07 不可思議を開花させる 1
よろしくお願いいたします。
生徒が弥魔術の実践訓練をしていい場所は、体育館、中庭の一部、グラウンドの一部、屋上の一部だ。
いずれも休み時間や放課後に解放されていて、理屈はわからないが多少の暴発でも大丈夫なように保護してあるそうだ。
放課後は部活で使っている場所もあるので、訓練できるところを探すのが若干めんどくさい。
それ以外の場所で弥魔術を使って設備などを壊すと、四百字詰めの原稿用紙三枚に何をしたのかという説明と反省文を書かされ、場合によっては弁償させられるらしい。
紅雨は、グラウンドの片隅や中庭、雨が降ったら体育館の端などを使っていた。
しかしあまりに進展がないため気分を変えたくなり、これまで来たことのない屋上へ行ってみることにした。
放課後になってすぐに屋上へ行くと、誰も見当たらなかった。
階段で上がる以外に来る方法もないし、あまり人気のない場所なのかもしれない。
それでもど真ん中を使うのは気が引けて、訓練に使っていい場所の端の方を陣取った。
細く息を吐いてリラックスを心掛け、手に持った扇を意識して、術力を感じようとしながらぱたりと扇を開く。
ぐ、ぱたぱた。
ぱちん、ぐ、ぱたたた。
何度かトライしてみたが、やっぱり意味がわからない。
そもそも、術力を感じることができない。
ただただ扇を開閉しているだけなのだ。
扇と格闘していると、屋上への入り口のドアがガチャリと開く音がした。
「もうほんと、今日はきっつかった」
聞こえたのは、男子生徒の声だ。
「な。久しぶりにしんどかった。りょーすけは?」
「ん、まぁ別に」
「あー、そりゃ涼介だもんな」
数人の男子が一緒に来たらしい。
ちらりとそちらに目をやると、少しばかり制服の袴を着崩したような男子五人ほどで、半襟の色は緑。
つまり、後輩の一年生だ。
彼らは、すぐ紅雨に気づいた。
「お?あれって、二年の編入生?」
「あ、ほんとだ。何やってんすかぁ?」
へらへらと笑顔を浮かべた後輩たちは、紅雨の方へ寄ってきた。
ところで、紅雨は大阪で生まれたが、中学は普通に地元の公立中学に通っていた。
そして、こう言ってはなんだが、少しばかり治安の悪い学校だった。
もっとも、全員がそうというわけではなく、まじめな生徒も少なくなかったのだが、やはり声の大きい人が目立つし、そういう生徒が学校の空気を変えてしまう。
紅雨は中学ではまじめグループに所属していたものの、学校行事でそちら側の生徒数人と友人になってからは不良グループと呼ばれる子たちとも話すようになった。
その中の一人の彼女は確か、なんとか商業高校に滑り込んだと聞いた。
紅雨に関わったから、少しは勉強ができるようになったし進学できたと笑っていた。
男子とは多少距離があったものの、彼女たちのおかげでそういう子たちとも別段気にせずクラスメイトとして付き合っていた。
つまり、目の前の後輩たちくらいであれば気おくれすらしないのである。
「なぁなぁ、術力の解放ってどうやるん?」
「えっ」
聞かれた内容に驚いたのか、彼らは目を見開いて固まった。
そしてお互いに顔を見合わせ、紅雨を見てからケラケラと笑った。
「うっそだろ?そんなこともできないの?」
「この年なのに、冗談でしょー?」
「マジだったらやばいって。術力が発覚したからココに来たんだろ?」
ムッとした紅雨は反論しようと口を開いたが、それを遮ってリーダーっぽい男子がニヤニヤしながら言った。
「まぁまぁ。そういう落ちこぼれもいるんだって、多分。じゃあ、俺たちのうちの誰でもいいから、一人でも負かせたら教えてあげてもいいですよ」
(綺麗な顔しとっても、人を嘲笑うやつは一回ぎゃふんと言わすのが早い)
半目になった紅雨は、ちらりと黒朱を見下ろした。
その視線を感じたのか、黒朱が動いて右腕がびくりと震わされた。
「何でもええから、『負けた』って言わせればいい感じ?」
「それでいいですよ」
にこにこと、しかしこちらを見下したような笑みを向ける男子たちを見て、紅雨は右腕を突き出した。
「黒朱」
『おぅ』
「泣かしてええよ。ちょっとくらい齧ったり」
『まずそうやなぁ』
紅雨と黒朱の会話を聞いた男子たちは、それぞれにぽかんとしていたが、一瞬で巨大化した黒朱に見下ろされて顔色を変えた。
『ほな、いただきまぁ』
ぱっかり、と黒朱が牙をむき出しにして口を開いた。
「「「「「ぎゃぁあああああっ?!」」」」」
屋上は、割とたっぷりと広い。
黒朱に追いかけ回された彼らだったが、途中で方針を変えて二手に分かれた。そこで、紅雨は空に向かって叫んだ。
「夜天!黒朱の狩りのサポートしたってー!」
『何それ面白そう!!』
黒い烏が、彼らを空から強襲した。
何やら黒朱に反撃しようとしていたリーダーっぽい男子を突っついて翻弄したと思ったら、ほかの男子たちに飛び掛かる。
追い立てて黒朱と挟み撃ちにしようとしたり、単純に後ろから髪を引っ張って邪魔をしたり。
それはもう楽しそうに、男子生徒たちと遊んでいた。
彼らを尻目に、紅雨はもう一度子ども向けの練習本を読んでから、深呼吸して心を落ち着け、扇をぱたり、と開いた。
しばらくして首をひねり、扇を閉じては開いた。
おおよそ十五分後。
扇と格闘する紅雨の右腕に、重みが戻った。
「ん?あれ、もう遊ばへんの?」
『飽きた。負けたって言われたし』
そう言われて忘れていた彼らを見ると、それぞれ床に転がってへばっていた。
どうやら、体力の限界がきてギブアップしたらしい。
『いややわぁ、若いのに体力ないんやねぇ』
夜天は、楽しそうに言ってから紅雨の肩に飛んできた。
練習本を置いた紅雨は、てくてくと歩いてリーダーの男の子の近くに立った。
「んで、教えてくれんの?」
周りのメンバーは、へばっていたはずだが慌てて起き上がって頭を下げ、すみませんすみません!と繰り返していた。
頭の上から言った紅雨に、その後輩は両手を挙げた。
「わ、わかった、教える」
「ありがとう、助かるわぁ」
にぱっと笑った紅雨に、彼は苦笑を返した。
読了ありがとうございました。
続きます。