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【旧版】お嬢様が婚約破棄されたですって? ぶっ殺してやる!!!!

掲載日:2025/08/17

※こちらは書き直し前の旧版です。現在は全面的に書き直した新版を公開しています。

 朝の陽射しが、ふわりとレースのカーテンを照らしていた。鳥のさえずり、紅茶の香り、磨き抜かれた床。クラリス・フォン・エーデルワイス様の私室は、今日も完璧だった。

 私は、クラリス様付きの侍女――リゼット。名家エーデルワイス家に十年以上仕えている。優秀で、聡明で、そして時々ちょっぴり情緒不安定な自覚がある。


「お嬢様、朝でございます。お召し物はこちらに」


 優雅な声でそう言ってカーテンを開けると、ベッドの上ではクラリス様がまるで天使のように眠っていた。ああ麗しい。まぶたのカーブがこんなに整っている人間がこの世に存在していいのか。いや、してはいけない。神の気まぐれにすぎる。


「……ん……リゼット?」

「お目覚めですか、クラリス様」


 その寝起きの声すら宝石のようだ。朝露に濡れた薔薇のつぼみのように、凛として優美で、そして儚い。

 私は心の中で四度目の拝礼を行った。推し活だ。完全なる推し活である。

 だが、それはほんの束の間の平穏だった。

 ノックの音が、控えめに、けれど急かすように扉を叩いた。


「失礼します! リゼット様、お嬢様に……その……!」

「慌てずに言いなさい。落ち着いて深呼吸をして――」

「殿下から婚約破棄を通達されましたっ!」


 ――静寂。

 室内の空気が止まった。


「………………は?」


 聞こえたのは、自分の声だった。思わず出た呟きが、床に転がったカップの音とともに、部屋の中でやけに大きく響いた。


「リゼット……? 今の話、本当……?」


 クラリス様が静かに起き上がり、困惑に満ちた表情で尋ねる。儚げなその顔に、影が差した。

 私は――信じられなかった。あのクラリス様を、王太子が? 何の理由もなく? どうして?


「……お嬢様が婚約破棄されたですって?」


 立ち上がると、視界の色が変わった気がした。赤い、怒りの色だ。喉の奥が焼けるような衝動。抑えようと思えば思うほど、燃え広がる熱。

 私は、ゆっくりと腰の鉄扇を手に取る。


 ぱきっ。


 それを開いた音は、戦の始まりの号令のようだった。


「――ぶっ殺してやる!!!!」


 クラリス様の悲鳴は、その直後に響いた。


「ちょ、ちょっと待ってリゼット!? それは過激すぎるわよ!?」

「過激なのはあちらです! クラリス様、こんなにも尊く、清らかで、頭脳明晰・容姿端麗・心優しいお嬢様を、理由も告げずに婚約破棄などという愚挙に出たあの腑抜け王子! 貴族界から消して然るべきです!!!」

「いや、あの……たぶん事情があるんじゃないかしら……?」

「ありませんッ!!!!」


 私は吠えた。吠えたのだ。理性など一ミリも残っていない。怒りと忠誠心だけで構成された爆弾、それが今の私だった。

 ドアの向こうでは、下女たちが絶句していた。数名は震えていた気がするが、些細なことだ。

 私は鉄扇を片手に、堂々と扉を開けた。


「城に行きます。討ち入りです」

「リゼット様、本当に討ち入るつもりですか!?」

「私が止めねば、お嬢様は世界の美を失ってしまいますからね!」


 馬鹿か、私は。けれども、止められなかった。

 クラリス様は絶望的な顔をして私の腕にしがみついてきた。


「リゼット、お願いだからやめて。王子様を殺したら本当にまずいのよ! 処刑されちゃうのはあなたのほうなんだから!」

「大丈夫です。正当防衛か事故死に見えるようにやります」

「どこで習得したのその技術!?」


 この日の午前九時――侍女リゼット、暴走開始。

 王都はまだ知らない。

 この一人の侍女によって、近代貴族史に残る『忠義の爆発事件』が始まることを――



 ***



 私は歩く。

 その背に、覚悟と忠誠を乗せて。

 右手には鉄扇、左手には無言の怒気。屋敷の門を出てから私は一言も口を開いていなかった。いや、開く必要がなかったのだ。歩くその姿だけで、街の者たちは避け、道を開けた。


(クラリス様が……あのクラリス様が、婚約破棄……!?)


 思い出すだけで、怒りがこみ上げてくる。

 王子がどれだけの身分だろうと関係ない。あの方に泥を塗るなど――死刑百回では足りない。

 そう思っていると、後ろから足音がした。


「リゼット! ちょっと、待って!」


 クラリス・フォン・エーデルワイス。被害者その人が走って追いかけてきたのだ。

 可憐で、優しくて、誰よりも気高く――そんな彼女が、今は困り果てた顔で必死に腕を掴んでくる。


「お願い、落ち着いてリゼット。事情はちゃんと説明するから!」

「後で聞きます」

「リゼットおおおおおお!!!!」


 クラリスの悲鳴が王都に響いた。

 お嬢様の声でもこの足は止まらない。私はクラリス様の体をひょいと肩に担ぎ上げ、王宮へと突き進む。誰も止めることができない。門番すら、その殺気に怯え、問答無用で門を開いた。



 ***



 その頃、王宮では。


「お……おかしい……絶対おかしい……」


 王太子・エルマー=フォン=グランステイルは、玉座の間で震えていた。いや、正確には――玉座の裏に隠れて震えていた。

 その目には、明らかな恐怖。


「し、しししし使用人が! ただの侍女が! 鉄扇持って殴り込んでくるとか聞いていない!!!!」


 叫びながら、周囲の従者たちに抱きついて離れない。


「殿下、どうかお落ち着きを……」

「落ち着けるか!! あいつ、目が死んでたんだぞ!? あれはもう、暗殺者の目だ!! 父上! 陛下はどこ!? 助けてくれ!!!」


 先ほど、婚約破棄の文書を送ったばかりだった。理由は平民の恋人ができたから。軽い気持ちだった。ちょっと美人でお淑やかで、自分を慕ってくれる平民の少女のほうが気楽だったのだ。

 まさかその結果、命を狙われるとは思っていなかった。


「ひぃ……本当に殺される……!」


 エルマーは、自らの選択の軽さを呪った。



 ***



「――王太子にお伝えください。リゼット=クローデルが、仮初めの命乞いを受け付ける最終訪問に参りました。と」


 城門を越え、正面玄関を堂々と突破した私は、貴族たちが集う大広間の真ん中で、まるで使者のように名乗りを上げた。

 そこにいた文官たちが、一斉に凍り付く。


「あ、あの……ご用件は?」

「王子の命です」

「ご、護衛――護衛を呼べええええええ!!!!」


 パニックが走った。


「リゼット! 本当にやめて!! これ以上は本当にまずいって!!」


 ようやく地面に降ろされたクラリス様が、必死に説得を試みるも、私の忠義にブレーキは存在しなかった。


「お嬢様。ご安心ください」

「なにが安心よ!!」

「私は、あの愚か者の罪を裁くためにここに来ました。これは個人的な復讐ではありません。正義の制裁です」

「やめてええええ!!!!」


 クラリスの絶叫が、王城の天井に吸い込まれていった。



 ***



 そして、扉が開かれた。

 城の中枢、謁見の間。そこに立つのは――震える王子と、その背後に隠れようとする側近たち。

 私は、ゆっくりと鉄扇を構えた。

 その瞳に宿るのは、怒りでも悲しみでもない。

 ただ――忠義と、“裁き”だけ。


「エルマー殿下。ご覚悟は、よろしくて?」

「ひいいぃぃ!!!!」



 ***



 謁見の間の扉が重たく開いた。

 玉座の間。王の威厳を示す大理石の床と、赤い絨毯が敷かれた中央通路。その先にある高座では、王も王妃も不在。いるのはただ一人、今まさに生け贄の如き形相で玉座の陰に縮こまる男――王太子、エルマー=フォン=グランステイル。

 彼は、泣いていた。

 全身を震わせ、貴族としての威厳も名誉も投げ捨てて、完全に子どものように涙目で震えていた。


「く、来るな来るな来るな来るなああああ!!!!」

「リゼット、さすがに怖いわよ……」


 クラリス様は、必死に小声で制止を試みていたが、もはや私の瞳には“慈悲”の二文字が消えて久しい。

 この姿はまるで、忠義に燃える戦女神であり、そして鉄槌を下す裁判官である。

 高らかに、手に持った鉄扇を開いた。


「殿下――いえ、エルマー=フォン=グランステイル」


 その名を呼ばれた瞬間、王子の体がビクンと跳ねた。


「あなたは今朝、正式な婚約破棄文書を我がクラリス・フォン・エーデルワイス様に送りつけた。それも書面一枚、口頭の謝罪もなし。説明も責任も、全てを放棄した。そのような行いを貴族と呼べましょうか?」

「べ、べべべ、べつにいいだろ!? ぼ、僕の婚約なんだから!! 自由に決めてもいいだろ!? こ、国法違反でもないし!!」

「自由の名を語り、他者を踏みにじるなど、ただの暴力。庶民がやれば“自己中”で済みましょう。しかし、殿下、あなたは未来の国王です」

「ぴ、ぴぃぃぃぃ……!」


 怯えきった悲鳴が、情けない声で漏れる。

 私は、悠然と歩を進めた。

 鉄扇を一度、バシンと閉じる。甲高い音が玉座の間に響いた。


「よって、私は一使用人の立場を超えて、ここに“裁き”を執行します」

「ま、まって! 話せばわかる! あの子のほうがいい匂いしただけなんだよぉ!!」

「なるほど。嗅覚で政略婚を選ぶタイプでしたか。愚かですね」

「ひぃぃぃぃぃ!!!」


 私が近づくたび、エルマーは後退りするが、玉座の間に逃げ場など存在しない。彼の背は、すでに壁に張り付いていた。下手をすれば、しがみついて登りそうな勢いで。


 そして。


 私は手にしていた鉄扇を、ふわりと掲げた。

 広げた刃のような金属の扇面が、照明の光を浴びてキラリと光る。

 この姿は、まるで斬首人のごとく。


「最後に何か遺言は?」

「ひっ……ひぎっ……! ま、まだ若いから、か、寛大な処置を……!?」

「お気の毒ですが、クラリス様の心を傷つけた時点で、その願いは失効済みです」

「助けてママー!!!!!!!!」

「ママは今、サロンです」

「そんなあああああああああああ!!!!!!!!」


 王族の威厳は、地に落ちた。



 ***



 そして。


「覚悟!!!!」


 私の怒号とともに、鉄扇が振り上げられる――その瞬間だった。


「やめて!!!!」


 クラリス様が突っ込んできた。

 すがるように、私の腕に抱きつき、叫んだ。


「リゼット、お願い、もうやめてっ! これ以上は……本当に処刑されちゃうのはあなたの方よっ!!」

「クラリス様……」


 私は手を止めた

 その声音は優しく、しかし深く切実で――


「……わかりました」


 鉄扇を静かに閉じる。

 その瞬間、エルマーは崩れ落ち、床に崩れ伏した。魂が抜けたような顔で、目を開いたまま泡を吹いていた。


「……死んでません?」

「気絶してるだけ。たぶん」

「たぶん……!?」



 ***



 こうして、暴走劇は一時終息を見せた――ように思われた。

 だが、王都中はすでにこの事件の話題で持ちきりである。


「王子が鉄扇に震えて土下座したらしい」

「エーデルワイス家の侍女が国を動かすらしい」

「そろそろリゼット政権が始まるのでは?」


 ――などという、尾ひれ背びれ付きの噂が広がっていた。

 そして王宮では、国王が謁見の間に倒れた息子を見て、ただ一言。


「お前……とうとうやらかしたのか……」


 呆れきった声が、空しく響いた。



 ***



 王太子エルマーは、床に崩れていた。

 顔は真っ青、口元には泡、目はうつろで焦点を結ばない。完膚なきまでに叩きのめされた。言葉の暴力によって。

 鉄扇は振るわれなかった。けれど、振るわれなかったからこそ、王都の人々は騒ぎ立てた。


 ――侍女ひとりに泣き崩れた王子。

 ――婚約破棄の報いをその場で突きつけられた間抜けな皇族。

 ――鉄扇一振りで国が動く、忠義の化け物。


 噂は、誇張されることを知っている。けれど、それでも今回ばかりは真実に近かった。リゼットの怒りは、確かに国を動かす重さがあった。



 ***



 わたくしは深くため息をついた。

 騒動は、一応の終息を見た――ように思えたが、後始末はむしろこれからだった。王宮の上層部が動き、事情聴取や処罰の議論が持ち上がっていると耳にする。いくら貴族家の侍女とはいえ、王太子に牙を剥いたのだ。咎がないはずがない。

 けれど――わたくしは、何よりもまず先に、“あの人”と向き合わねばならなかった。

 扉を開けると、そこにリゼットがいた。

 小さな控室にひとり。ぴんと背筋を伸ばして椅子に座っていた。正装のまま、足元も乱れていない。だがその瞳には、いつもの激情がなかった。


「……クラリス様」


 リゼットが、頭を下げた。


「この度は、私の軽率な行動により、貴族としての御名誉を傷つける結果となり……深く、深くお詫び申し上げます」


 言葉は硬かった。

 彼女は何よりも私の誇りを大切にしてきた。だからこそ、今、自分の行為がその誇りを傷つけてしまったかもしれないと――心から恐れていた。

 わたくしは、微笑んだ。

 ゆっくりと歩み寄って、リゼットの隣に腰掛ける。そして、ほんの少し体を寄せて、そっと言った。


「ありがとう」


 リゼットが、はっと顔を上げる。


「わたくし、本当は怒っていたの。けれど、気づかないふりをして、黙っていようとした。だって……あの人は王子だもの。わたくしなんかが怒ったって、どうにもならないと思ってた」

「……クラリス様」

「けれどね、リゼット。あなたは、わたくしの代わりに怒ってくれた。代わりに、叫んでくれた。わたくしは――あなたのおかげで救われたのよ」


 それは、偽りのない想いだった。

 わたくしはエルマーに裏切られたことよりも、“怒ることすら許されない”と自分で思い込んでいたことが、何より苦しかった。

 けれど、リゼットは言葉を尽くし、身を挺して、その不条理に立ち向かってくれた。

 その姿に、自分の尊厳を守ってくれる“誰か”がいるのだと、心の底から実感したのだ。

 それは、涙が出るほど嬉しかった。


「わたくしは、リゼットがいてくれてよかったって、心から思ってる。どれだけ無茶でも、あなたの忠義は、わたくしの誇りよ」

「……もったいないお言葉……っ」


 リゼットの肩が震えた。

 それまでずっと、表情を固くしていた彼女が、ようやく感情を滲ませる。鋼のような瞳に、うっすらと光が宿る。

 わたくしが、笑顔になる。

 きっと、これでいいのだ。わたくしはこの人を侍女としてだけではなく、“リゼット”というひとりの人間として信頼している。何より、彼女が味方であり続けてくれる限り、どんな失恋も裏切りも、乗り越えられる。


「リゼット、明日からまた一緒に、髪を整えて、紅茶を飲みましょう?」

「はい、クラリス様。どこまでも、お傍に」



 ***



 一方。

 玉座の間では、エルマーがようやく意識を取り戻していた。


「……助かったのか、俺……まだ、生きてるのか……」


 涙を浮かべながら呟く姿は、もはや王子ではなくただの哀れな青年にしか見えない。

 その隣で、父である現国王が腕を組んでいた。


「お前な……相手が侍女で済んだから良かったものの。これが敵国の諜報員だったら、今頃お前の首はなかったぞ」

「お、俺、反省するから! ちゃんと政務するから!」

「お前に政務はまだ早い。しばらく謹慎だ。あと、平民の恋人とやらとはきっぱり手を切れ。わかったな?」

「う、うん……!」


 まるで不良息子を叱る父のような光景に、玉座の間の者たちは全員、心の中で同じことを思っていた。


(……殿下、あれはもうちょっと鍛え直した方がいい)



 ***



 こうして――

 忠義に暴走した侍女と、お嬢様の愛と信頼、そして怯えきった王子によって織り成された騒動は、ひとまずの幕を閉じた。


 けれど、これは終わりではない。

 この事件をきっかけに、王都ではひとつの言葉が流行語となる。


 ――「お嬢様が婚約破棄されたですって? ぶっ殺してやる!!!!」


 この言葉は、冗談交じりに庶民の間でも使われるようになった。

 つまりこうだ。


 誰かが、大切な人を傷つけたとき。

 誰かが、不当な仕打ちを受けたとき。

 誰かが、黙って涙を流したとき。


 そのときにこそ、この言葉が思い出されるのだ。


 怒ってくれる誰かがいることの、尊さを。


 そして今も、クラリスとリゼットは変わらず、華やかなる日常の中でお茶を飲みながら、新たな問題に備えている。


「ところでリゼット。今度舞踏会があるのよ」

「……また殴り込み案件の予感がしますね」

「ちがうちがう、社交の場です!」

「わかりました。鉄扇は持っていきます」

「やめて!!!!」


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 あはっはっ!!元祖お嬢様大好き鉄扇ただの侍女がここにいた〜。うん、絶対にこの人の鉄扇術が次世代型お嬢様大好き鉄扇ただの侍女に受け継がれたのでしょう!!ただ、こちらは殺気だけで全部終わらせてますね。こ…
初代・史上最強の侍女の系譜が、ここから始まる! ただの侍女リゼットから、子孫(たぶん)の、ただの侍女マリベルに、破天荒すぎる魂のルフランが受け継がれたんですね……!(汗)
こちらにも…φ(・ω・*)かきかきに来ましたー ٩(๑> ₃ <)۶♥ 作者様の作品を辿っているうちに見つけましたーっ リゼットさんがマリベルさんのお母様(˙˙*)? クラリスさんがエレノアさんのお母…
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