発現
国際協議会場の前。
そこは学者や研究者たちが集い、議論を交わす知の祭典であるはずだった。
だが今、私の周囲に広がるのは熱気でも尊敬でもなく、粘りつくような殺気だった。
氷室の指の合図とともに、建物の陰から武装した部隊が現れた。黒の戦闘服に身を包み、全員が同じ装置を胸元に装着している。
銃口は私に向けられ、冷たい光を放っていた。
凪の覚醒は終わりを迎え、火照った身体からは煙が出ている。
「紹介しよう、凪」
氷室が嘲笑を浮かべて言った。
「アンチズの兵士達だ。君のような異能者を狩るためだけに作られた連中だ。」
氷室はゆっくりと私に歩み寄る。
「凪。君の研究も、力も、人類にとっては毒だ。ここで選べ。
研究データを差し出し、我々の管理下に入るか……それとも、この場で処分されるか。」
私は深呼吸を一つ、そしてゆっくりと立ち上がった。
アンチズの冷たい銃口が、無言の脅迫のように私を貫く。
頭の中に、軍事利用される能力者たちの姿が浮かぶ
——悲惨な未来は、絶対に許せない。
「俺の答えは決まっている――。」
声を震わせず、心を揺らさず、私は氷室を見据える。
「俺の研究で、誰かを傷つけさせることは絶対にしない……!」
凪の瞳に、冷徹な決意が灯る。
炎のような覚醒の熱と、静かに研ぎ澄まされた頭脳が、今、彼を戦いへと駆り立てた。
「やれ!」
氷室が冷徹に指示を送る。
凪はアンチズの包囲を身をかがめて通り抜ける。
それと同時に銃口から銃弾が凪に向けて飛び交う。
何発か足や腕を銃弾が掠めるが効果はない。
「なんだこれ…」
凪が国際協議会場の柱を背に腕と足を確認すると、彼の足と腕はコンクリートになっていた。
彼はその時、知る由もないないがアンチズが使用している銃弾は一般人には無害の対能力者の銃弾であり、当たれば能力者細胞を死滅させることが出来る。
しかし、彼の身体はコンクリートとなりこの効果を打ち消すことが出来た。
(なんで腕と足がコンクリートになってるんだよ)
と凪は先程までの行動を思い出す。
凪は先ほど膝をついた際に、手が地面のコンクリートに触れていたことを思い出す。
「そうか……触れたものに変化することが出来るのか」
彼は、自分の能力を理解した瞬間だった。
凪は頭の中で素早く計算する。
「柱や手すりだけじゃ……追い詰められる」
ふと、凪はコンクリートに変化していた腕を見る。
すると、彼の装備していた腕時計がキラリと光った。
(これだ!)
背負ったリュックに手を伸ばす。
中には筆記用具、USB、研究発表資料――そしてパソコン。
普段はただの道具にすぎないが、今の凪には“武器”になりうる。
「パソコン…壊すしかない…」
硬い地面に叩きつけられ、パソコンは小さな破片に砕けた。
凪は無駄な動きをせず、散らばった部品に触れながら冷静に口に出す。
「CPU……硬化。基盤……腕に組み込む。コンデンサ……衝撃吸収に使える。銅配線……指先…」
触れた瞬間、部品の微細な金属やレアメタルが凪の身体の中で融合し、鋼以上の硬度を持つ合金へと変化した。
彼の頭の中では戦場の地形、銃弾の軌道、触れられる物の距離や大きさが計算され、最短で防御と反撃を組み立てる。
(よし……これで攻撃を受け止めつつ、反撃できる)
彼は右手と左手で部品を握り、変化を持続出来るようにする。
「どうした…!隠れてばかりでは何も起こらんぞ!」
と氷室は叫んだ。
それと同時に凪は飛び出し、アンチズの銃弾を弾きながら兵士の一人にタックルをかました。
彼の質量による攻撃はどんな防護服も関係無かった。
そのまま何人もの兵士をなぎ倒していく。
「なっ!?どうしたその身体は!!!」
氷室は動揺を隠せていなかった。
凪の身体には赤黒い金属光沢があり、赤く光るけ血管が浮き出ていた。
凪は氷室の動揺を見逃さない。地面をえぐり蹴飛ばしながら突き進み、彼に向かって拳を振りかぶって顔面を飛ばした。
「ぐっ……なっ、なんだと!?」
氷室は5メートル程飛び壁に激突した後、動かなくなった。
(これで指示者はいなくなった)
凪は攻撃の手を緩めない。すかさず身体をアルミ合金へと変化させ、俊敏な動きで距離を詰める。
戦闘服を着た兵士達は身動きが取れず、また統率も失い凪への対抗手段はない。
4人…3人と兵士達は数を減らしていき――ついに、戦闘が終わった。
静寂が、嵐のようだった銃声と金属の衝突の跡に降り注ぐ。凪はゆっくりと息を整えながら、手の感触を確かめた。握りしめた金属や破片がまだ指の間に残り、微かに熱を帯びている。
「……はぁ……やっと……」
冷静沈着な私でも、心臓の高鳴りは収まらない。銃弾に貫かれずに済んだ腕と足、硬化した破片の感触が、戦いの緊張を思い出させる。散乱したパソコンの破片、倒れたアンチズの兵士たちの影――そこに、静かな戦場の余韻が漂っていた。
顔を上げると、氷室の姿はどこにもない。
(なにっ…!?奴は……まだ生きている……)
だが今は、それを追う余裕はない。気を抜けば今にでも意識を失ってしまいそうだった。
凪は散らばった部品や腕時計の欠片を手で払うと、空を見上げた。灰色の雲の間から、光がわずかに差し込む。戦いは終わったが、安堵の笑みは出ない。
私はさっき何人もの人に暴行をした。もしかしたら、死んでいるのかもしれない…。
しかし、後悔はない。もう後戻りは出来ないのだ。
「よし……まずは研究データを全て削除する。その次は……」
拳を握りしめ、凪は息を整える。冷たい汗が額を伝い落ちるが、心は揺るがない。
世界がどう変わろうとも、研究と自分の意思を守る――そのために、凪はまだ戦い続ける覚悟を胸に刻んだ。




