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「お前達はここで待っていろ」
目元以外を朽ちた布で覆い、物陰から一歩、踏み出す。
「はっ!?」こちらに驚き、すぐさまタクトを向けてくるマーラという獣人の女。予期せぬ存在に息をのんでいるかのように表情は強張っている。平穏を装う仮面と、内側に秘めた警戒心が見て取れる。本当にこちらに気づいていなかったのだな。少し距離を保ち、立ち止まる。
「こんな所に何の用だ?」
「ここは私の散歩コースなの。あなたはどうして?」
「観光だ。丁度終わって出口を探していてな。出口を知らないか?」
「さあ知らない」
「お前とドワーフの会話は聞いていた」
「私に案内して欲しいわけ?」
「いいや。まずはそれを下げて欲しい」人差し指と親指を立て、人差し指で地面を2度指す。
「フッ、面白い♪ 骨がジョークを言うなんて」こちらに身構えたまま俺を睨み付け、その実、微動だにしない。
降参の合図のように両手を広げる。
「こちらには戦う気がない。ただここから出たいだけだ」
「そう。なら私に両手を見せたまま、反対側を通って」マーラの荒い息遣いが、静寂を切り裂く魔法のように空間を震わせる。緊張に細波立つその呼吸は、恐れというより闘志を滾らせる音のようだ。反対側へ向かうとマーラもゆっくりと間合いを保っまま、互いに通り過ぎる。丁度中央。
「分かっているさ。互いに願いが同じでも、衝突を避けるのは難しい。ここへ来た目的は?」
「骨には関係ない」互いに無事、前進した。
「それはどうかな。何事も聞いてみなくては分からんだろう?」
「財宝目当てじゃないのは確かよ。ただ真実を知りたいだけってところかしら」
「ここにはないだろう。真実なんて、たいてい死体より臭うからな。この奥には何もなかったぞ。Gスパイダーはいたが。他にもいるとして、お前に対処できるのか?」
「初対面の相手を心配して回るのが趣味なのようね」
「奴らは群れる。巣は遺跡中にあるんだ。お前の血で集まられては困るからな。1人で行くのは危険だぞ」
「話が長すぎて、今の会話がいつ始まったのか、もう思い出せないんだけど。もしかしてここって死後の世界?ねえ、いつまでこうして、あなたのお喋りに付き合えばいいわけ?」
「狙いは死霊術の類いだろう」
「はぁ…あなたも?」けだるそうに話す。
「どうだろうな」
言葉が尽きた場所で、互いの心が言葉のない対話を奏で始めた。少しの沈黙の後。
「だったら私達、敵同士かもね」
笑顔を浮かべるマーラは言い終えるより先にタクトからこちらへ魔法を放った。タクトから放たれた薄い緑色の魔法の奔流が胴体へ命中した。
魔法を吸収する。
「ど、どうして効かないの!?」
魔法が命中した場所に手を当てる「それ、壊れてるんじゃないか?」
「あんたが化け物だからでしょ」腰に差してある短剣に手を置くマーラ。
自分より少し強い力を持つ奴をすぐに化け物と呼んで隔離したがる。簡単な話だぞ。俺は生きていないからな。死霊術は効かん。ただそれだけだ。
「なっ!?」
「気は済んで、互いに話は出来そうか? それともこの寂れた遺跡で俺のように骨になりたいのか?」ボロ布を取る。
「ま、まさかリッヂだったの!?」
ああ。
「ぬわんですって!?」力が抜けたようにタクトを下ろすマーラ「ごめんなさい。私は……あー…その〜…死霊術を崇拝するブ、ブラックハンドのメンバーの1人よ」片手を胸に当てるマーラ「名はマーラ。最近殉教騎士に追われて続けていたから…ついかと思って。でも用心する気持ちはあなたでも分かるでしょ?」
「誰にでも事情はあるしな。おい、出てこい」
アンデッド達が姿を見せ、蜘蛛が前方に降りてくる。
「わ〜お」
蜘蛛の顎を撫でる。
「こいつはもう少しでお前を食いかけていたんだぞ」
「正直……いえ、全然気づかなかった。随分と…お仲間が多いのね。あなたはここにずっと身を隠していたわけ?」
「ああ。だがホコリやカビの味にも飽きてきてしまってな。ふと外が恋しくなって、久しぶりに地上に出てみようとな」
「フフ、なるほどね。気持ちは分かる。私達にとっては生き辛い時代だもんね。ここが快適とは思わないけど」
「追手か。お前はアンデッドには見えないが」
「連中にとって崇拝者も同じなの」
「そのお前の言うブラックハンドとやらのメンバーは多いのか?」
「あまり。年々騎士団の締め付けが強くなってきたから。もう殆んど、というか全然見かけない」
「上手く身を隠しているだけだろう」
「楽観的ね」やれやれと両手を。
「さっきのドワーフらもそうなのか?」
「違う。先に言っておくと、ドワーフの国と帝国は無関係に等しいから」
「近くにドワーフの街があるのか?」
「ンフフ、あるわよ。まさか知らなかったの? まあ鉱脈が見つかって、住んで、枯渇したら離れる。という感じだけど、今のところはあるわよね」
「できればそこに案内してもらいたい」
「いいけど、アンデッドは街に入れないと思う」
「何とかするさ。まずはここの出口だな」
「待って、案内してあげたいところだけど、私はここに探し物があってわざわざ遠くから来たの。だから手ぶらじゃ帰れない」
「構わないが、奥には本当に何もなかったぞ。お前は一体何を探している?」
「一言では言えない物よ」
マーラが遺跡の奥へ向かっていく。
マーラを静かに見つめるイエナ。
「知り合いなのか?」
「いいえ…。でも蜘蛛に襲われないか心配で」
「大丈夫だろう。俺達を恐れてすらいなかった」
「あの…障壁があった壁の事は?」
「そうだな。少し会話には語弊があったかもしれん。だが大した事じゃない。お互い様だ」
イエナが困惑した表情で見つめてくる「マーラは信用できますか?」
「信用できるかどうか判断するのはまだ早い。だが少なくとも、悪意はないだろう」
「そうですか…」
「問題はあの女ではなく、出口の方だ」
「出口ですか?」
「ああ、ユースティティアのにおいがする」
「先に行きますか?」
「何ぜだ?」
「その…偵察をした方が良いかと思いまして……」
「ああ、だが必要ない。お前は生前なにをしていたんだ? 当然兵士には見えないな。狩人か?」
「……ドルイドです」
「ほお、経緯は?」
「語る程ではないです」
「興味があるんだ。是非聞かせてくれ」
「その…私はウッドエルフでした。ウッドエルフは未だに慣習が根強く残っていて、両親もドルイドだったんです。それで、2人は熱心にディアーナを信奉していました。なので、そんな2人の子だった私は必然的にドルイドになったんです」
「その口振りだと、ドルイドになりたくなかったように聞こえるな」
「別に嫌ではなかったんです。ただ性格が両親に似ていたので。でも…自分の人生は自分で決めたかったのが本心です」肩をすくめるイエナ「今となってはそれがずっと心残りで」
「2人は元気なのか?」
思い詰めた表情で息を吐くイエナ「いいえ。もういません」
「気分を害してしまったな」
「いえ平気です。もう…昔の事なので」
「2人の元に行きたかったんじゃないのか?」
「それは…そうです。でも、まだこの世界で生きたいんです。あなたは私に機会を与えてくれました。今はそれに感謝しています」
「それはそれは。喜んでもらえてなにより」
「その…良ければ聞かせてもらえませんか? あなたの過去も」
「別に構わないんだが。残念ながら何も覚えてないんだ」
「名前もですか?」
「ああ」
「それは…辛いですね」
「いや、そうでもない」
「どうしてです? 私だったら自分が誰か分からないなんて、耐えられないです」
「過去に興味はないからだ」
「少しも気にならないんですか?」
「今のところはな」




