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「地下には妙な輩が多いと聞くが」
「……ああ、ただの噂だ。気にするな」
モークと名乗ったドワーフの元締めは、逃げるように言葉を濁した。鍵の束を雑に鳴らし、震える指先で鉄扉の錠を探る。
「あったか?」
「ああ、これだ。入れ」
扉を抜け、施錠された先にいたのは、トランプに興じる四人のドワーフ兵だ。重装鎧を纏った彼らは、この場所が単なる「商談の場」ではないことを無言で示している。
その奥、幾重にも閉ざされた扉を抜けた先には、巨大な牢獄が広がっていた。
大理石の街の清潔な沈黙を嘲笑うような、異種族の混濁した吐息。
「いつもこれほどの奴隷を抱えているのか?」
「……様々さ。労働、欲望の捌け口、あるいは戦争の捨て駒。今の時代、能力のない奴が自由を奪われるのは自業自得だ。むしろ俺が、居場所を与えてやってるのさ」
モークは嘯くが、その声には先程の自信がない。
檻の中の奴隷たちは、驚くほど手入れが行き届いていた。アンデッドの俺が見ても、素材としての質は極上だ。ドワーフの執拗なまでの「質へのこだわり」が、この地獄を奇妙に清潔なものに変えている。
「あっちだ」
モークに促され、看守室へと入る。扉が閉まった瞬間、カチリと錠が下りた。
振り返ったモークの顔からは、先程までの「元締め」の仮面が剥がれ落ちていた。
額からは油のような汗が流れ、その眼球は救いを求めて激しく彷徨っている。
「……ここなら、誰にも干渉されまい」
「どうかしたのか? 自分の庭で随分な怯えようだが」
「頼む! 助けてくれ!」
ドワーフが俺の足元に縋り付かんばかりの勢いで叫んだ。
「あんたなら……あんたなら、あのデーモンから俺を救い出せるはずだ!」
「デーモン(アガレス)か。仲良くやっていると思ったがな」
「冗談じゃない! 奴はこの街を支配している。住人の大半は、奴のコレクションとして魂を囚われているんだ。俺の恋人も……あの部屋にいた女もそうだ。魂を抜かれ、ただの抜け殻にされて……!」
モークは歯を剥き出しにして、自らの無力さを呪うように拳を握りしめた。
「なら、お前を信用するのはやめた方が良さそうだな。主人の命令一つで、俺の背中を刺すだろう?」
「違う! もう限界なんだ! 奴の玩具にされるのは御免だ。自由になりたい……頼む、見捨てないでくれ!」
「悪いが、その手の泣き落としは俺の心臓には響かん。止まっているからな。……それに、なぜ俺だ? あの双剣の女にも同じことを頼んだだろう」
俺の指摘に、モークの肩がガクリと落ちた。
「……あの娘か。ブラッドシーカーとかいう吸血鬼ハンターだ。街に潜伏する獲物の情報を求めてここへ来たが、代わりにデーモンの討伐を頼んだ。だが……」
「愚かな。あの女は、今頃アガレスの新しいコレクションに加えられているだろうよ」
「仕方ないだろ! 俺にはもう、正常な判断をする余裕なんて残っていないんだ! 毎日、毎日、何も知らぬ奴隷を奴に献上し続ける地獄に……!」
モークは深呼吸をし、震えを抑えるように告げた。
「あんたのことは、デーモンから聞いていた。だが、奴の口調がいつもと違ったんだ。……『警戒』していた。あの傲慢な悪魔が、あんたという存在に毒を飲まされたような顔をしていた。だから、俺は賭けたんだ」
「二度と、俺の格を測るような口を利くな。単なるお前の妄想かもしれんぞ」
「……。決めるのは、あんただ。俺はもう、何も言わん」
ドワーフの男は、憑き物が落ちたような顔で力なく笑った。
「……名は何と言う」
「……モークだ」
「モーク、か。覚えておこう。……案内しろ。お前自慢の『商品』とやらをな。俺の戦力になるか、見極めてやる」




