白昼夢
朝、凪は氷室にデータを渡すため、国際協議会場へ向かう電車に乗っていた。
今日は、発表資料の最終確認もしてくれるという。
この研究は私にとっても今後を左右するものである。
現在、能力者は政府の保護対象であり、問題が起きた場合は「処理」されてしまう。これは一般市民を守るための仕方のない措置だ。
だが、この研究を発表すれば、能力者の理解は進み、能力者が増加し、私――篠宮凪が感染者であることが発覚しても、社会が許容してくれる世の中になるかもしれない。
最寄り駅に差し掛かり、乗車口付近に立ち止まろうと席を立ったとき、異変に気づいた。
周りの乗客が姿を消していたのである。残ったのは、3人だけ――
タバコをくわえた女性、そして大柄と小柄の男性。小柄な男はニヤニヤと足を大きく開き、大柄な男は膝に手を置き、足を組んで静止している。3人とも黒のスーツにパナマハットを深々と被り、顔は見えない。まるで犯人そのものの佇まいだった。
凪は必死で出口を探したが、無駄だった。電車は1両しかなかったのだ。
外を見ると、電車はトンネルに差し掛かっている。次の駅までにトンネルはあるはずがなかった。静寂が、車内を支配した。
話しかけるべきか…あの怪しい3人に――
躊躇していると、女性がふぅとタバコを吐き出し、口を開いた。
「気を付けなさい。あなたは政府に追われています。これは警告です…。」
「それはどういう……」
言いかけた瞬間、女性の吐いた煙がふわりと霧散すると、空間にかかったフィルターのようなものが消え、元の車両に戻った。乗客も先程の場所におり、私が言いかけた部分を聞いたようで、周りは一瞬こちらを見たが、すぐにスマホに目を戻す。まるで何もなかったかのように――。
凪は何か重大なことを忘れた気がして、思い出した。
氷室との待ち合わせがあったのだ。
やばい――待ち合わせに遅れる!
背中から頭まで焦燥感が一気に押し寄せた。
凪は時間厳守を徹底しており、守らない者を軽蔑している。自分が遅れるなど、絶対にあってはならない。まして今日は学会での発表。準備も山ほどあるのだ。
時計を慌てて確認すると、時間は正確だった。
あれ……? と動揺しつつも、電車は国際協議会場の最寄駅に到着した。
凪はホームを駆け抜け、階段を降り、会場へ向かう。その時には、電車での異変のことなど頭から消え学会で発表する内容でいっぱいであった。




