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「……助けてやってもいい」
「ほ、本当か!?」
モークの瞳に、溺れる者が藁を掴むような、醜くも切実な光が宿った。
「ああ。だが一つ問題がある。……お前を救うのはデーモンではなく、この俺だ。つまり、お前は今後、俺の下につくことになる」
「……! ああ、ああ!! なんでもするさ! あの悪魔を地獄へ送り返してくれるなら、魂ごとあんたにくれてやる!」
「失望させるなよ。……さっそく仕事だ。俺の従属を密かに引き入れるルートと、奴の宮殿の情報を洗え。いいか、慎重にだぞ」
「任せてくれ! ハッハー! あんたのような死神を、俺はずっと待っていたんだ! あー! あんたみたいな奴が現れるのを俺は、俺はずっとな!! ハッハー! それで長年地道に準備しておいた事がある。俺がこの街で初めて……」
モークの歓喜を「無駄話はいい。仕事にかかれ」と冷たく切り捨て、俺は独房のような看守室を共に後にした。
モークとの会談を終え、モークの自室へ戻る。
「ここへ来る時、衛兵が額の烙印の有無を確かめていた。それについて何か知っているか?」
モークはテーブルに散らばった羊皮紙を整理している。
「ああ、もちろん。実は数週間前から烙印連中の活動は耳に入っていたんだ。でも、ほんのここ数日の話しだ。衛兵や旅人、俺の部下と派手にやり合ってな、手当たり次第に次々と見境いなく襲い始めた。昨日は物資の輸送隊が襲撃を受けたと聞いた。衛兵達はそりゃカンカンさ」
「それで?」
「やばいことに、調査に派遣された衛兵が戻ってきていないらしんだ」
「鋼のオートマトン兵がいたはずだ。そう簡単にはやられんだろ」
「それも怪しいんだ。オートマトンは頑丈だが…所詮は機械だ。守る者がいなくなったらなにもしなくなる。命令がなきゃ動けない魂のない機械さ」
「それがここにオートマトンがいない理由か?」
「ハハ、まあそうだな。ガシャガシャ煩いんだ。メンテナンスにも手がかかるしな…。さあもう商品は見ただろ。無駄話しか用がないならさっさと出てってくれ」
「邪魔したな」
再び「騎士の顔」という皮の仮面を貼り付け、隠された岩場から地上へと這い出る。
すると、待っていたと言わんばかりに深紅の霧が渦巻き、アガレスがその端正な、しかし中身の空疎な姿を現した。
「哀れな男だったろう? くだらぬ『愛』という名の幻想に、有限な時間を浪費して」
「お前も随分と暇そうだな。わざわざ俺を出口で待ち伏せるとは」
「ああ、我らのような『時間』という概念を超越した者には、奴らの足掻きは最高の喜劇だ」
アガレスはわざとらしく人差し指を顎に当て、芝居がかった仕草で続ける。
「時間は有限だと悟りながら、彼らができることと言えば……部屋の隅で手を取り合い、己の醜さを慰め合うことぐらいだ。実に滑稽だと思わないか?」
「奴はお前の力に救いを求めたが、最終的にお前の提案を突っぱねた。お前はそれが気に食わず、腹いせに奴の恋人を捕らえ、嫌がらせをしているのか。どっちが滑稽なんだか。それに俺はデーモンのように、他者の苦痛を嗜む趣味はない。お前よりずっとシンプルだ」
「あ~、その枯淡な感覚、ぜひ理解したいものだ。では堪能するがいい、我が街を。また会おう、ヴォイドの使者よ」
赤い霧が晴れた後には、ただ冷たい石畳だけが残されていた。
鼻腔を突く妙な「におい」が漂ってきたのは、その直後だった。
死霊術の残滓。
俺はその不可視の痕跡を辿り、白銀の表通りを外れ……街の隅にある寂れた場所へと辿り着いた。
……墓地か。
手入れの行き届いた墓地には、数人の者達が故人の墓に思いを寄せていた。
各々が愛していたであろう者の亡骸が眠る墓石の前で静かに祈りを捧げ、清掃をし、花を添え、どこか懐かしんでいるようでもあった。
「ようこそ『希望の再会』へ。墓守のスザンカです」
現れたのは、不自然なほどに絶えぬ笑顔を浮かべた人間の老婆だった。
「大層な名前だな」
「おや? この街は初めてでしょうか? この場所は生前の身分に関わらず、誰でも埋葬できるよう、当家が代々受け継いでいる墓地です。そういった希望と心の再会を取り入れ名付けた名です。それで、どなたとの再会をご希望で?」
「古い友人がここにいると聞いてな。見て回ってもいいか?」
「ええ、どうぞ。ごゆっくりしていって下さい」
老婆は終始、仮面を張り付けたような笑顔を崩さぬまま、中央の家へと消えていった。
死霊術の気配は、墓地の奥から濃く漂っている。
両膝を付き、墓に向かって話しているドワーフ。
「今日も君に会いに来たよ。私は君と違って信心深い方じゃなかったが、今は違う。教会に通い、必ずフォーンスに祈りを捧げている。そう君と同じだ。また一緒になれる様、これから毎日祈り続けるよ。だからどうか、そっちで待っていて欲しい」
ハケで墓標を掃除している人間が独り言を呟いている。
「ねえ、この墓地の悪い噂を聞いたの。あなたを掘り起こして移しても、文句言わないわよね?」
「希望の再会、か。……死霊術師にとっては、これ以上なく皮肉な名前だな」
俺は剥製のような笑顔を浮かべ、死の香りが最も濃い墓地の最奥へと足を踏み入れた。




