06 日常に混ざる不可思議 1
よろしくお願いいたします。
五時間目までは、『学科』と呼ばれる一般的な学問の授業だ。
こちらは日本の学習指導要領に則っているそうだ。
本人が希望すれば卒業後に一般の大学を受験できるらしい。
あまり時間的な余裕はなく、現代なのに土曜日の午前中まで授業がある。
そして六・七時間目は弥魔術の授業だ。これは普通の術の理論の授業と、実践訓練の授業、物の怪に関する授業、円術争という体育のような授業の四種類。
当然のことながら、理論の授業は知識がなさ過ぎて、授業を聞いていてもほとんど意味が分からなかった。
実践訓練は、それ以前の状態なので当面は見学させてもらうことになっている。
物の怪に関する授業だけは面白かった。
円術争の授業は体操服に着替えて行うらしい。
意味も分からず友人とともにグラウンドに出ると、全員が物の怪を呼び出して傍に置いていた。
グラウンドは一般的な二百メートルトラックだが、トラックの内側が特徴的だった。
直径十メートルほどの円が描かれているのだ。
円は、全部で三つ。
少しずつ離れるように設置されていた。
「はい!じゃあ今日は初回やから、適当に散らばって対戦!学生ルールな!全員、一回は対戦すること!」
そう言ったのは、体育の授業も担当している吉田先生だ。
いつもジャージのとても元気な男性教師で、髪には白いものが混じっている。
「先生、すみません。円術争?のルールがまったくわかりません」
紅雨は、放課後に術の勉強を始めていたものの、一般的な術の使い方の理論から始めていたので、円術争については何も知らなった。
手をあげてそう言うと、吉田先生は紅雨を見てからうなずいて手招きした。
「編入生やったな。じゃあ、説明するわ。ほかのやつらは順番に始め!それ見ながらルールとかやり方を説明するから、お前らわかりやすく動いてや!」
吉田先生がそう言うと、クラスメイト達は笑った。
「わかりやすく動くって何?」
「いやそんなん無理無理。先生、うちらちゃんと動くからいい感じに解説して!」
「もう始めてええですかー?」
「はいはい、笛鳴ったら始めるで!決着つかんかったらいつも通り十分で終わり!せーの、スタート!」
吉田先生がピーっと鳴らした笛の合図に合わせて、慌てて第一陣が円の中に入った。
どうやら、人と物の怪がペアになって、ペアごとに対戦するらしい。
先生の手元には、ストップウォッチがあった。
紅雨と先生の近くの円で対戦しているのは、音村由自と橋田大翔だ。
音村は赤毛の大型犬、橋田は青地に白い線の小さい猪を連れている。
二人は、開始後すぐにそれぞれの物の怪に指示を出していた。
「スイカ!先手必勝!円から出ないように突進!」
先に叫んだのは橋田である。
「珠、左右にステップして軌道から逸れて!」
その次は音村。物の怪の名前については多分突っ込んだら負けだ。
猪なら瓜なんじゃないかとか、犬なのにタマなのかとか、突っ込んでいたら何も進まないのだ。
「変な名前コンビ!五分は持てよ!解説するから!」
吉田先生は遠慮なく突っ込んだ。
やはりちょっと変わった名前らしい。
「変な名前ゆーなっ!スイカ、バックステップ一回!ピンポイント泥、次の足場!」
「おもろいゆうて!珠、砂利道!」
橋田と音村は、こちらを一瞥もせずに反論しながらゲームを続けていた。
生徒もだが、物の怪たちも生き生きと動いていた。
ほかの円の中も似たような感じである。
「あんな感じで、術師一人とその契約しとる物の怪で一チームつくる。で、チーム戦や。大人のルールやと柔道と似たような感じの団体戦と、個人戦がある。あと大人の場合は円がもっと広いな。まぁ、学生の間はこの大きさで一ペア対戦や。それから、人は指示を出すだけで、物の怪の身体能力やら術を使て戦うねん。学生ルールは基本それだけや。学生の間は物の怪対戦。ほかの学生だけのルールは、攻撃で骨を折らへん程度のやつはOK、骨折とか大火傷なんかの日常生活に支障の出るケガをさせるんはNG。要するに、入院するくらいの大ケガさせるのはあかんっちゅうことや。ほんで、相手に負けを認めさせるか、円の外に人か物の怪を追い出したら勝ち。わかりやすいやろ?」
人と物の怪ペアで行う、術ありの相撲風プロレスというところだろうか。
そこでふと疑問に思った紅雨は、スイカがうっかり突進を失敗して円の外に飛び出して自爆するのを眺めながら質問した。
「人が弥魔術使うんは無しですか?」
「あぁ、学生ルールでは無しや。大人ルールやったらありやな。まぁ、ある程度使ってええ術についての指定があるんやけど、そこはちょっと細かいからな。また自分で調べてみたらええわ。ざっくり言えば、大人ルールになると、命の危険のある攻撃がNGになるだけで、ほかはそこまで大きく変わらへんで」
「そうなんですね。また今度調べてみます」
紅雨が言うと、吉田先生は嬉しそうにうなずいた。
音村対橋田は、スイカの自爆により橋田の負けとなった。
所要時間は五分もなかっただろう。
試合が終わったというのに、音村と橋田はコートの中であれこれ話していた。
あそこでこう動いたからこっちにいった、とか、あの失敗は痛かった、とか、あの攻撃はヤバかった、とか。
とても白熱した反省会が行われていた。
どうやら、結構本気で取り組むガチンコ勝負な対戦らしい。
「円術争って、国技的なやつなんですか?」
「せや。まぁ日本独特のんやけどな。あとは、年に一回、神無月……旧暦の十月に十八歳以上ならだれでも参加できるトーナメント戦が弥魔国の本島であるで。団体と個人、どっちも上位入賞者には賞金が出るねん。学校からは結構先生たちが集まって団体で出たり、大学のクラブでやっとるやつらが出たりしとるな。優勝賞金は団体で八百万円、個人で二百万円やから、結構マジで来るやつもおるで」
思ったよりも高額な賞金が出る大会らしい。
読了ありがとうございました。
続きます。