第十四話:帰還報告と、枯れ果てた王宮の天然記念物
予定を大幅に超過したルビコン領での「一次面接」兼「合同研修」を終え、俺たちは無事に王都へと帰還した。
長旅の埃を払う間もなく、俺はガルド将軍とクラウス大佐を引き連れて、国王の執務室へと向かった。待ち構えていたアルフと宰相ボルマンに対し、面接の結果を報告するためだ。
「……というわけで。エドワード殿下は、非常に素直で優秀な御仁でしたわ。わたくしとしては、この縁談、前向きに進めてよろしいかと存じます」
俺が穏やかな微笑みと共にそう締めくくると、隣に立つガルドとクラウスも深く頷いた。
「左様ですな。帝国の人間とはいえ、あの剣に向けた真っ直ぐな姿勢と根性。上に立つ者として、申し分のない器にございました」
「戦術の理解度も驚異的でした。彼が味方陣営に加わることは、我が国の将来において極めて有益な投資となるでしょう」
武力の最高峰と知略の最高峰による、これ以上ない太鼓判である。
報告を聞き終えたボルマンは、心底安堵したように深く息を吐き、目頭をハンカチで押さえた。俺たちが面接官を物理的に叩き斬って全面戦争の火蓋を切るのではないかと、本国で生きた心地がしていなかったのだろう。
これで役員会議の稟議は通った。あとは、最終決裁者であるアルフの承認を得るだけだ。
俺は、執務机の向こうで静かに話を聞いていた銀髪の弟を見つめた。
直前まで、帝国の使者を斬り捨てると息巻いていた超過激派のシスコン王である。どんな理不尽な反論が飛び出すか、あるいは魔力による威圧で部屋の窓ガラスが割れるかと、俺は内心で防御の構えをとっていた。
だが、アルフの反応は、予想に反してひどく静かなものだった。
「……そうですか。姉上がご自身で判断し、ガルド将軍やクラウス大佐までもがそこまで高く評価するのなら。僕からこれ以上、申し上げることはありません」
アルフは涼やかなエメラルドの瞳を細め、完璧な、絵に描いたような美しい微笑みを浮かべた。
「エルネアの王として、帝国との平和な結びつきを歓迎します。姉上、素晴らしい婚約者の決定、おめでとうございます」
あまりにも物分かりが良すぎる。
ボルマンは「おお、ついに陛下も国益というものを理解なされたか」と感動に震えているが、俺の長年培ってきた危機察知センサーは、けたたましく警鐘を鳴らしていた。
嘘だろ! この子がこんなに素直に納得するわけがない。
表面上は完璧な王を演じているが、絶対に裏で途方もないほどドス黒い感情を溜め込んでいる。これは嵐の前の静けさだ。不満を抱えた社員が、ある日突然とんでもない特大の不祥事を引き起こす、あの最悪のパターンの匂いがする。
俺の不吉な予感は、数日後の早朝、最悪の形で実証されることになった。
「きえぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
夜明け前の王宮の中庭に、鼓膜を裂くような、獣の咆哮にも似た裂帛の叫び声が響き渡った。
空気を叩き割るような凄まじい打撃音が連続して轟く。
俺は慌ててベッドから跳ね起き、ナイトガウンを羽織って窓から中庭を見下ろした。
薄暗い庭の真ん中で、アルフが鬼気迫る形相で木剣を振るっていた。
彼が打ち据えているのは、王宮のシンボルでもあり、樹齢三百年を超える巨木『黒鋼樫』だ。その名の通り、鋼の斧すら弾き返すという途方もない硬度を誇る天然記念物である。
アルフはその巨木の太い幹に向かって、上段から斜め下へと、袈裟斬りの軌道でひたすらに木剣を叩きつけていた。
一撃ごとに放たれる、狂気を孕んだ独特の甲高い叫び声。それは前世の記憶にある、初太刀に全てを懸ける実戦剣術『示現流』の猿叫そのものだった。
表向きは『国王の朝の鍛錬』である。だが、その打撃に込められた殺気と重さは尋常ではない。木剣の軌道の先、黒鋼樫の幹の表面に、見知らぬ帝国の第三皇子の顔を思い浮かべているのは明白だった。
姉を奪い、自分にとって義兄になるかもしれない男の頭を、脳内仮想空間で物理的に叩き割っているのだ。完全にサイコパスの所業である。
さすがに数日で気が済むだろうと高を括っていた俺だが、それは甘すぎた。
アルフの異常な『木打ち』の特訓は、雨の日も風の日も、止まることなく毎日続いた。
そして、季節が巡り、夏に入ろうとする頃。
いつものように中庭を見下ろした俺は、思わず持っていたティーカップを取り落としそうになった。
初夏だというのに、中庭にそびえ立つ黒鋼樫の巨木から、青々とした葉が全て抜け落ちていたのだ。
表面の樹皮こそ無事に見えるが、その内側は完全に死に絶えている。アルフが毎朝の鍛錬で無意識のうちに木剣に乗せていた魔力が、俺の教えた『縮撃』の要領で内部へと浸透し、三百年の寿命を誇る鋼の巨木の細胞を内側から完全に破壊し尽くしてしまったのだ。
うわぁぁぁ! 王宮の歴史的文化財が枯死してる!
俺は頭を抱え、内心で絶叫した。このまま放置すれば、あの子の溜め込んだストレスと魔力によって、王宮の森が全て更地にされてしまう。景観維持の予算が吹き飛ぶどころの騒ぎではない。
これ以上のメンタルヘルスの悪化は、組織運営において致命的なリスクだ。早急なガス抜きが必要不可欠である。
しかし、どうやってあの極度のシスコン王を宥めるべきか。
俺は枯れ果てた巨木を見つめながら、必死に解決策を模索する。
待てよ。エドワードも根っからの剣術バカで強者との手合わせに目を輝かせる男だった。そしてアルフもまた、姉への執着を差し引けば、純粋に武の頂を求める剣士である。
言葉で説得しようとするからこじれるのだ。あの手のタイプは、拳や剣を交えさせた方がよほど早く相互理解に到達するのではないか。
ならば、引き合わせるしかない。
互いの実力をその身で知らしめ、スポーツマンシップに則ったコミュニケーションを図らせる。これぞ、最強のチームビルディングだ。
「……アルフに、お茶の誘いを出しなさいな。少し、顔合わせの相談がございますわ」
俺は控えていた侍女にそう命じ、優雅に扇子を広げた。
婚約者と、それを殺そうと目論む弟。この劇薬のような二人の顔合わせイベント第二弾を、俺の手で完璧にプロデュースしてやろうじゃないか。




