3
こいつらには意思がないのか。言葉を紡ぐ魂は乾ききり、感情という熱を失った骨達は、ただ無機質なキャビテーションを繰り返す器のようだ。
本当にただ喋れないだけか。再び魂によぎる。意思を喪失している。心を持たぬただの骨の器に成り果てている。
この感覚はさっきの奇妙な力と似ているな。掌を見つめ開閉を繰り返す。
ふむ。思考の淵に浸る。あの解き放った力でこいつらを蘇らせたのかもしれない。だとすれば、ひとまずは辻褄が合うか。
ヴォイドの呼び声。相変わらず知識が自然とよぎっていく。少しずつ記憶を取り戻している証拠かもしれない。
記憶の深淵は見事に空になっている。だが失った記憶は自身に関する記憶ばかり。幸い世界は記憶と遜色なく同じ景色を映し出している。根本的な知識などは基本的に問題ないようだ。
ならば状況はかなりまずいかもしれない。であると仮定した場合、なぜ知識まで奪わなかったんだ。利用価値があると思ったのか。
ただの考えすぎか。思考の深淵が眠りの深さに溺れているのか。それとも、長い夢がまだ俺の現実を侵食しているのか。どちらにせよ、今はこの霧の中から出ねばならん。憶測で考えていても仕方がないか。
答えが欲しい。
スケルトン達を見る。
状況の真相はまったく掴めそうにないが、こいつらは現状力強い味方だ。
今はとにかく出口を目指し先へ進むしかないのか。
前進する前にいくつか魔法を試す。
これも駄目か。どれも上手くいかないな。だが死霊術だけは思った以上に洗練されている。それに死霊術の知識だけは驚くほど思考を埋め尽くしていくほどに浮かんでくる。目覚めた時よりも活力が戻ってきている気がする。
「スケルトン1、スケルトン2。お前達は入口を見張れ」2体のスケルトンはキャビテーションを立てながら入口に向かう「スケルトン3、スケルトン4、スケルトン5。お前達は周囲に使える装備がないか探せ」命令通り周囲に広がっていく。「スケルトン6、スケルトン7。お前達は周囲を警戒していろ」
蜘蛛と周囲の繭の死体で少し死霊術を試してみるか。
横たわった蜘蛛の頭をそっと撫でる。
右手に力を込め魔力を集中させる。
目覚めた直後とは異なり、自身の両目と右手に宿る、脈打つような魔力。
まるで天の呼吸のように、何かから力を得ているようだった。
しかしなんて心地良いんだ。この感覚は随分と懐かしささえも感じる。記憶の奥底に眠っていた何かが、目覚めようとしているのかもしれない。
魂の深淵からじわじわと活性化していくのを強く感じる。目の前が緑色の視界に覆われ、右手も緑色に光る。ヴォイドの囁きを解き放つ。
生気の失われていた蜘蛛の8つの目に緑色の光が灯すように宿っていく。
蜘蛛は特有の音を立てながら、傷だらけの巨体を足で支え、立ち上がる。蜘蛛の緑色に光する8つの目が、こちらをじっと見つめてくる。
「気分はどうだ?」
巨大な顎をケルベロスのそれのように撫でる。腐敗した八つの瞳が、従順な狂気を湛えて細められた。この世の何よりも無垢な殺意。実に愛らしいじゃないか。
「お前は一先ず入り口を見張っておけ」蜘蛛は黄色い血を流しながら入り口へ向かっていく。ふむ、大丈夫だろうか。
銀色に光る強靭な糸が天井から床へと幾重にも張り巡らされている。巨大蜘蛛が編み上げた荘厳の墓標「スケルトン6、その繭を開けろ」
スケルトンが蜘蛛の繭を切ると死体がだらりと出てくる。
死体に触れ状態を確認する。
その間もスケルトンが繭を切り、死体がどさり、どさりと地面に落ちていく
。魔物の死体が多いようだな。今日魔物たちは死ぬために繭から生まれてきたらしい。ふむ、種族の死体もそれなりにはあるな。素晴らしい光景だ。だがどれも同じ死に方ばかりで退屈だな。次は少しぐらい違う死に方をしてほしいものだ。
蜘蛛の犠牲者の身体は驚くほど細く、強靭な乳白色の糸に包まれ、その中で筋肉や骨格の輪郭が悲劇的な美しさ醸し出している。美しい光景だ。近くに街や集落でもあるのか。しかし哀れなほど貧相な魂の器ばかりだ。翼ある別の魔物のお溢れを蜘蛛が運んできたということも考えられるが。
まだ試していない死霊術の1つ、死者会話を試すか。リスクはあるが、早めに外の状況把握は済ませておかねば。
死者会話を放つが、案の定ミイラ化した死体が粉々になり塵になる。
所詮は蜘蛛の餌になるような奴だ。生前から脆い奴だったようだが、死してなお変わりないなど切ないな。
骨よりは多少、死霊魔力が残っているだろう。無駄遣いせず、残りはアンデッド化して戦力にしておいた方がいいかもしれん。ひもじく悩ましいな。
手に力を込める。
蜘蛛の時同様ヴォイドの囁きを放つ。
相変わらず心地良い感覚が全身を駆け巡る。
1体のミイラの両目が緑色に光り立ち上がった。他は立ち上がる過程で粉々に崩れ散っていく。なんて脆い連中なんだ。これしきの魔法すら耐えられぬとは。世界は確実に偉大な一歩を踏み出しているようだな。
起き上がった一体のミイラを見る。
「お前はどうだ。話せるのか?」
「…………」
「役立たずめ。俺の言っている事が分かるか?」
「分かる」
おっと、まさか本当に話せるとは。運がいいな。お前の名は?
「イエナ」
ミイラとして痩せ細り、話すのも辛そうな口を必死に開くイエナという哀れなミイラ。いや今はアンデッドのマミーか。
イエナの口からこぼれ落ちたのは、ただの枯れきった声というよりも、薄明の中にある僅かな灯火のようなものだった。今にも世界から掠れ消えそうだ。
「イエナ。お前はどうしてここに?」
静かに首を左右に振るイエナ。その後俯き、何か考えているようだ。
「魔物か?」
首を横に振るイエナ「ドワーフ」
「ほお、ドワーフに殺されたのか?」
イエナは再度首を左右に振る。
「全く覚えていないのか?」
「いいえ。知らない場所で誰かに殺された事だけは」
「そうか。まあ、もう分かってると思うが、お前は一度死んだ。ミイラ化したお前をアンデッドのマミーとして俺が蘇らせたんだ。元の体には戻れないだろう」
「あぁ……」
少しうろたえるイエナ。
「そんなに苦痛か? ならいい方法を知っている。俺の魔法で二度と開けないようにしてやる」
「い、嫌! も、もう死にたくない!」
「よかった。生きてる証拠だ。もし苦痛が完全に消えたのなら、それはもう生きる価値すらないという事だからな」
「お、お願いします。見逃がして下さい」
「錯乱するな。少し落ち着け。望まぬなら手出しはしない。俺はそんな暇もないからな」
「あ、ありがとうございます」
「礼を言うのは早い。俺の従属として仕える事になるんだぞ。それが一種の代償だ。受け入れるか?」
「は、はい。死ぬよりは」
「よし。では俺の友人達を紹介しておこう。こいつらは無口なスケルトンだ。名もなし、それと俺みたいに詮索好きじゃないからな。お前とも上手くやれるだろう」
「は、はい…」
「涙を堪えろよ。こいつらには意思がほぼない。あぁ、向こうの蜘蛛はお前をミイラにした奴だ。干からびたのは奴のせいだが、お前がこうして状態良くアンデッドでも話せるのは奴のおかげだ。感謝しておけ。奴がお前を丁寧に干物にしてくれたおかげで、今のその饒舌な口があるんだからな』。震えるイエナの肩を、俺は剥き出しの指骨で優しく叩いた。もちろん、冗談だ。死者に涙を流す機能がないことくらい、俺は知っている」
「分かりました」
顔でイエナに示す。
「向こうで装備を探しているスケルトン達がいる。手伝うんだ」
静かに数回頷き、向かうイエナ。
残りのミイラ化した魔物。こいつは元が分からんな。
ヴォイドの囁きを放つが立ち上がると同時にすぐに塵と化した。
期待外れだ。偉大な一歩を踏み出すには、この器はあまりに脆すぎたらしい。……おっと、この塵(かつての誰か)の中にも、唯一腐らない価値が眠っていたか。俺は崩れた灰の中から、数枚の硬貨と宝石を無造作に摘み上げた。




