俺は人間じゃない
ここは日本、2050年春である。
私は篠宮 凪、今年で24歳になる。
東京脳科学大学院生である私は1つの研究テーマを学会で発表しようとしていた。
それは、超能力の発現についてである。
超能力とはここ数年で増加している身体を変化させる病原体により、様々な力を得ることである。
この病原体は、感染力がとても低く患者の抗体がほぼない状態でしか発現しなかった。国内で確認された超能力者の人数はまだ500人程度であった。この病原体は、ウイルスでも細菌でもなく、未だ分類不能の存在であった。
我々は仮にそれを 「変異因子」 と呼んでいる。
感染者は必ず一度「臨死状態」に陥る。呼吸や心拍が限界を迎えるほど身体が崩壊し、そこから奇跡的に蘇生した者だけが超能力を得る。
つまり、この力は「死の淵を覗いた証」であり、同時に「二度目の命」とも言えるのだ。
私は研究者として冷静であるべきだったが――
本当は恐れていた。
なぜなら、私は今まさにその病原体に感染していたからだ。
夜の研究室。
窓の外には春の雨が降っていた。発表を控え、私は机に広げたデータを前に頭を抱えている。
私が発表する研究内容とは、未知の病原体「変異因子」を利用して、新たな能力者を創り出す方法の検討だ。
極限状態、特に臨死に近い状況を人工的に誘導することで、神経回路が一時的に再配線され、変異因子がその結合を安定化させる触媒として作用する。
これにより、通常では不可能な神経指令から身体変化への制御――つまり意図的な能力発現が可能になるのだ。
だが同時に、この過程には死の危険、深刻な副作用、倫理的なリスクが伴うことも明らかになっている。
「……これでいいのか。本当に発表してしまって」
独り言のようにつぶやいたその声に、後ろから返事があった。
「大丈夫だよ。君の研究は間違っていない」
振り返ると、氷室がコーヒーを二つ持って立っていた。
机に一つを置き、彼は疲れ切った主人公を見て微笑む。
氷室は私と同期の院生である。彼とは同じ寮ぐらしであり、たまたま意気投合し今では相棒と言える仲であった。
「君は誰よりも真剣に、能力者のことを考えてきた。
もしこの発表が世界を変えるなら、それはきっと“いい方向”だ」
主人公は黙ってコーヒーを受け取った。
カップの温かさが、少しだけ不安を和らげてくれる。
それにつられて私は口が緩んでしまった。
「実は、数日前から身体の様子がおかしいんだ…この前の能力者の解剖実験で感染したかもしれない」
言いながら、腕にうっすら浮かぶ奇妙な模様に目を落とす。
皮膚の下で、血管とは違う不自然な脈動が小さく跳ねていた。
氷室は一瞬眉をひそめたが、すぐに優しい笑みを浮かべた。
「…何があっても、俺は君の味方だ」
主人公はその言葉に、わずかな救いを覚えた。
その夜は、久しぶりにぐっすり眠れる気がした。
明日がなにが起こるかも知らずにーー。
最近夢で見た僕の実体験です。