第十二話:一次面接で面接官を物理粉砕した結果
完全に、抜刀の体勢だった。
前傾姿勢、筋肉の連動、研ぎ澄まされた視線。エドワードの身体からは、一瞬の後には間違いなく鋭利な白刃が抜かれるという明確なシグナルが発せられていた。
普通なら、ここで悲鳴を上げるか、腰を抜かすか、あるいは護衛に助けを求める場面だろう。実際、背後に控えるガルドとクラウスからは、即座にこの不遜な皇子の首を刎ね飛ばさんばかりの凄まじい殺気が膨れ上がっていた。
だが、俺の内心を占めていたのは、恐怖でも焦りでもなかった。
うおぉぉっ! 生だ! 本物の抜刀術の予備動作だ! しかもこれは帝国式剣術か!?
前世の俺は、画面の向こうで繰り広げられる格闘技や古武術の動画を、夜な夜な酒のツマミにして熱狂するただの『格闘技マニア』だった。
しかし今世は違う。魔力という超常のエネルギーがあり、それを身体強化に回せば、女の細腕でも巨漢をぶっ飛ばせるファンタジー世界。さらに俺の父親は熊を素手で絞め殺すステゴロの達人であり、三人の兄たちは剣、槍、斧を極めた筋金入りの戦闘狂だったのだ。
そんな最強の環境で、前世の夢を叶えたいと目を輝かせた幼女(俺)が、「お父様、お兄様、わたくしにも武芸を教えて!」とおねだりした結果。
彼らは狂喜乱舞し、極度のシスコンへとメガ進化を遂げ、俺に王家秘伝のありとあらゆる戦闘技術を嬉々として叩き込んでくれた。俺のスローライフとは、優雅なお茶会などではない。血と汗と魔力が飛び交う、最高にエキサイティングな『武道三昧』のことであった。
俺の目は、エドワードの筋肉の僅かな収縮から、彼が本気で斬りかかってくる気はなく、寸止めで俺の胆力を試そうとしているという甘い目論見を完璧に見切っていた。
ならば、教えてやろう。面接官の不用意な圧迫面接(物理)が、どれほどのしっぺ返しを食らうのかを。
俺は魔力を瞬時に練り上げ、床を蹴った。
アルフに教えた高等技術『縮撃』の応用。一切の予備動作を排したステップで、抜刀されるより早くエドワードの懐へと入り込む。
そして、豪奢なドレスの裾を翻し、鞘から半分ほど引き抜かれようとしていた剣の柄を、ピンヒールで上から力任せに踏みつけ、硬質な音と共に鞘の奥底へと封殺した。
「なっ!?」
エドワードの驚愕の声が漏れる。だが、俺のコンボは終わらない。
柄を踏みつけた脚を軸にして、宙へと身を翻す。独楽のように空中で身体を旋回させ、遠心力を乗せたもう片方の脚を、エドワードの肩口へとしたたかに叩き込んだ。
肉と骨が軋む、重く鈍い衝撃音が室内に響き渡る。
十四歳の皇子の身体は、まるで弾き飛ばされたボールのように宙を舞い、応接室の高級な壁紙に激突して力なく崩れ落ちた。
俺はふわりと宙を舞い、何事もなかったかのように優雅に着地すると、少しだけ乱れたドレスの皺をパンパンと手で払う。
静寂。
応接室にいた帝国の騎士たちは、か弱い美少女の姫君が、突如としてアクロバティックな飛び蹴りで皇子を粉砕したという現実を理解できず、完全に呆然と立ち尽くしていた。
一方、背後のガルドとクラウスは、微動だにせず平然とその場を見据えている。うちの姫様はあの脳筋一家の最高傑作だからな、とでも言いたげな、底知れぬ信頼とドヤ顔を浮かべて。
「……き、貴様ァァッ! 殿下に何たる狼藉を!!」
数秒の硬直の後、ようやく我に返ったエドワードの護衛の騎士たちが、血相を変えて剣を抜こうとした。
俺は営業スマイルを完全に捨て去り、ゆっくりと彼らを振り返った。
その瞬間、俺の全身から、先ほどのガルドたちをも凌駕する、底冷えするような圧倒的な殺気を解き放つ。
「抜いたら殺す。おいたを許すのは一回限りだ」
王女としての優雅な声ではない。低く、ドスを効かせた、素の男としての人格が乗った絶対零度の警告。
俺の放った凄まじいプレッシャーに当てられ、騎士たちの手が剣の柄に掛かったまま、完全に金縛りにあったようにピタリと止まった。
「私はお前たちを殺せるぞ? 私がか弱い王女とでも思ったか? 我が父である先代王と、兄上たちから手ほどきを受けた武芸者だ。エルネア王国は武門の国……戦争では帝国に劣るかもしれないが、この狭い部屋で、お前たちを殺すことなど造作もない」
事実だ。魔法による大規模戦闘ならいざ知らず、この間合いの室内戦において、ステゴロを極めた俺に勝てる人間などそうはいない。
俺は凍りつく騎士たちを一瞥すると、壁際でうずくまっているエドワードの元へと歩み寄った。
そして、まだ痛みに顔を歪めている彼の軍服の襟首をガシッと掴むと、魔力による身体強化を使って、腕力だけで軽々とその身体を宙に持ち上げた。
おいコラ、面接官が手を出すとは良い度胸だな。労基に駆け込んで損害賠償請求してやろうか、あぁ?
そんなクレームを叩きつけてやろうと、俺が冷たく見下ろした、その時だった。
「……すげえ。アンタ、本物だ……!」
持ち上げられたエドワードは、恐怖するどころか、顔を真っ赤に紅潮させ、俺を食い入るように見つめていた。
その碧眼は、まるで憧れのヒーローに出会った少年のような、あるいは理想の剣を見つけた剣術マニア特有の、キラキラとした熱を帯びている。
……あれ?
なんかこのクライアント、変なスイッチ入っちゃってない?
予想外のリアクションに、俺の前世の社畜センサーが、全く別の意味で激しいアラートを鳴らし始めていた。




