21 不可思議にあって人は同じ
よろしくお願いいたします。
気づいたときには、接触が増えていた。
術の実例を見せてもらう関係で、涼介にひっついたり足の間に座ったりすることが多かったのは確かだ。
それ以外のときは、紅雨の手に彼が触れていることもあれば、人がいなければ膝枕をねだられることも多い。
ちょっとした移動のときに、手をつながれたり肩を引き寄せられたりもした。
もっとも、海斗たちをはじめとした友人が一緒にいるときには、せいぜいが術を見せてもらうときに近づく程度だったので、誰もその変化に気づいていなかったと思う。
「それ、一口くれ」
「ん、いいよ」
そんなふうにジュースのシェアも当たり前にするようになったし、食べかけのお菓子を横からかじられるなんてことも日常になりつつある。
少しずつ、試すように距離が近づいていて、甘えられているな、という気はしていた。
寮に帰ってから、Planeでくだらない会話をすることも多かった。
通話はさすがに隣室に迷惑だろうということで、いつもテキストでの会話だったが、その履歴がすごいことになっている。
今日の授業の話はもちろん、友人との話、数年前の面白い話、弥魔術での失敗談、物の怪とのやりとり、円術争の作戦など、話題はあっちこっちに及ぶ。
弥魔術師としては先輩の涼介は、紅雨よりも弥魔術の知識と経験が豊富だ。
けれども、紅雨が考えたことを軽く扱うことはないし、一緒に考えてくれる。
逆に、外ではどうかと聞かれて紅雨が「うちの周りだけやけど」と言いながら教えることもある。
涼介は、紅雨を通して外を見ようとしているように思えた。
たまに、友人たちがおらず、物の怪も黒朱くらいしか一緒でないときは、同じ膝枕でも腰に抱き着くようにくっつかれることがあった。
思い出したくない話なのだが、紅雨は自他ともに認めるぽっちゃりである。
したがって、そんなときには自分の腹筋を試されることとなった。
いずれにしても、執着をほのめかすレベルで慕われていると理解していた。
けれど、これはちょっと予想外だった。
「なんで、俺はいつも選ばれないんだよ」
紅雨は、両手首を涼介に掴まれ押し倒されていた。
彼の友人たちも物の怪たちも、黒朱すらも用事があると出かけてしまい屋上にいないので、彼の暴走を止める者がいない。
キスができそうなほど、近い。
「涼介くん?何のこと言うてんの?」
「俺は一年で、お前は二年だからな。そうでなくても、俺はガキだ。どうせ弟が一人増えたくらいにしか見てなかったんだろ」
涼介はそう言いながら、紅雨を逃がすまいとしてか結界を張った。
札を使っていないのかもしれない。
結界の精度が悪いのか、空が少し濁って見える。
「一年の違いなんて、授業内容くらいしかあらへんやん。涼介くんの方がうちより背ぇ高いし。弟とか思ったこともないで」
「だけどっ!あいつには笑ってたじゃねぇか、楽しそうに」
「あいつ?いつの話?どっかでうちを見たん?」
じぃ、と涼介を見上げると、彼はバツが悪そうに目を逸らした。
「その、お前の教室の前で、男のクラスメイトとしゃべっただろ。俺より背の高い」
「いつのことか知らへんけど、同じクラスやったらしゃべるくらい普通やん」
「あんな風には!あんな楽しそうに、してないだろ。さっきだって」
「さっき?」
それ以上は言いたくないとばかりに、涼介は唇を噛んだ。
紅雨は何か涼介が嫌な思いをすることをしてしまったかと考え、しかし思いつかなかったので質問しようとした。
それを言葉にする寸前で、涼介がつぶやいた。
「なんで。なんで、俺はいつも選ばれないんだよ。選ばれるのはほかのやつらばっかりだ。俺の意思なんか聞かずに、生きることだけを望まれてるんだ」
紅雨の肩に押し付けられた頭は、小さく震えていた。
「血筋がどうしたっていうんだ。友だち?あいつらだって裏閣から言われてる奴もいるし、深く踏み込まない、今を楽しむだけの関係なんだよ。俺は家畜か?ペットでも大切にされてる奴はいるんだぞ。それに、ここにいるだけでもわかる。普通は親か祖父母か、守ってくれる大人がいて、大人になったら選んで選ばれて、自分の人生を生きるんだ。俺は何だ?人生が他人に決められている。親にも望まれない、歴史と権力にしがみつく大人にいいように飼われて、選ばれもしない。結婚相手も指定があって、裏閣で許可がいるんだとさ。お前らはブリーダーかよ。俺は人間だ!意思のある、人間だよ!」
それは正しく慟哭だった。
きっとこれまで呑み込んでいた言葉を、紅雨が何かのきっかけで噴出させてしまったらしい。
「選んでみたことはあるん?」
「は?無理だろ、俺の状況で選ぶとか。相手も嫌がるだろうし、嫌がられるのも嫌だ」
「じゃあ、選ばへんまま諦めるん?」
「……嫌だ」
「ほな、まずは涼介くんが自分で選ぶしかないやん。選び」
「でも」
「選び」
「俺が、望んでも、いいのか」
涼介は顔を上げて、すがるような目で紅雨を見下ろした。
「選びぃや」
紅雨がまっすぐ見上げると、涼介は手首を掴んでいた手を離し、起き上がってから紅雨を引き起こした。
そのまま引っ張られて、紅雨は涼介の腕の中に招かれた。
「俺は、お前がいい。紅雨が、いいんだ」
ぎゅうぎゅうに抱きしめられたので、紅雨はなんとか手を動かして外に出し、涼介の背を撫でた。
「甘えたいならいくらでも。ええよ、お姉ちゃんになったるで」
紅雨がそう言うと、涼介は首を左右に振った。
「違う!!」
そのまま両手で紅雨の頬を包んで顔を固定し、勢いよく顔をぶつけてきた。
歯と歯がかちんと当たって痛い。
鼻どうしもぶつかった。
あまりにも下手くそなキスを繰り返すので、紅雨は漫画の知識を駆使してまずは涼介の顔を手で押さえ、少しだけ顔を傾けた。
涼介は、唇を奪われて固まった。
「紅雨、好きだ」
そう言われたのは、何度もキスを繰り返して涼介が満足してからのことだった。
「うん」
「だから、その。つ、……付き合え!」
「ぷっ!どこに?」
「ぅぐっ。どこ、って。どこでもだよ!さいごまで!」
「さいごまで?」
「そうだよ!」
ぎゅうぎゅうに抱きしめられているので見えないが、多分涼介の顔は真っ赤だろう。
触れる首筋が熱い。
「わかった。最期まで付き合う」
「おう」
「一足跳びにプロポーズされるとは思わへんかった」
「ち、ちが……わないけどそうじゃねぇ」
「うん。うちも涼介くんが好きやで」
紅雨が体重を預けると、涼介は満足そうにため息をついた。
「でもさぁ、涼介くんにはパートナーの猫又さんがおるやん」
そう言われて、涼介はハッとした。
物の怪は、お互いに選んで契約するのだ。
「いやでも、あれはあくまで物の怪で、術を挟んだパートナーだ。恋じゃねぇ」
そんな風にはっきり言われるとは思っておらず、紅雨も頬を熱くした。
思いを通じ合わせる二人を、遠くから眺める影があった。
夕空は、二人の未来を示すかのように雲に隠れながらもあたたかな光の筋を地上に届けていた。
読了ありがとうございました。
いったんは、ここで一区切りです。
まだ謎が残っていますし、彼らの行く末を書きたいと思っておりますので、続きをお待ちいただければ幸いです。