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ヴォイドの囁きをアリゲーターに放つ。緑の燐光がその眼窩に宿った瞬間、数トンの肉塊が太い足で地を掴み、重量感のある「死の重戦車」へと変貌した。
しかし、近くだと余計にでかいな。体格はミートと同じぐらいか。いや、尾を入れると全長は蜘蛛ほどはありそうだ。
本当にアリゲーターか。
「なんか今までで一番迫力があるわね」
「確かにな」
口を開けば、ワームを彷彿とさせる牙の林。
「もし対峙したとして、こんなのどうやって倒せばいいわけ?」
アリゲーターの腹を指差す。
「意外と腹がガラ空きだろ。ここを狙えばいいんじゃないか?」
「接近して腕が食われなければ。よね」
マーラがアリゲーターに近付く。その時アリゲーターが体を大きく動かした。
「ちょっと!?」
アリゲーターが腹を掻いている。
「怖いのか?」
「当たり前じゃん。この中で味があるのは私だけだろうし」
「鰐は苦手か」
腹を掻く巨獣の動作を眺めながら、俺は淡々と問うた。
『如何にも生者って感じでしょ? 噛み砕かれたら、私だけ骨になっちゃうわ』
マーラの軽口を流し、俺はその頑強な甲殻を確かめる。……ドワーフの鎚には弱いが、この肉の壁は、今の俺たちにとってこれ以上ない盾となるはず
だ。
マーラがアリゲーターの腹に手を置く。
「ここを……うわっ、なにこれ堅!」
擦り、そして軽くパンチするマーラ。
「刃は通りそうか?」
「折れるんじゃない。鈍器系じゃないと無理そう。生半可な剣じゃ、たぶん無理そう」アリゲーターの腹を何度も触り、アリゲーターの甲殻に感心している様子のマーラ「ドラゴンの鱗みたい」
「斬撃には抵抗があるが殴打には脆弱だからな」
「だからデュラハンじゃなくてミートにしたの?」
「そうだ」
立ち上がり俺の方を向くマーラ。
「あなたって、生前は軍の指揮官だったとか?」
「かもな」
「倒れた兵士を裏で死霊術かけてたりしてた悪どい上官だったりして」
「いずれにしろこのアリゲーターは使える」
半端な炎や氷なら通さないだろう。
だがドワーフは殴打系統の武器を好む傾向が強い。街に着いてドワーフらと争いになった場合、あまり活躍は期待できないかもな。
「あ~あ! 図星だったり~?」
「マーラ、そろそろ出発だ。最後まで案内を頼むぞ」
「了解」
「イエナ」
イエナが急ぎこちらへ駆け寄る
「このキメラを受け取れ」
モートがイエナに剣を差し出す。
「…………」
躊躇しているイエナ。
「新しいことに挑戦すれば、その分だけお前の世界は広がる。……痛みの分だけ、お前の『次』を作る礎になる」
イエナの剣が迷いを断ち、キメラの前に構えられる。
そして少しの沈黙の後、イエナは覚悟を決めたかのように剣を勢いよくキメラへ振り下ろした。
── Ⅱ章『混迷』──
我々の知るデーモンは赤子に過ぎない。『ソムカの警告』より。著:ルッディ・トルシア:マスターデーモンスレイヤー。
蜘蛛は現状運搬として優秀だな。
上部にフングスを乗せ、マーラには近付かないよう警告した。
「そろそろ見えて来る頃よ。でもその前にアンデッドをどうにかしないといけないじゃない?」
「そうだな。あの洞窟に待機させておく」
「う~ん、少しの間は大丈夫だろうけど」
「何とかなるだろう」
「そっ、私より長生きしてるもんね」
洞窟に着く。
「いいか。邪魔者が来たら殺せ。イエナ、少しの辛抱だ」
「はい」
「大丈夫、ダメな時は私がすぐに戻ってくるから」
「ありがとう。マーラ」
蜘蛛に生け贄の契り、モートに死認を放つ。
マーラと共に先へ進む。
暫く歩くと、山影に隠れていた巨大な鉱山都市が見えてきた。
「定住しないと言っていたわりには、随分な規模だな」
「戦争が長いからじゃない。それと酒場で聞いた話だけど、ここの鉱脈はまったく枯渇する気配が無いからとか」
「ほお」
この場所から見える城門前は多様な種族で溢れていた。マーラの言う、戦争から逃れて来た者達だろう。
都市の後方は険しい山脈、外壁は堅牢で城門の入り口は1つ。そして資源も豊富で非常に守りやすい。良い立地だな。だが妙な気配を多く感じるな。厄介そうだ。誰を味方にし、誰を敵に回すか、よく考えなければ。いずれにしろ、この街を足掛かりする。
「無事に入れるかどうか気にしてるんでしょ?」
「まあ、そんなところだ」
「大丈夫よ。この街の衛兵は買収しやすいから」
「そうか。だが必要ない」
布袋を取り出す。
「それって、さっきのモートから受け取ったやつ?」
液の滴る布袋から生首を取り出す。
「うぅ……。ハア~イ、生首さん。元気そうね」
生首に軽く手を振るマーラ。
血が地面に垂れ落ちる。モートがもいだ騎士の生首はまだ鮮度が残っている。
「それをどうするの? まさか食べるとか言わないわよね」
「マーラ短剣を貸せ」
一瞬躊躇った様子のマーラだが、すぐに予備の短剣を差し出してくる。
生首の前頭部に短剣を入れ、真っ直ぐ切り落としていく。
頭蓋骨を砕き、地面に顔面の表部が落ちた。
頭部を茂みへ投げ捨て、切り落とした部分を拾い顔へ張りつける。騎士の生皮を、己の骸へと押し当てる。俺の魔力が細胞の末端を侵食し、死んだはずの肉が、不気味な泡を立てて骨の輪郭に吸い付いていく。
「どっからどう見ても人間ね。アンデッドには見えない」
「似合うか?」
「うん。まさに死者復活って感じ」
『似合うか?』問いかける俺の口角は、皮の弾力によって固定された『完璧な人間』の形を成していた。鏡のようなマーラの瞳に映る俺は、もはやおぞましいと言われる死者ではなく、欲望にまみれた都市に相応しい、一人の『よそ者』だ。
「行こう」
剥製のような笑みを貼り付け、欲望と鉄の臭いが漂う都市の門へと向かう。




