19 不可思議とともに冬 3
よろしくお願いいたします。
いつもの放課後なら、授業のある日は持ち込み不可のためスマホなど持っていないのだが、今は冬休み中なので二人とも持っている。
涼介はポケットからスマホを取り出し、適当なゲームを開いて遊びだした。
聞けば、自由になるお金はいくらかもらっているので、この冬にスマホを買ったそうだ。
なお、学園外からの買い物は、必要であれば申請すると通る。
スマホは現代の必需品ともいえる機器なので、親の許可さえあれば誰でも購入できるし、学生割のある通信業者や格安回線の契約もできる。
涼介も申請したら普通に通ったそうだ。
ちなみに、本島にある施設の大人が保護者として対処してくれたらしい。
「時期的に、クリスマスプレゼントやね」
紅雨がそう言うと、涼介は苦笑いした。
「どこがだよ。自分で買ったんだぞ」
「自分から自分へのやん。それって絶対ハズレないねんからめっちゃええやん」
ちなみに、紅雨のスマホ本体は父のおさがりだし、回線は父の家族回線だ。
自分の好きなメーカーのスマホを選んで、自分の都合に合わせて業者を選べるのは羨ましい。
「あ!そういえば、Planeってもうインストールした?友人登録しよ!」
「ぷれーん?ってアプリか?」
「そうそう。通話とかチャットとかできるやつ。多分みんな使ってると思うわ」
紅雨は、自分のスマホの画面にあるPlaneのアイコンを見せた。
「あー、インストールしてねぇ。入れるから練習してろ」
「わかった!えいっ」
『紅雨、もうちょっと落ち着きぃ』
気合を入れた紅雨の前方に、一メートル大の水が出てきてばしゃん!と落ちた。
年末ぎりぎりに実家に帰省するときは、ちょうど雪が降っていた。
『紅さん!雪やで、雪!アタシあっちこっちに飛んで遊んでから紅さんの実家行くから、夜になると思うわ』
夜天は、夜遊び予告をする娘のようなセリフを残して飛んでいった。
『ほな、ワシも後から行くわ。年末やし、ちょっと挨拶するとこもあるから遅なるかもしらん。三十一日の昼にはそっち行くから、気にせんと帰っといてんか』
「わかった。ほなまたね」
紅雨からするりと降りた黒朱もどこかへ行ってしまった。
門から近鉄奈良駅へ移動すると、なぜかいつも人がいない。
聞けば、あそこを通るときには弥魔術でうまく調整して人がいなくなるようにしているらしい。
とはいえ、元々通る人が多くない場所だからできることのようだ。
もしも人が通っていても、気にならない術が施されているとも聞いたので、どちらにしろ気づかれないようになっているのだろう。
近鉄を乗り継いで実家の最寄り駅で下りると、いつもの風景が年末の雰囲気をまとっていた。
しめ縄飾りや紅白の模様など、お正月を思わせる装飾であふれている。
家までは駅から徒歩十分だ。
帰り着くといつも通り、母がいて妹がいて。
夜になると父が帰宅する。
夕食には全員で鍋を囲み、締めのうどんまで美味しく平らげて色々話したり、妹の受験の追い込み具合を聞いたり。
普段会えない分も、しっかりと話したし聞いた。
そして寝るために自室に行くと、今日は夜天も黒朱もいない。
これまでと変わらないはずなのに、部屋の中にうっすらと隙間があるように感じた。
「あ、涼介くんに連絡しよ」
紅雨はスマホを開き、Planeで涼介にメッセージを送った。
すぐに既読になり、彼から一言だけの返事が帰ってくる。
スタンプなどを使う気がないのか使えないのか、いつもテキストのシンプルな文章だ。
紅雨は、夜が更けるのも忘れてチャットを続けてしまった。
次の日に寝坊をしてから、涼介に夜中まで付き合わせてしまったのは申し訳ないと反省した。
大晦日の夜には日をまたいだとたんに涼介やゆえり、春乃、南柚にPlaneであけおめメッセージを送り、元日は夜天と黒朱を連れて父方の祖父母に会いに行った。
どういう術なのかはわからなかったが、夜天と黒朱については、紅雨家族と祖父母にしかその姿が見えないようだった。
そしてお年玉をもらったりイトコたちと会ったり、母方の祖父母のところにも遊びに行ったりと年始の挨拶をこなし、また学園に戻ってきた。
人の気配がほとんどない寮に戻って荷物を片付け、昼食をとってから校舎の屋上に行くと、やはり涼介がそこにいた。
「涼介くん、あけましておめでとう!今年もよろしくなぁ」
紅雨が声をかけると、涼介は目をつむったまま片手を上げた。
コートを着た涼介の近くへ足を進めると、結界があって中は暖かかった。
「あけおめ」
「猫又さんはおさんぽ?」
「多分、どっかにいる。蛇と烏も散歩か?」
「夜天は数日ぶりの学園やからって空中散歩。黒朱は、なんか年始の挨拶せなあかんとこがあるって行ってもたわ。うちは行かんでええらしいけど、ちょっと気になるやんね」
紅雨は、涼介の頭の方に座った。
そして、持っていた小さな紙袋を差し出した。
「これお土産な。クリスマスケーキのケーキ屋さんが出した新作、アップルパイ。昨日焼いてくれはったやつやけど、カスタード入っててめっちゃ美味しいで」
「お、サンキュ。俺はどこにも行ってねぇから土産も何もないんだが」
「それはええねん。ちゃんとうちの分も持ってきたから、一緒に食べよ」
紅雨がそう言うと、涼介は嬉しそうに笑って起き上がった。
十センチほどのコンパクトなアップルパイは、齧るたびにサクッと音がする。
食べ進めると、ぽろぽろとパイの欠片が零れ落ちた。
半分ほど食べたところで思いついて火の弥魔術を使って焙ってみたのは正解で、バター感が増して非常に美味しかった。
次の日からもほとんど二人と物の怪たちとともに過ごし、三学期になった。
読了ありがとうございました。
続きます。