05 不可思議を学ぶ場所 2
よろしくお願いいたします。
「はーい!みんな席ついてるね?ほな、まずは編入生の紹介。名前と、自己紹介と、あと使役してる物の怪の紹介も」
先生はスタスタと教壇の前まで歩き、すぐに紅雨の自己紹介となった。
「はい。星無紅雨です。星が無いと書いてつきよ、紅色の雨と書いてべにおです。フルネームを初見で正しく読んでもらったことがありません。出身は大阪で、先々月まで弥魔術の存在を知りませんでした。一応、大叔父はこちらの人らしいです」
見回した教室にいるのは、二十人くらいだろうか。
席が一つ空いているので、多分あそこが紅雨の席だろう。
かなり少ないが、学校のパンフレットでは術式を学ぶためには人数が多いと対応しきれない、といったことが書かれていた。
社会や理科などの選択授業では、他のクラスと合同になることもあるらしい。
そこで言葉を切った紅雨は、開いた窓の方へと一歩踏み出した。
「夜天ー!ちょっと来てー!」
え、と不思議そうにするクラスメイトをよそに、紅雨は自己紹介を続けた。
「えっと、昨日物の怪と契約してきました。ここに巻き付いてるのが、黒蛇の黒朱です。ほんとはもっと大きいですが、連れてってもらえる方が楽だと言ってここにいてます。それからもうひとりが」
『はいはーい!!』
びゅん、と飛び込んできた黒い影は、勢いによらずふわりと柔らかい風だけを起こして紅雨の左肩に停まった。
「いま飛んできたのが、烏の夜天です。私は本当にこっちのことは知らないので、色々教えてくれると嬉しいです。よろしくお願いします」
ぺこり、と頭を下げると、パチパチという拍手とともに、いくつか感嘆の声が聞こえた。
「黒ふたりってすごない?」
「術力多い感じする」
「円術争トーナメント出てもらいたいなぁ」
よく分からない言葉も聞こえたが、それはこれからだろうから、と紅雨は笑顔を振りまいた。
自己紹介が終わった夜天は、早々に窓から外へと飛び出した。
その日の五時間目は、ホームルームで役員や給食当番・掃除当番の班を決めるだけだった。
班はほぼ出席番号順ということで決めることもなかったのだが、役員は少し揉めた。
やりたいの、やりたくないのという、普通の学校でもよくあるアレだ。
とはいえ、紅雨は編入したばかりで、先生から除外のお言葉が出た。
「星無さんは、当面放課後は自主学習で潰れるから。なんせ、中学一年生の分から学習せなあかんからなぁ」
「「「あぁ……」」」
クラスメイト達からは、同情の目線が向けられた。
聞けば、中学なら途中編入の生徒向けに特別授業があるらしいが、高校は人数が少ないので個人で学ぶ形になっているらしい。
もちろん、質問すればいつでも教えてくれるし、希望があれば中学の特別授業に混ざることもできるそうだ。
覚悟はしていたつもりだが、やはり大変なのだろう。
紅雨としては、さすがに中学生に混ざるのは少し恥ずかしい。
なるべく早く追いつこうと決めて、そっと黒朱の鱗を撫でた。
「じゃあ改めて、星無さんもいることなので、全員自己紹介からね」
西辻先生は、窓側の前から順番に立って名前と簡単な自己紹介をするように言った。
あまり人数もいないので基本的には全員知り合いなのだろう、めんどくさいような、照れるような、柔らかな笑いが起こった。
「はい、出席番号一番、植村春乃です。中学に引き続き弓道部の予定です。契約しているのは白い烏ですが、自由なので普段はそばにいません。今年一年よろしくお願いします」
「じゃあ次」
「はーい!遠藤悠斗です!相棒は黄色と灰色のヤマネコ!趣味は部活の野球!」
教室に並ぶ机は、四列で一列に五人ずつ。
紅雨も含めて合計二十人のコンパクトなクラスだ。
これなら覚えるのも早いだろう。
紅雨は、笑顔を浮かべながらも相手の言葉を必死に記憶していた。
名前は、手元のノートに簡単な座席表を描いてメモだ。
紅雨の番のときには、すでに簡単な紹介をし終わっていたのでパスして、少なくともクラス全員の名前くらいは覚えようと考えていた。
「うちらは星無さん一人だけを覚えたらいいけど、星無さんは大変やんね。めっちゃ覚えなあかんもん」
休み時間になってそう話しかけてきたのは、右隣の女子、小林ゆえりだった。
そう言われてみればその通りなので、紅雨はこくりとうなずいた。
「確かに。校内も覚えなあかんし、弥魔術も覚えなあかんし、覚えた端から忘れそうやわ」
「あははは、あたしの名前は忘れんといてや!小林ゆえり、ゆえって呼ばれてるわ」
「うちは星無紅雨やから、紅とかつきとか呼ばれてたわ。変わったとこやと夜中の狐の嫁入りって言われてた。好きに呼んで」
「夜中の狐の嫁入りって!あっはははは!いや長いし!本名のが短いし!ふ、はははあ。じゃあ、つきちゃんでいい?」
「うん、よろしくゆえちゃん」
ゆえりは、にっこりとほほ笑んだ。
クラスメイトたちがわらわらと寄ってきて色々話してくれたのだが、正直なところ数人しか名前を憶えられていない。
名札が頼りである。
そして、次の日から早速授業が始まった。
読了ありがとうございました。
続きます。