12
遺跡の湿った闇を抜け、久し振りに世界の景色を眺めた。
空は腹立たしいほどに蒼く澄み渡り、風は死臭を綺麗に洗い流していく。マントもどきのボロ切れをはためかせ、岩場に立つ。
岩場を登ってきたマーラが、茶化すように覗き込んできた。
「晴天の元で岩場に立って、風がマントが仰いでいる。絵画でよく見る英雄みたい。ホノースだっけ? 英雄様」
「絵画が好きなのか?」
「ンフフ、好きじゃなくたって、それぐらい知ってる」
「見かけによらず教養があるんだな。獣人はもっとこう、筋肉と本能で経済を回している種族かと思っていた」
「ちょっと、馬鹿にしてんの? それとも偏見の肉体が骨に残ってるの?」
「俺の時代、獣人はあまり賢くなくてな」
「ラフに話すから、深いのを忘れてた。かなりの大昔よね」
「今まで喋る骨より酷い奴はいたか?」
「いたわよ」
「ほお?」
「喋る井戸。井戸の癖に獣人に対する偏見が凄かった。『毛の抜ける奴は水を飲むな』なんて抜かすのよ。もう中身ごと埋めてやろうかと思ったわ」
「ハッハッハッハッ、喋る井戸か、興味深いな」
マーラと共に深緑の海を見下ろす。
「髪や尾がなびいている。お前の方が絵になるじゃないか」
「ンフフ。ありがとう。それで? さっきから何を探してるの?」
「別に。ただ、今いる世界を眺めているだけだ。こんなに深い森だとは思ってなかった」
風でなびいる髪を耳にかけるマーラ「まあ、この景色を見て、感傷的になるのは分かる。ここには知らずに隠れていたの?」
「まあ、そうなるな」
「ここはエルフの国の国境に近いから、無駄に自然が多いのよ」
苔に呑み込まれた巨木の根が、まるで巨大な触手のように遺跡を抱いている。確かに。普通じゃないな。
「なんという国だ?」
「あ〜〜ん、なんだったかな」
「まあいいさ」
岩場を降りる。追従するマーラ。
「後、ここは随分と誰も立ち入ってないほどの辺境なの。いえ秘境かな」
「でも付近に街はあるんだろう?」
「まあね。でも戦争の影響でみんな逃げて来てるだけだから。賑わってるように見えるだけ。ねえ、あなたはいつからここにいるわけ?」
「随分と前だ。少なくともお前や、お前の親が生まれる前だな」
「ふ~ん。エルフみたいね」
「そうだな。耳は腐り落ちてるが」
「あなたの謳歌してた時代じゃ、獣人は皆、間抜けだったの?」
「語弊があったな。あまり印象がないんだ。話の場には姿を見せないという感じだったな」
「そう」
「この遺跡について何か知っている事があれば教えてくれ」
「父の支部にあった文献の1つに、ここが載っていたの。でもその文献は燃えて灰になっちゃったけど。流し読みだったし、切羽詰まってたし、細部までは目を通した訳じゃないの。ごめんなさい」
「それは残念だな」
「あなたはドワーフの街に行って何をするの?」
「まずは入れるかどうかだな」
「ンフフ、確かにそうね。顔パスは無理そう」
少し後。
ドワーフの街へ向かう道中。
見ていた時よりも、予想以上に深い森だな。だが良い獲物もいるかもしれん。
あまりに魔力を秘めた魔物だと、現状手に負えんが、街に着くまでには今よりも戦力を増強させておきたいところでもある。既に不測の事態だが、備えねばな。
「眺めるのとは随分と違うものだな。まるで樹海だ」
「ガイドがいて良かったでしょ? 絶対迷うよ」
マーラは軽快に木々を跳ねていたが、ガイドとしての信用度は、マーラの気まぐれな尻尾と同じくらいには不安定だ。
「ああ、だが合っているのかまだ確信が持てん」
「怖いから手を繋いで励まして欲しい? ねえ、一緒に戦った仲なんだから、少しは信用してくれてもいいんじゃない?」
「シンヨウ、シヨウ」
まあ大丈夫よ任せて。私の故郷も似たようなもんだったから」
「それで、どれくらいかかりそうなんだ?」
「今はさっき高台から見えていた山の丁度後ろ辺りかな」
「エルフの国の方が近かったんじゃないのか?」
「笑える」
良からぬ視線を感じる。魔物の気配だ。
「止まれ」マーラを含め、従属達が足を止める「モート」
「ガル」
モートに死認の魔法を放つ。
マーラが枝から降り側にくる。
「よし見てこい」
モートを偵察へ向かわせる。
「ミート、デュラハン、散開して周囲を警戒しろ」
「魔物?」
「それを確かめる。待機だ。近くにいろよ」
「さっきの魔法は?」
「アンデッドの視界を共有する魔法だ」
「どこまでも見通せるの?」
「いいや。かけたアンデッドの状態に依存する」
「もし限界を超えたら?」
「モートの頭部が熟れた果物のように破裂する」
「美味しそうね」
マミーのイエナは表情の類いでは情報が乏しいが、理解できない程ではない。周囲を見回し、辺りを警戒している蜘蛛。その側で両膝を抱えて大樹にもたれかかり、静かに、じっとおとなしく待っているイエナ。
「イエナ」顔を上げ、俺の方を見つめるイエナ「お喋りは嫌いになったのか?」
「……いえ」
俯くイエナ。
「喋れなくなったかと心配してたんだぞ。声を聞かせて安心させてくれ」
「すみません。まだ……私に怒っいるかと」
「怒ってなどいない。もう過ぎた事だからな。まあ失望したのは確かだが」
「…………」
「だがお前にはまだチャンスがある。それを活かすのを期待しているところだ」
「……必ず期待に応えます」
「頼むぞ」
イエナの元を離れる。
モートの足が止まった。何かを見つけたようだ。
血のオーラの範囲外だ。無理強いはできん。命令に従えばいいが、本能が勝り、血や肉に釣られる可能性も出てくる。
モートの視界を共有する。
そこで何かを執拗に探すドラゴンの威容。モートの眼球越しに、ドラゴンと視線が衝突した。魂の芯を、氷の杭で貫かれたような感覚が走る「うっ!」抵抗し、思わず共有を中断した。
なんだ……。
空を見上げると、生い茂る木々の間からさっきのドラゴンが飛び去っていく。胸を右手で押さえる「はぁ…」
「ドラゴンだったわね。気づかれなくて良かった」
共有を解き、胸を抑える俺に、マーラが能天気に話しかけてくる。
大丈夫?
ああ…だが俺に気付いていた」
「お腹減ってなかったのかな? 骨だけで美味しくなさそうだから諦めたとか」
「真っ先に喰われるのは、脂の乗ったお前だがな。ドラゴンに動じないのだな」
「いいえ。内心バクバク。あなたに気付いていたってどういう事?」
「モートの視線をゲートにし、俺の魂を検閲しようとしていった」
「えっ? なにそれ怖。そんな事ドラゴンにできるわけ?」
「ただのドラゴンじゃないのは確かだな。何かを必死に探しているようだった。戻って来ないといいんだが」
「どうしてこの辺りを探していたのかしら?」
「さあな。とりあえず俺達が探し物ではなかったようだ」
「襲って来ても、もちろん勝てたわよね?」
「ああ、お前が食われている間に身を潜め、やり過ごせただろう」
「最低ね。でも本物のアンデッドって感じ」
「真面目な話。こんな戦力じゃ無理だ。もはや戦力という言葉すら無に等しい。奴のくしゃみ1つで塵になっていただろう」
「あ~あ! じゃあヴォイドの加護に感謝ね。偉大なるヴォイドよ。変えられないものを静穏に受け入れる諦めと、
変えるべきものを変える狂気。そして、その両方を無視して昼寝をする賢さを私に与えたまえ」
空を見上げ祈りのポーズをするマーラ。
「少し休憩にする。マーラ、その間イエナの話し相手になってやってくれないか?」
「イエナの?」
「そうだ。俺よりお前の方がいいだろう」
「ドシテ?」
「運命を握っている俺より、生者のお前との方が話しやすいと思ってな」
「別にいいけど」マーラがイエナの方へ向かう。こちらへ振り返るマーラ「優しいとこあるんだ」
マーラはイエナの隣に座って話し始めた。




