第十五話:強敵(友)
王宮の歴史的建造物(巨木)と、俺の愛するスローライフ環境を守るため。
俺は宰相ボルマンを「陛下のメンタルケアと、今後の両国関係を左右する極めて重要なトップ会談ですわ」と強引に説き伏せ、異例中の異例として、国王であるアルフを伴って再びルビコン領へと赴いた。
一国の王が易々と国境(厳密には緩衝地帯だが)に足を運ぶなど、本来ならあり得ない強行軍である。だが、背に腹は代えられない。あのままでは王宮の森が全てアルフの木剣の素振りによって砂漠化してしまう。
長旅の疲労など微塵も感じさせず、ルビコンの駐屯地に到着するなり、俺たちは真っ直ぐに訓練場へと向かった。
そこには、知らせを受けて再度ルビコン領にて待機していたエドワードの姿があった。
「……君が、エルネア王国の若き王。アルフ陛下だね」
「お初にお目にかかります。グランツェル帝国第三皇子、エドワード殿下」
訓練場の乾いた土の上。十四歳の皇子と、十二歳の若き王が対峙する。
アルフの全身からは、姉を奪おうとする男に対する極めて純度の高い殺気が立ち上っていた。対するエドワードは、怯えるどころか、強者との立ち合いを前にして歓喜に打ち震える武芸者の顔になっている。
無用な政治的挨拶はいらない。言葉よりも、剣で語り合う方が早い人種だ。
「ルールは一本先取。どちらかの木剣が弾かれるか、寸止めで決着としますわ」
俺が審判として手を高く上げ、静かに振り下ろした。
その瞬間、二人の少年が弾かれたように地を蹴った。
踏み込みの速度は、完全に互角。
エドワードは俺たちが合宿で叩き込んだ『縮撃』のステップを完全に我が物にしていた。対するアルフもまた、幼い頃から俺とガルドが鍛え上げた王家秘伝の体術で距離を潰す。
二振りの木剣が交錯し、空気が爆発したかのような重い衝撃波が訓練場に吹き荒れた。
速い。そして、重い。
あの鋼の巨木を内部から破壊し尽くしたアルフの魔力を乗せた必殺の重撃。普通なら木剣ごと腕をへし折られてもおかしくないその一撃を、エドワードはガルド直伝の剛剣の理合で完璧に受け流し、即座に鋭いカウンターへと転じる。
アルフが身を沈めてそれを躱し、下段からの蹴り上げでエドワードの体勢を崩しにかかる。だが、エドワードもまた俺の足捌きを真似て空中で身を捻り、剣の柄でアルフの追撃を封殺した。
一進一退。息もつかせぬ高度な剣戟。
十二歳と十四歳という年齢が信じられないほどの、完成された武芸者同士の激突だった。
最初は明確な殺意と敵意をむき出しにしていたアルフの瞳から、少しずつ昏い感情が削ぎ落とされていく。代わりに宿ったのは、己の全力の剣に完璧に応えてくれる、同年代の好敵手を見つけた純粋な歓喜だった。
エドワードもまた、汗を散らしながら、満面の笑みを浮かべて剣を振るっている。
俺は訓練場の隅で、その光景を静かに見守っていた。
……なんだこれ。ドロドロの愛憎劇や政治の裏取引の場だったはずなのに、完全に熱血スポーツ漫画のクライマックスじゃないか。
やがて、限界まで魔力と物理的な負荷をかけられ続けた二人の木剣が、同時に悲鳴を上げた。
渾身の力が込められた最後の一撃が交差した瞬間、乾いた破裂音と共に、双方の木剣が粉々に砕け散る。
残された柄を握りしめたまま、二人の少年は互いの喉元に、折れた剣の切っ先を突きつけてピタリと静止した。
完全なる引き分け。
静まり返る訓練場に、二人の荒い息遣いだけが響く。
「……ははっ。すげえや。本気で死ぬかと思った」
「……ええ。あなたこそ。帝国の皇子などと侮っていましたが、見事な剣でした」
エドワードが先に木剣の柄を投げ捨てて笑い出すと、アルフもまた、毒気をすっかり抜かれたような、年相応の爽やかな笑みを浮かべた。
二人はそのまま、泥だらけの土の上にどっかりと座り込む。
「なあ、アルフ。お前、最高に強いな。俺、お前のこと本気で気に入ったよ」
「僕もです、エドワード。姉上が認めた男だけのことはある。……あなたの隣なら、姉上を任せてもいいと、そう思えました」
おいおい、あんなに頑なだったシスコンが、拳(剣)を交えただけであっさり陥落したぞ。
少年たちの純粋な武を通じたコミュニケーション能力、恐るべし。
「俺は上に兄上が二人いるけど、下には誰もいなくてさ。お前みたいな弟ができたら最高だなって思ってたんだ。……なあ、アルフ。俺と義兄弟の契りを結んでくれないか?」
「義兄弟……。いいでしょう。剣の腕は互角ですが、年齢はあなたの方が上だ。エドワード義兄上、とお呼びしても?」
「ああ! よろしくな、アルフ!」
泥だらけの二人が、夕日を背にして熱く固い握手を交わす。
そこには、国境も立場も超えた、真の漢と漢の友情が確かに芽生えていた。
……いや、ちょっと待て。
俺の前世の社畜センサーが、何か致命的なバグを検知している。
エドワードが俺の夫(予定)になり、そのエドワードとアルフが義兄弟の契りを結んだ。
そこまではいい。チームビルディング(顔合わせ)としては百点満点の大成功だ。
だが、この眩しすぎる青春の一ページにおいて、俺の立ち位置は完全に「主人公たちの熱い友情を見守るマネージャー(あるいはモブ)」になっていないか?
俺が主役の政略結婚プロジェクトのはずなのに、なぜか俺抜きで最高にエモい絆が完成している。
「……まあ、結果オーライ、ですわね」
俺はそっと扇子で口元を隠し、平和的解決をもたらした筋肉と剣の偉大さに、深く感謝の祈りを捧げるのだった。




