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墓地の最奥、生者の喧騒が遠のく崖際へと上がれば、そこには背の高い木々が列をなし、外界の視線を遮る緑の帳となっていた。
その中心、たった一つ置かれた木のベンチに、ジャスミンは当然の権利のように鎮座していた。眼下には、手入れの行き届いた墓石が整然と並ぶ、穢れた「希望の再会」を一望できる。
「私はいつも、ここで日光浴を楽しんでいるのよ」
「ふむ。死体を上から品定めできるとは、悪くない特等席だな。……それで、わざわざ俺を呼び出した『女王陛下』の頼みとは?」
「あの子よ」
ジャスミンの視線の先には、先程の少女、ケリーがいた。
「死霊術を玩具にしている、あの子供か」
「あの子はケリーよ。さっき話しているのが見えたけれど、あなた、どうして本当のことを教えてあげなかったの?」
「『お前の術は、死体にごみ袋を被せる程度の価値もない』とでも言えば良かったか? 到底、聞く耳を持つとは思えん」
「でも、あのまま自分の魔力に焼かれて死ぬのは、あまりに無様だわ」
「その言葉は、死者にこそ適切だと思うが。……まあ、俺の知ったことではない」
ジャスミンは尾を優雅に揺らし、琥珀色の瞳を細めた。
「あなたは望んで、あるいは納得してその姿になった。でも、あの子は選択肢を持たないまま、内側から腐り始めようとしている。あの子はネクロマンサーになりたいだけで、自分自身が墓標を飾る素材になりたいわけじゃないでしょう?」
「……大した違いはない。生きていようが死んでいようが、ヴォイドに奉仕することに変わりはないからな」
「あら、随分な狂信者ね。とにかく、あの子には選択肢を与えるべきよ。……あの子の希望を、あなたの手で叶えてあげて」
「お前はあの子を、本物の人殺し(ネクロマンサー)に仕立て上げたいのか?」
「抑え込んだ欲求は、遅かれ早かれ内側から腐敗して溢れ出すものよ。衛兵のゾーナに心を開かせて、普通の人間の子供らしく生きる道……。それも一つの退屈な正解でしょうね。でも、あの子はもう、誰かの腕の中で守られるより、一人で死を飼い慣らす術を学ぶべきよ」
「それは単なる慈悲か? それとも、己の過去を重ねて感傷に浸っているのか?」
「両方ね。早くに自立することは、悪いことじゃないわ。……ケリーは私に優しくしてくれたの。最初はドルイドかと期待したけれど、いくら話しかけても、撫でたり餌を持ってきたりするだけの、ただの『親切な小娘』だったわ」
「猫の恩返しというわけか。まあ、猫にしては義理堅い」
「そうね。だから望みを叶えてあげたいの。あなたは私より遥かに死の知識に詳しいし、何より、倫理観という名の贅肉が削ぎ落とされている。取引としては悪くないでしょう?」
「いいだろう。お前は面白い奴だしな。お前の提案には乗る。……だが、衛兵と不用な揉め事を起こすのは、今の俺の計画には含まれていなくてな」
「分かっているわ。私がケリーを人気の無い場所へ『誘導』して連れて行くから、そこからはあなたの出番よ」
「待たせるなよ。俺の体はスカスカだが、短気な熱は残ってる」
ジャスミンから場所を聞き、指示された場所へ向かう。
先の方では人だかりができ、香ばしい料理の匂いが風に乗り漂ってくる。
ダークエルフとテグーが軽食を取りながら道の端で立ち話をしている。
通り過ぎる際に聞き取る。
「喋る貝の話は聞いた事ある?」
「いや〜、ないな~。何かの書物の話か?」
「違うわよ。ノクターナルにいた頃、商人が見せてくれたの」
「道化師だったんじゃないのか? あいつらそういうの得意だからな」
「真面目に聞いてよ」
「悪い。それでその後はどうなったんだ」
「実はここからが面白いのよ。その貝ったら……」
道には多くの露店が並び、様々な料理が作られている。
露店の殆どは猫の店主で、猫達が2足で立ち、まな板に置かれた野菜等を器用に包丁で切り、念動を使い、フライパンに調味料を次々と加えていた。
ジャスミンに指示された場所は街の北側付近。北側の端にある古びた宿へ行くために架けられた橋の下だった。
ジャスミンに指示された場所は、街の北端、古びた宿へと繋がる石橋の下だった。
川の流れは穏やかで、水面を跳ねる小魚の影が揺れている。
「おやおや。先客がいたとは驚きだ。それも、見るからに『新鮮さ』に欠ける人間とはな」
現れたのは、銀色の毛並みに模様一つない、一匹の猫だった。
「ここへはよく来るのか?」
「おっと!?」
銀猫は反射的に威嚇のポーズをとったが、すぐに気取った仕草で毛並みを整えた。
「まさか、野良のドルイドだったとはな。この街では絶滅危惧種だろう? 人探しか?」
「そんなところだ。お前は?」
「我か? 我は今日も、美しきジャスミン王女を一目見ようと参じた、気高き巡礼者だ。彼女は午前中に死の庭を愛で、午後はこの川辺で優雅に孤独を嗜む。ああ、なんと罪深く、眩しい美しさか……! おっと、心臓が止まりそうだ!」
「彼女なら知っている」
「だろうとも。彼女はこの街の美しき猫の女王だ。この街の猫は全て、彼女の名を最初に口にするものだ。彼女のあのあまりの美しさにその名を出す事すら躊躇してしまう時もあるのだが。ああなんと罪深いことか。あっ! 苦しい!」
橋の方からジャスミンとケリーの気配を感じる。
魔法で会話を聞き取る。
「ねえジャスミン。どこまで行くの?」
「こっちよ。こっち」
「おお! この気品とセクシーさを掛け合わせた極上の鳴き声は!」
サムと名乗った銀猫は、弾かれたように斜面を駆け上がっていった。
3. 剥がされた皮と、絶望の師弟
「サム!? また待っていたの? しつこい男は毛玉と一緒に吐き出されるわよ」
「当たり前ですとも! 我が魂は、すでに貴女の爪研ぎの一部なのですから! さあ、今宵も貴女のために獲物を!」
「ジャスミンったら~。私にお友達を紹介したかったの~? おいで~、猫ちゃ~ん」
ケリーがサムへ手を伸ばしている。
「シャー!! 気安く触れるな!」
威嚇をしているサム。
「人慣れしてないのかな……」
ケリーは悲しそうに手を戻していた。
「まだ日は高いわ。今は忙しいの。消えてくれる?」
「もちろんですとも! おとなしく貴女を、ああ、永遠に待っております!」
「ごめんねジャスミン。せっかくお友達を紹介してくれたのに。私、嫌われちゃったみたい」
「あれはいいから、こっちへきて」
サムが川下へ去ると、ジャスミンはケリーを連れて川原へと降りてきた。
「連れて来たわよ」
「ジャスミン、まさか追いかけ……え!? あなたはさっきの!? どうしてここに!」
ケリーは即座に身構え、不格好なタクトを俺の方に突きつけた。
「さっきは気付かなかったけれど……あなた、殉教騎士ね! 知ってるわよ! 私を捕まえに来たんでしょ!」
ケリーは迷いなくこちらへ魔法を放ってきた。一見、タクトから放ったように見えたが、実際はタクトを持つケリーの手から放たれていた。
魔法が俺の胸を打つ。だが、騎士の皮がわずかに波打っただけで、俺の骨を揺らすことすらできなかった。
「やればできるじゃないか。しかも膨張とは、驚いた」
「くっ……また不発!? ジャスミン、ここから早く離れて!」
「そう思うか?」
俺は、顔に貼り付けていた「騎士の皮」をゆっくりと剥ぎ取った。
湿った肉が剥がれ、その下から純白の頭蓋が、空虚な眼窩とともに露わになる。
ケリーのタクトが、乾いた音を立てて砂利を跳ねた。
「……リ、リッヂ? 本物?」
「アンデッドに膨張の術は効かん。膨らませる肉は棺桶の中だからな」
呆然と立ち尽くすケリー。彼女は恐怖を通り越し、呪われた「真実」に触れるように、震える指先を俺へと伸ばした。
「……触れない方がいいぞ。腐肉に変わってしまう」
リライト終了。
最新話の執筆へ。
2019年の初ダークファンタジーとしては、上出来でした。




