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骸の散乱する戦野を虚無の視線で睥睨する。これらはもはや命の残滓ですらない。武勲という名の虚飾を纏い、内実は腐敗へと傾いた質の悪い資源に過ぎない。こいつらを処理せねば。
騎士の残骸に虚無の囁きを投じる。
「あまり悦んでいるようには見えないわね」
横でそれを見ていたマーラが、やれやれといった風に肩をすくめる。
「当然だ。装備という名の外殻で本性を覆っている類だ。死霊術という供物に供するには、余りに不味い餌だ。それに状態は酷く悪い」
「そっか。殺し方も死霊術には大事なのね」
一体目。巨大な蜘蛛の圧殺により、肉の繊維が崩壊した奴。
意思を持つ者は、制御に難が生まれる。しかし柔軟性はある。だが後先を考えぬ蹂躙が、素材をズタズタに引き裂いてしまう。
キメラか。
「肉と内臓でできてて、トッピングに1つの目玉。スライムみたいで可愛いわね」
マーラの美的感性が、根底から崩壊していることを証明するには十分だったな。
二体目。頭部を失った亡骸。
戦力としての「首なし騎士」を欲したが、ヴォイドの囁きはただのグールを産み出したに過ぎない。
「イエナの友達が欲しいところよね。そうでしょ?」
三体目。上半身を粉砕された指揮官。
これもまた、形を成さぬ「肉の肉塊」へと。全身の至る所から視神経が覗き、ピンク色の粘膜が脈動する姿は、生者にとっては吐き気を催す悪夢だろう。素晴らしい。
「太った巨人ね。蜘蛛よりは小さいけど、それでも威圧感がある。体の至る所から目玉が出てて愛らしいじゃない。でもピンク色の肉は、なんだかいまいちね」
切り株サイズの岩に座り、足を組んで膝の上に置いた羊皮紙に何かを書き記しているマーラ。
「なぜメモしている?」
「私の唯一の生きた証」
「ほう、偉大なネクロマンサー、マーラーか」
「はいはい。いつ死ぬかわからないんだから、少しでもこういうの残しておきたいの。短命の生者にとってのささやかな願望なの」
「そうか。茶化して悪かったな。だが悲観は無用だ。天性は、自らの手で鋳造することも可能だ」
「まるで神の如き託宣ね。……あなたが導いてくれるという意味かしら?」
マーラの尾が揺れ、隠しきれぬ期待が垣間見える。
「そう聞こえたのなら、そうなんだろう」
「なんだかんだ信用してくれてんだ。まったく素直じゃないんだから。ンフフ♪」
マーラと話す傍ら、モートが血の付いた羊皮紙と書物を持ってくる。
モートから受け取り羊皮紙を読む。
──血糊の付いた羊皮紙。
もうすぐ我らが殉教騎士団の解体が議会で可決される見通しだ。
議員の連中はネクロマンサーの恐ろしさを完全に忘れてしまっている。
なんでもいい、お前にはネクロマンサーが依然脅威だという証拠を掴んでもらいたい。
しかし我が騎士団にはもう活動資金はあまり残されていない。
どんな手を使ってもいい。必ず議会を納得させる物を持ち返ってくるんだ。
まずはブラックハンドの残党とおぼしき例の獣人の女を追うんだ。
連中は裏で何か企んでいるかもしれない
詳細はユースティティア聖堂にいるルドという物乞いに話を聞けば分かる。
我らにユースティティアの加護があらんことを。
殉教騎士団・上級騎士団長。
ケム・ソーム。
──
書物を開き読む。
──血糊の付いた書物。
──ページ1。
この日をどれだけ待っていた事か。
ようやく騎士団に復帰できる。
──ページ2
報酬が渋い。
長く傭兵生活が続いていたせいか。
だが大した問題じゃない。騎士団では地位と名誉が手に入る。
──ページ3
騎士団再建の噂は本当なのか?
仲間が口々にそう言っている。
今まで裏で活動していたのだろうか?
──
残りのページは血が染みていて読めない。
モートが運んできた略奪品は、殉教騎士団という名の組織がいかに空虚な正義に縋り、予算という名の世俗的な鎖に繋がれていたかを露呈させていた。いつの時代も同じだな。
「マーラ、同業の知己はいないのか」
「いない。ねえ、それより意外と面倒見がいいのね」尻尾をゆっくりと左右に振るマーラ。
「そうか。飢えていただけかもな」
ネクロマンサーと今後会える可能性は分からんな。死霊術が埋もれた世界など退屈だな。
「ふ~ん」
厭わしげな、だが親愛を含んだ眼差しが作るマーラ。
「お前が望むのならアンデッドにしてやる」
「待って、今すぐアンデッドになれって話じゃないよね?」
「安心しろ。お前の意思に従うさ」
「今すぐ、という意味じゃないわよね? ……でも、いつかリッヂになるのが私の夢だった。その時が来たら、お願いするわ」
「ああ」
「で、もう出発する?」
「いいや、まだやる事がある。デュラハン」
攻撃の合図を送る。
デュラハンの豪腕を振るわせ、今しがた生み出したばかりのキメラやグールを一撃で粉砕する。
「いっ!?」
マーラが思わず立ち上がった。
イエナは少し恐怖を覚えているようだ。
デュラハンは続けざまにグールもミンチにしていく。
「剣の切れ味も悪くないな」
「確かに斬れる。玩具の剣じゃないのは分かったわよね」
「昇格を知らないのか?」
「聞いた事はある、ような。詳しくは知らない」
マーラがじっと見つめてくる。
「聞きたいのか?」
「もち」
対象が一定の死霊魔力を蓄積した時、そこに新鮮な生命力を注入し、存在の次元を引き上げるんだ。だから無駄のないよう、現状有用なデュラハンに与えたんだ」
「ナルホド」
イエナを少し見るマーラ。
昇格儀式を放ち、活力をデュラハンに与える。
「生命力?」
「いいや。そこが肝だ。生者の場合は容易いことじゃないが、アンデッドの場合は大したリスクではない。低俗な場合は異なるが」
「回復魔法。毒を与えるのは?」
「純粋な活力でなくてはダメだ。それも新鮮な。確か陣の類いで他者を生け贄にする方法があったはずだ。生者にとってはそれが最もポピュラーだろう」
「なるほど」
デュラハンを覆っていた緑のオーラが消滅しデュラハンが昇格し終わる。
「……これが、文献にあるワイトよね? 気配の重圧が先ほどとは別物ね」
思ったよりも消費したな。なにか、根本的な力が欠けている気もするが。
「ワイトだと? こいつをペットにでもしたのか?」
「うーんうーん。文献にあったの。昇格後のアンデッドに、それぞれ名前がつけられてた」
「分類する為にか?」
「たぶん。あんまり覚えてないけど」
「そうか。いずれにしろ無意味だから必要はないだろう」
「でも、右も左も分からないネクロマンサーには、駆け出しの知識としては必要だと思うけど。ふん、夢がないわね。デュラハン・ワイト……ほら、響きが美しいじゃない」」
「だが数字でいいと思わないか? 簡単で覚えやすい」
「まあね。デュラハン2よ! う〜ん、やっぱり数字だとしっくりこないかな」
「多くの生者を指導するのはお前の方が合っていそうだ」
「同じアンデッドには、昇格をどれくらい繰り返せるものなの?」
「話せば長くなる。もう出発だ。街まで案内しろよ」
「オッケー」
羊皮紙とペンを腰に付けたバッグへとしまうマーラ。




