06 日常に混ざる不可思議 2
よろしくお願いいたします。
説明を聞いているうちに、一回目が終わった。
大体のルールがわかったので、紅雨は先生にお礼を言ってクラスメイトたちの活躍を見ることにした。
二回目と三回目の試合が終わったところでほぼ全員が一度目の対戦を終えたらしく、四回目の試合に紅雨も参加することになった。
多分、大体のルールはわかったので問題ない。
対戦相手は、こちらも本日初戦の坂本幸仁だ。
連れている物の怪は、ほとんど白だが靴下っぽく青い色が足先を飾る柴系の中型犬。
対する紅雨は、夜天は呼ばずに黒朱だけを腕につけ、円術争のコートへ出た。
「じゃあ、よろしく」
『わ゛んっ』
「はい、お願いします」
『よろしゅう』
お互いに軽く挨拶をしたところで、先生が開始の合図をした。
「第四試合、はじめ!」
笛がピーっと鳴る。
ほかの場所では、相手を変えて二回目の対戦を行っている。
紅雨たちの周りには、今回の試合に出ない友人たちが興味津々といった表情で集まっていた。
「薄荷、まずは体当たり!」
坂本君は、普通に攻撃の一手を繰り出した。
多分様子見の攻撃だったのだろう、紅雨はそれをひょいと避けることができた。
そして紅雨はどうするかと考え、右腕の黒朱を見た。
「黒朱、うちを上に乗せたまま、円からはみ出さへんように元に戻って」
『あいよ』
その一瞬あと、グラウンドに恐怖の悲鳴が響き渡った。
元のサイズに戻った黒朱は、巨大な体でぐるりと丸くなってから試合の円ギリギリまで広がり、驚きで固まった坂本君と薄荷を「ぺっ」とばかりに尻尾で叩いてはじき出した。
紅雨は、黒朱の背中の上に乗ってそれを眺めていた。
大きくなったのは一瞬のできごとだったので、みんなには突然巨大蛇が現れたように見えたかもしれない。
黒朱は円周ギリギリにまで広がっているが、二重にぐるぐるしたうえで頭は中央近くでもたげる余裕まである。
全長は百メートルくらいあるのかもしれない。
紅雨が思っていたよりもかなり大きい。
確かにこの大きさなら、自然の中ならともかく街中では小さくなっているのがいいだろう。
本人は楽だからと言っていたが、小さくなる理由にはそういう周囲への気遣いも含まれている気がする。
「これで勝ち、やんな?黒朱、小さなって」
『へいへい』
紅雨が黒朱の背中から下りると、黒朱は足元で小さくなり、すぐに紅雨の腕に巻き付いた。
「初見殺しやね。次からは厳しいかなぁ」
「いやいや、その大きさやと普通にはじき出されるって」
紅雨のつぶやきに突っ込んだのは、ゆえりだ。
頭のサイズだけでも紅雨の身長を超える、と具体的な説明を聞いていたので、ほかの人たちよりもほんの少しだけ気を取り直すのが早かったらしい。
そのあとは、クラスメイトたちに質問攻めにあった。
授業はあと十分近くあるのだが、もはや誰も次の試合をしようとはしていなかった。
ちなみに吉田先生もその質問に参加していた。
あの大きさはいつでもなれるのか、大きくても素早く動けるのか。
中くらいの大きさはどうか、大きくなる速度は変えられるのか。
紅雨はよく知らなかったので、黒朱に自分で答えてもらった。
そして話題は体育祭の話へと移り、気づいたら紅雨が体育祭の円術争に出ることが決まっていた。
やはり、円術争は弥魔術師たちにとってのスポーツの一種らしい。
巨大黒蛇にはさすがに引かれるかな、と思っていたのだが、クラスメイト達が比較的普通に受け入れてくれたのでほっとした。
放課後は、まずは理論を学ぶべきだろうと図書館に通い詰めていた。
大学と共有の図書館は、高校と大学の敷地の間に建っている。
なかなかに立派な建物だ。
弥魔術の基礎的な本から応用、物の怪の術、もちろん普通の学科の参考書まで、さまざまな本が貯蔵されている。
半月ほどかけて、まずは小学生用の弥魔術の教科書を読んだ。
理論というよりはお話といった感じの子ども用の本を読むだけなので、わりとササっと読破した。
問題は、実践だった。
普通、弥魔術を使うためにはまずは術力――魔法でいうところの魔力のようなものを解放するらしい。
術力は弥魔術師が体内に内包しているエネルギーで、その力を一定量以上持っているかどうかが弥魔術師になれるかどうかの指針になっているようだ。
術の基本は、媒体として使う扇をぱたりと開くのに合わせて術力を解放し、はたはたと仰ぐことで術を発動。
扇の開きを狭くすれば、小さな力で術を発動させられるという。
イメージの問題らしいが、一般的な方法は扇の開き方で調整すると書いてあった。
しかし、紅雨は初歩の初歩といえるごく簡単な弥魔術すら発動できなかったのである。
当面の措置としてしばらくはクラスメイト達が実践の授業で何をどうするのかを見せてもらっているが、半月経っても何がなんだかさっぱりわからない。
うんともすんとも言わない扇を恨めし気に見るしかない。
その日の放課後もやっぱり気配すらわからず、何をどうすれば、と困っていると、黒朱が助言をしてくれた。
『弥魔術のその辺の本は、術を使うやつやからちょっとまだ早いやろ。紅雨はまず、術力を解放するとこからや』
術力の開放とは。
「うち、それできてへん?」
『全然、さっぱり。うすぅく漏れ出てるけど、それは自分の意思で出してるんやなくて零れてるだけや』
「ほな、どうやったらええん?」
『どう……えぇぇっとぉ。ぐっと集めてばーんと出すんや』
黒朱は紅雨の腕から伸びあがった状態で、頭をぶんぶんと振って答えた。
どうやら黒朱は感覚派らしい。
聞けば、そもそも物の怪は術力の塊が意思を持ったようなものらしいので、わざわざ意識せずとも術を使えるのだという。
感覚派の話を聞いても無理だろうと、紅雨は諦めて教科書とにらめっこすることにした。
読了ありがとうございました。
続きます。