07 不可思議を開花させる 2
よろしくお願いいたします。
話していて気付いたが、彼らは皆関西の出身ではないらしい。
関東方面からこの学園に来たということで、ウマが合ってつるんでいるそうだ。
リーダーっぽい男子は、日下涼介と名乗った。
ほかの四人はそれぞれ深沢海斗、佐藤悠真、高橋陸、新井駿。
中学のころから仲良くしているらしく、男子生徒らしい仲の良さが垣間見えた。
「で、ほら、こうっすよ!」
ぱたりと扇を開いて術力を解放したらしいのを見せてくれたのは、海斗だ。
ほかのメンバーも、同じように扇を開閉して術力の開閉を見せてくれている。
らしい。
らしい、というのは、紅雨には何がどう変わっているのかさっぱりわからないからだ。
「お前らのはまだちょっと早ぇ。その前の段階だ。あれだ、蓋が閉まってんだよ」
紅雨が扇を開閉するのを観察していた涼介は、手を振ってそう言った。
「蓋?」
「術力の蓋みたいなもんだ。それを開かねぇことには術力を取り出せないから使えない。だからまずは蓋を開け」
「うん……?」
わからないという顔をした紅雨に、涼介は眉を潜めながらも解放をやって見せてくれた。
「この、最初のところが肝心だ。開くときに、自分の中にある蓋を開ける。瓶の蓋とか、最初はめちゃくちゃ硬いだろ?あれと同じだ。一回開けば何度でも開けるが、その一回目が硬い。で、開けるようになったら、扇を開くごとに蓋を開けていくんだ」
「うん」
そのイメージはなんとなくわかる。
「実際、『解放』したら絶対にわかるから」
「わかった」
じっくりと、自分の中に術力が詰まった瓶があるとイメージして。
「えいっ」
そして、何も起こらない。
「何でやねん!全然でけへんやん!」
広い空はそろそろ明度が落ちてきている。
何なら少し肌寒い。
「術力はある感じするのに」
飽きたらしい陸が、赤と白のトカゲと遊びながら言った。
そのトカゲは、陸が契約した物の怪だという。
手のひらサイズで可愛らしい。
「術力って、はっきりわかるもんなん?」
「そりゃ、わからないと使えないっすよ」
「五感に近い感覚っすね」
「何かエネルギーみたいなのがあるんすよ」
紅雨が聞くと、悠真、駿、海斗が口々に答えてくれた。
そしてやっぱりわからなかった。
「ハンドパワーとか気とか魔法とかそういう感じ?でも全然わからんで」
まずはその術力があることを感じることからだ、と言われて、やはり紅雨は首をひねった。
「しょうがねぇな」
涼介がそう言って紅雨の横に並んで座り、扇を持っている方、右手首を掴んだ。
「え?」
「よし、この状態でもう一回だ」
「ん、うん」
何か違うのかもしれないと期待して、紅雨は閉じた扇を一間ぱたりと開いた。
「えっ?え、え、何コレ」
ぱたたたた、と開いていくと、涼介に握られた手首を通して熱いエネルギーが扇へ向かうのがわかった。
実際に熱いわけではないのだが、そうとしか言いようのない感覚なのだ。
「ほら、このまま簡単な術を使ってみろ。いくつか覚えてるだろ?」
「うん。じゃあ、えい」
ひら、と扇を空に向かってひと扇ぎすると、一拍おいて水がひと塊出てきて弧を描き、屋上の床にベショリと落ちた。
「ふぁあ、すっごい!え、めっちゃすごい!これが弥魔術?すごっ」
「そうだ。っていうか、わかったのかよ」
手を放さずに涼介が聞いた。
若干呆れたような空気を感じる。
「うーんと、エネルギーっていうか、術力の感覚はわかったよ」
「よし」
「でも、どうやってそれを『解放』してんの?」
「は?」
わからないから聞いたのだが、涼介は首をかしげた紅雨をにらみつけた。
しかし、紅雨はその視線に負けじと言葉を続けた。
「いやいや、イメージとか言われてもわからんし。っていうか、自分の中にあんなエネルギーあるとか感じたことないし。教科書にあったんは『自分の中にあるふわっとした術力を感じましょう』とか、『扇が開くのに合わせて内側から開く』とかやん。目の前に瓶があるわけでもないのに、触られへんし開けられへんやん!なんかこう、もっと理詰めの理論的な解説書とかないん?」
「それは無理だ。体で覚えるしかねぇよ」
「うそやん!術力を解放するためにはまず自分の術力を感じなあかんけど、その術力を感じるためには解放せなあかんやん。無理無理!無限ループしとるそれ」
「もしかして、せんぱいは術力を解放したこと一回もないんすか?」
紅雨と涼介の会話に、海斗が入ってきた。
「今のが術力だってゆーなら、ない。初めて。初体験」
「ちっ。マジかよ」
舌打ちした涼介は、何かを考えるように腕を組んで黙った。
海斗によると、普通は完全に蓋が閉まり続けることはなく、小さいころに少なからず解放してしまうものらしい。
一度解放すればコツが掴めるようになるので、わざわざその方法を解説するような本はないのだとか。
開かない理由はわからないが、一度だけでも解放できればそれ以降は必要のない知識らしい。
自分の気合が足りないのかもしれないと思い、また紅雨は扇を持って深呼吸し、ぐっと力を入れてゆっくりと扇を開いた。
何も、起こらない。
「あぁもうっ!」
焦れたらしい涼介が、座り込む紅雨の後ろに回った。
そして、後ろから右手で紅雨の扇を奪い取った。
「貸せっ!」
「えっ?あっ」
涼介は、後ろから紅雨を足の間に入れるようにして足を投げ出して座り、左手で紅雨の左腕を持った。
「ひゅーぅ!」
「りょーすけやるじゃん」
「うっせぇ。いいか、紅雨。俺が外側からお前の術力を開いてやる。多少気分が悪くなるだろうけど、そこは我慢しろ」
「ちょっ、え、ぁ」
紅雨が返事をする前に、主に背中の方から熱いエネルギーを感じたと思ったら涼介が扇を開こうとした。
ぐぐぐ、と彼の右手の甲に血管が浮いてくるのが見える。
しばらく格闘したが、扇は微動だにしない。
何度か繰り返したが、涼介が疲れるばかりで扇はぴくりとも動かない。
「ごめん、飽きてきた」
「俺も」
「ちょっと購買行こうぜ。腹減った」
「あ、シャーペンの芯欲しかったんだった。行ってくるね」
紅雨と涼介を放置して、四人が屋上のドアへ向かった。
「ウーロン茶」
「あ、うちはミルクティー!」
涼介が言うので、紅雨もそれに乗っかった。
「ハイハイ、ぱしられてきますよ。その代わり、頑張って解放してて」
「頑張る!ミルクティーのために!」
「おー」
四人は、楽しそうにドアを開けて階段を下りていった。
読了ありがとうございました。
続きます。