第十三話:一次面接のち、予定外の長期合同研修
軍服の襟首を掴み上げられ、宙に浮いたままの帝国の第三皇子エドワードは、俺の顔を食い入るように見つめ、目をキラキラと輝かせていた。
……えっと。これはどういう状況だ?
クレーム対応のつもりで全力のドスを効かせて凄んだのに、相手は全く怯えていない。
「なあ、今のステップどうやったんだ!? 魔力の流れが全く読めなかった! あの重い蹴りも、どうやってあんな威力を……!」
食い気味に問い詰めてくるエドワード。
俺は心底困惑しつつも、クライアントからの熱心な質問には律儀に答えてしまうのが、前世から染み付いた悲しい職業病というやつだ。俺は静かに彼を床に下ろしてやり、優雅な王女の顔を取り繕いながら口を開いた。
「……あれは『縮撃』という技法の応用ですわ。魔力を足裏の接地面に極限まで圧縮し、爆発的な推進力を生み出すのです。蹴りは遠心力に魔力による質量増加を掛け合わせて……」
「すっげえ! 俺にもできるかな!? なあ、教えてくれよ!」
「は、はあ。理屈さえ分かれば、殿下の身体能力ならいずれは可能かと存じますが……」
俺が思わず後ずさるほどの熱量だ。
一方、エドワードの護衛の騎士たちは剣を半分抜いたまま、完全にフリーズしていた。
自国の皇子が仮想敵国の姫君に蹴り飛ばされ、首根っこを掴まれたというのに、当の皇子が満面の笑みで教えを乞うているのだ。止めるべきか、見守るべきか。彼らの顔には「皇子殿下がご満悦なら、俺たちが口出しするのは野暮……なのか?」という深い困惑と諦めがくっきりと浮かんでいた。
俺も彼らに同情する。トップの突拍子もない奇行に振り回される現場の苦労は、痛いほどよく分かるからな。
かくして、一触即発だったはずの一次面接は、なぜか熱血武術交流会へとスライドした。
そして、予定していたルビコン領での滞在スケジュールは大幅に延長されることになった。
理由は単純である。エドワードが俺たちから直接、武芸と戦術の指導を受けることになったからだ。
「甘いですわ! 踏み込みが半歩足りておりません!」
「はいっ、ルシエル姉!」
早朝。ルビコン領の駐屯地に併設された訓練場には、木剣の打ち合う乾いた音と俺の叱咤が響き渡っている。
俺の容赦ない蹴りや足払いを木剣で辛うじて防ぎ、何度も泥まみれになりながらもエドワードは食らいついてくる。いつの間にか俺のことを『ルシエル姉』呼ばわりだ。
だが、この少年の吸収力と根性は本物だった。どれだけ厳しく肉体を追い込み、理不尽とも思えるスパルタ研修を課しても、決して弱音を吐かず、スポンジのように技術を吸収していく。
重心の移動、魔力の制御、相手の視線を誘導するフェイント。俺が教えたことを翌日には形にして見せるその才能は、教える側としてはこの上なく楽しい。
素直で努力家。おまけに顔もいい。この優良物件と本当に結婚するなら、案外悪くない選択かもしれない……。俺の損得勘定に、ごく自然とそんなポジティブな評価が加わり始めていた。
そして、エドワードの才能と人柄に惚れ込んだのは俺だけではない。
「馬鹿者ォ! 剣は手先で振るうな、丹田から力を伝えよ! 帝国の剣術はそんなに軽いのか!」
「申し訳ありません、師匠! もう一本、お願いします!」
老将軍ガルドである。
最初は遺恨ある国の皇子として油断なく警戒し、「帝国の青二才に本物の剣というものを叩き込んでやる」と意気込んでいたガルドだが、あまりにもまっすぐに剣の道を求める少年の姿に、かつての武人の血が完全に沸騰してしまったらしい。
今やエドワードから「師匠」と慕われ、才能溢れる孫を可愛がるお爺ちゃんのように、嬉々として王国に伝わる剛剣の技を叩き込んでいる。厳しい檄を飛ばしながらも、その目尻は完全に下がっていた。
さらには、少し離れた日陰で「いやはや、微笑ましい光景ですな」と高みの見物を決め込んでいたクラウスまで、いつの間にか巻き込まれていた。
休憩時間、息を切らすエドワードが水筒を片手に、何気なくクラウスに問いかけたのだ。
「あのさ、五年前のアムール峡谷での戦い。……軍学校の講義じゃ、突出しすぎたことが原因であるって教わったんだ。それは正しいと思うけど、突出しすぎた理由についてが曖昧なんだ。軍功に焦るとか、餌に釣られたとかは分かるけど、それだけが理由なのか……。本当はどうしてだと思う?」
すでに帝国本国でも研究され尽くしているであろう戦史。だが、用意された模範解答に満足しない純粋な探求心。その問いに、クラウスの理知的な琥珀色の瞳が怪しく光った。
「……帝国軍が己の『衝撃力』を過信し過ぎていたのが原因です、殿下」
「衝撃力?」
「ええ。無論、ルシエル殿下の圧倒的な指導の賜物が、我がエルネアに勝利を呼び込んだ直接的な要因です。ですが裏を返せば、当時の帝国の軍略は、相手の指導者の才覚次第で容易に跳ね返せる程度の『砂上の楼閣』に過ぎなかったということ。大軍の勢いだけで押し切れるとタカを括っていたのです」
「なるほど……勢いを殺された瞬間に、戦術の底の浅さが露呈したってことか」
「その通りです。進軍とは、ただ前進するだけではありません。その場に応じた地形の制約、気象条件、自軍と敵軍の心理状態などを総合的に勘案し……さあ、こちらの地図で図上演習と参りましょうか。本物の『戦術』というものを基礎から叩き込みます」
剣術だけでなく、兵学の才も秘めていたエドワード。クラウスは自らを「先生」と慕う少年相手に、水を得た魚のように軍略を講義し始めている。
いずれは敵対するかもしれない大国の皇子に、なぜ我が国の最高機密に近い軍略の思考法を教えているのだと突っ込みたくなるが、クラウスの顔もまた、自らの知識をスポンジのように吸収していく優秀な教え子を持った喜びに満ちていた。
気がつけば、俺たちエルネア王国の面接官(過激派)たちは、グランツェル帝国の第三皇子をガチで気に入り、総出で彼を鍛え上げていた。
敵国の皇子という警戒感はどこへやら。昼は泥だらけになって武芸を磨き、夜は戦術論で花を咲かせるという、完全に部活の夏合宿状態である。
帝国の騎士たちも、最初はハラハラしていたが、今では訓練場の隅で大人しく見学し、「うちの殿下、なんだか見違えるほど逞しくなられたな……」と目を細めている始末だ。
アルフ、ごめんな。お姉ちゃん、この出向先(嫁ぎ先)なら、結構楽しくやっていけそうな気がしてきたよ。
俺は青空の下、ガルドの木剣を必死に弾き返し、泥だらけになって笑う少年の姿を見つめながら、今後のスローライフに少しだけ希望の光を見出していた。




