いただきました!!
俺は内心でガッツポーズを決めた。
『流石はルシエルお姉さま(さすルシ)』。陰湿なマウント合戦の不快感を一瞬にして洗い流してくれる、なんという極上の清涼感だろうか。
可愛い妹分たちからの賞賛を全身に浴びながら、俺は「ふふっ、これくらい造作もないことですわ」と、帝国社交界におけるエドワード派の新たな『最強の盾』として、胸を張って微笑むのだった。




